第12話 方針

リーシュの分だけ追加料金を払って食事を頼むと、固いパンにコップ一杯の水と言う簡素な食事が提供された。流石に銅貨二枚分だけあって貧相だ。だが一気に目減りした資産を考えると贅沢も言ってられない。俺達は噛み千切るのに苦労しながら食事を進めた。




「それで、お前が何者なのかを聞かせてもらおう」




あっと言う間に平らげたリーシュは、まだ食べきれてない俺を眺めながら水のお替りを頼んでいる。その偉そうな態度を見ていると、どっちが主人か解ったものではない。いや、装備の貧弱さから考えて、第三者が見ると確実に俺の方を奴隷か下男だと思うだろう。面白くはないが、言っても始まらないので黙っておく。怒るだけ腹が減って損だ。




「何者も何も、さっき言った通り立身出世を目指すハーフだよ。ただ、ユニークスキルを持っている変わり種だがな」




ユニークスキルの一言にリーシュは目を剝き、飲みかけの水を吐きだした。咄嗟に椅子ごと後ろに移動して難を逃れるが、テーブルはリーシュが吐き出したものでびちゃびちゃになってしまった。コイツ、せっかく見かけは良いのに、何と言うか所作ががさつで女としての魅力が皆無な奴だな。




「汚ねえなおい!」


「し、仕方ないだろう!お前がユニークスキルなんて言うから…!」




スキル持ちは数居れど、ユニークスキル持ちは滅多に存在しないから驚くのも無理はない。まだ落ち着かないリーシュに雑巾を渡しながら、自分のスキルについて説明してやる事にした。




「俺のユニークスキルは吸収だ。スキルを持つ者なら相手が人や魔物、動物など関係なく奪う事が出来る。もっとも、一度奪えば前に所持していたスキルは消えて無くなるがな」




従来のスキルとは違い、その反則的なまでの性能にリーシュは絶句する。頭で理解出来ても心はそうはいかないのか、天井を見上げた彼女は瞑目して深呼吸をいくつか繰り返している。小声でブツブツとつぶやく様は薄気味悪いが、次に顔を下ろした時、そこに驚きや戸惑いはなく、いつもの反抗的でふてぶてしいリーシュが居た。




「なるほど。そんなスキルがあるなら、上を目指すのは当然と言えば当然か。私が持つスキルを気にしていた理由もそれで納得いった。そう言う事なら私も喜んで力を貸そうじゃないか。自らの契約主が出世すれば、相対的に私の扱いも変わってくるだろう。他人のために戦うのは気乗りしないが、自分の将来のためだと考えれば納得も出来る。よろしく頼むぞケイオス」




差し出された右手をがっちりと握り返しながら、こちらこそと返事を返す。ささやかだが、これで俺にも家臣が出来た。奴隷契約に縛られた歪なものであっても、そこには利害が絡んでくるため安心できる。おかしな話だが、ハーフである俺にとって、あるかどうか解らない友情や愛情よりも打算で組む方が信用できるのだ。




「で…だ。具体的にはどうするのだ?現状どこかの領主に仕官を申し込むか、名のある魔物を討伐して名を上げるかぐらいしか出世の道はないと思うが…」


「いや、もう一つあるだろ。難しすぎて誰もやろうとしない方法が」


「…!まさか、開拓する気か?」




開拓…文字通り荒れ地を開いて田畑とする事。現在の魔王領は各地に貴族が存在するが、管理されていない未開の土地も数多く放置されているのが現状だ。これらの土地は基本開拓した者が収める事が出来るので、俺の様に一攫千金を狙う無茶な輩が荒野に新天地を求めたが、その大部分が失敗に終わっている。何故かと言うと、単純に農耕地に向かない土地が多い事、そんな土地にわざわざ移住する物好きが少ない事、そして強力な魔物が徘徊している事などが主な理由だ。




だが、もしそれらの困難を克服してその土地を開拓出来ればどうなるか?鼻つまみ者のハーフである俺が、正式に領主として認められるのだ。相当な困難があるだろうが、これを狙わない理由は無い。




「俺が狙っているのはこの魔王領の西にある大森林だ。人族との国境も近いので誰も手を出したがらない。反面大きな争いに巻き込まれる可能性は高いが、戦時に使われる事も多いために他と違って比較的街道が整備されている。その分人が集まりやすい。ハーフの俺が力を得るのなら、これぐらいの無茶をしなくては上に行けない」




もちろん俺達二人だけで開拓するなど不可能だし、金も無いので当面は人と資金集めに奔走する必要がある。かと言って、ヴィレジの時のように資産を強奪して逃げるなどと言う手が何回も使える訳が無い。その内手配が回って首を刎ねられるのがオチだ。あれは奴らがプライドを優先させたからで、運がよかったに過ぎない。




「具体的にはどうするのだ?魔族領で無茶をすれば出世どころではなくなるし、まともな方法で資金集めなど何年かかるか解らないぞ」




リーシュの懸念は最もだが、俺も別に何も考えていない訳では無い。新たに注がれた水で喉を湿らせながら、その具体策をリーシュに語る。




「そこでだ、一旦人族の収める領域に行こうと思う。幸い俺の外見は魔族より人族に近いし、翼人種のお前なら何の問題も無く過ごせるだろう。人族の間でもハーフは迫害されると聞くが、結局どちらに居ても邪魔者扱いなら気にするだけ無駄だ。あちらには賞金稼ぎとかいう大金を稼げる職業もあるようだし、上手くすれば合法で金持ちになれる。と言う訳で、明日から人族の領域を目指すぞ」


「ふーむ…確かにそれは妙案かもしれないな。このまま魔族領で地道にやるより、危険でも実入りの良い手を選んだ方が良いだろう。わかった。なら明日から西に向かおう」




方針は決まった。魔族領を離れるのに不安はあるが、外に踏み出す勇気が無ければ絶対に成功などしない。次に魔族領に戻って来る時は絶対金持ちになってからだ。俺はそう心に誓うと部屋に戻り、一つしかないベッドをリーシュと奪い合うのだった。

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