【短編】その受付嬢、前世は魔王さま。

波土よるり

その受付嬢、前世は魔王様。

「あー、やっと着いた! 道中はモンスターに襲われるわ、食べ物ゴブリンにもってかれるわで散々だったぜ」


「まったくです。イライラしやすぜ」

「まぁ生きていただけ儲けもんっすよ」


 王都ブレナークに三人の冒険者がやってきた。

 ガタイの良くて長身のリーダーに、ずんぐりむっくりの戦士と、杖を持った背の低い魔法使い。


「しかも、門くぐるのにどんだけ検査あんだよ! あぁ?! 5年前に来たときはあんなに厳しくなかっただろ!」

「さっき門番からちょろっと聞いた話によると、指名手配になってる奴がこの街に入ったらしくって、街は厳戒態勢らしいっすね」


 リーダーの男は鞘に入ったロングソードを地面にガンガンとぶつけ、非常にイラついている様子だ。


――面倒くさいなぁ。普段は良いリーダーなんすけどねぇ……


 魔法使いの男は面倒くさいと思いながらもリーダーを落ち着かせる。リーダーや戦士の男は割と好戦的だが、魔法使いの男はどちらかといえば平和主義者だ。


「えっと、じゃあまあ、とりあえずギルド行って酒でも飲みましょうよ」


「お、いいな! 前に受けたクエストでたんまりと金はあるし、パーっと飲むか! よし、お前ら! 着いてこい!」


「へい!」

「了解っす!」


 時刻は夕暮れ時、昼間の活気とはまた違った活気を呈してくる頃合いだ。夜の街が醸し出す、何とも言えない空気が魔法使いの男は大好きだった。

 なんとなく、みんなで夢を見ているような、いつもと違う世界に来たかのような、そんな気がして。


 そういえば、最近この街で有名になっているサータン酒というのがあった気がする。今日は一番にそれを頼んでみよう。



***



 三人はギルドに着いた。

 大通りの一番目立つところにこの街のギルドは立っている。


 ギルドというのは冒険者に仕事を斡旋あっせんする仲介役のような存在。冒険者は依頼を受けてモンスターを倒したり、素材を集めたり、時にはペットの捜索なんていう雑用をしたりもする。いわば何でも屋のような存在。

 そんな街にとって重要な冒険者が集まるギルドが街の中心地にあるのは当然だろう。


 そして、冒険者というのは総じて酒が好きだ。多くのギルドは酒場を併設している。もちろん、この王都ブレナークのギルドも。


「いやぁ、しっかし久々だな! てか、前に来た時よりもなんか建物大きくなったか?」


「そうですかい?」


「あー、確かに大きくなった気がしますね。最近、王都ブレナークのギルドが活躍してるって噂聞きますし、金回りがいいのかもしれませんね」


「まあいいか。それより酒だ!酒! いくぞ!お前ら!」


 リーダーが元気よくギルドに入っていく。

 本当に調子が良いときは調子良い人だ。これで怒りっぽくなかったら完璧な良いリーダーなんだけどな。なんて、魔法使いは叶いもしない想像をする。

 少し立ち止まってそんなことを考えていると「おーい、はよ来い!」と若干陽気なリーダーに呼ばれた。声色から察するに、もうだいぶ機嫌は良いみたいだ。よかったよかった。


 ギルドの中に入ると、活気にあふれていた。主に酒場が。

 一応クエストを受ける人もいるため、この時間帯も受付は開いている。もっとも、多くの冒険者は昼に働いて、夜には酒で盛り上がるので今からクエストを受けるような人は何か事情があるのだろう。


「さてと、お前ら何にする?」

「あっしは… そうでげすなぁ……」


「俺はサータン酒にするっす!」


「サータン酒? なんだ初めて聞いたな。新しくできた酒なのか?」


 魔法使いが元気よくサータン酒にすることを伝えると、リーダーはそれは何かと問い返す。確かに、最近有名になって来たばかりだし、知らない人の方が多いかもしれない。

 もっとも、魔法使いは見た目とは違いこの3人の中でも一番お酒が好きなので、そういった情報には常にアンテナを張っている。


「サータン酒っていうのは、最近この街で開発された酒らしいっすよ。なんでも、今まで食べることさえ出来なかった毒の実をお酒にしたものらしいです。

 甘くて濃厚で、それでいてしつこくない。この街に来たら是非飲みたい一品っす!」


「お、おう。お前、ほんと酒の話になるとテンション違うな…… そうか、それじゃ俺も最初はそれにするかな」

「じゃ、あっしもソレで」


「了解っす! すいませーん! サータン酒三つと、あと二首猪の串焼きと、オウマの実の塩ゆでをそれぞれ一皿ずつください!」



 ウェイトレスのお姉さんに注文して、しばらくするとお待ちかねのサータン酒が出てきた。


「うっひゃー、来ましたね!」

「こりゃすげえな、こんなに綺麗な色した酒は久々だわ」


 出てきたのは紫色とピンク色の中間とも呼べる色をしたお酒。決して不快な色ではなく、どことなく妖艶ようえんで幻想的な色合いをしている。

 魔法使いの男は待てないとばかりに口をつける。


 ――これは美味い! 噂通りの味だ!


「こりゃ美味いでげすね……」

「だな、さすがこのパーティいちの酒好きがおススメするだけのことはあるな」


 いやはや本当に美味い。

 度数もそんなに高くないし、これは何杯でもいけそうだ。



***



「いやぁ、王都に来てよかったっすねー!」

「そうらな、前拠点にしてた街はいろぃろとシケた街だったかあなぁ。美味い酒もあるし、ちょっと無理してれもこっちに活動きょれん移して正解らったな」


 飲み始めて一時間ほどたっただろうか。

 魔法使いの男は酒好きであることに加えて、酒にも強かった。リーダーや戦士はもうすでにだいぶ酔いが回っているが、魔法使いはまだほろ酔い程度だ。


「りーらー、リーダー。あの受付嬢、めちゃくちゃ可愛くないでげすか?」

「あ? あぁ…… らしかに、背はちっちぇが、顔はとびきり美人らな」


 戦士とリーダーが見る方へ視線を移すと、なるほど、そこには確かにかわいらしい受付嬢がいた。

というよりも、自分が今まで見てきた女性の中で一番なんじゃないか。受付まで距離があるため、遠目からの判断でしかないが、とんでもなく美人だ。


「すごい美人さんっすね。最近ブレナークのギルドが調子いいってのも、もしかしたら彼女にいい格好かっこう見せたくて男が頑張ってるってことかもっすね」


「お、なんだアンタらブレナークに来たばっかの人らか?」


 受付嬢の話で少し盛り上がるっていると、隣の席のちょっと顔がいかついおっさんが話に入ってきた。


「そうっすよ、今日ブレナークに来たばっかっす。やっぱりブレナークでも有名なんすか? 彼女」


「ああ、そりゃぁもう有名さ。俺はアイツがガキの頃からの知り合いだが、アイツがこのギルドで働きだしてから一段と有名になったな。まあ、まだ働いて半年くらいだが」


「半年でそんなにも有名なんすか、すごいですね。まあ、あんだけ美人さんだったら爆速で有名になっても不思議じゃないっすけどね。

 ただやっぱり、背が低いのが勿体もったいないっすね、あと胸ももうちょっと欲しいっす」


 魔法使いの男がそんな風に自分の性癖を語ると、一瞬、厳つい顔のおっさんは顔を青くしておびえたような表情をした。そしてすぐに受付嬢の方を向いて、ほっと一安心したかのように胸をなでおろした。

 自分は何かマズいことを言っただろうか。確かに彼女に対して要求が過ぎるかもしれないけれど、青ざめるほどでもないだろう。


「ふーっ。焦ったぜ……」

「おっさん、どうかしたんすか?」


「お前なぁ…… まぁ、ブレナークに来たばっかだし、しゃぁねぇけど……

 いいか? 今はアイツに聞こえてなかったから良いが、アイツに対して背が低いことと、胸の事を話すのはここじゃ御法度ごはっとだ」


「え、そりゃ面と向かっては言わないっすけど、何もそこまで……」


「いいか、アイツは……

 ……ん? なんだ? 喧嘩けんかか?」


 焦った様子のおっさんと喋っていると、何やら奥の席が騒がしくなった。どうやら喧嘩が起こったらしい。

 渦中の男たちはどちらも屈強な男で、片方はハゲている。腕の太さなんて、魔法使いの男の太ももよりも太いかもしれない。


 殴り合いも始まって、外野は止めるどころかやんややんやと騒ぎ立てている。あの喧嘩を止めるなんてとても並の人間にはできないだろう。


「なんかすごい喧嘩になりそうですね。お店にも被害が出そうっす」


「喧嘩してる奴らも新顔っぽいな。全く……

 まあ丁度いい。ボウズ、よく見ておけよ。あの受付嬢のことがよーーくわかるぜ」


「え、それってどういう……」


 すると、受付の方から先ほど話していたとびきり美人の受付嬢がこちらにやってきた。遠目からでも凄かったが、近くで見るとなおさら美人だ。


 肩まであるがらすのように艶のあるきれいな黒髪に、さきほどのサータン酒を思い起こさせる綺麗な紅の瞳。パーツ一つひとつもきれいだが、その良さを最大限活かした端正な顔立ち。

 やはり背は低いし、胸は控えめだと言わざるを得ないが、それらを加味してもお釣りがくるほどの美人だ。


 そんな受付嬢が魔法使いの男の横を通り過ぎると、そのまま奥の喧嘩が起こっている席の方へ向かっていくではないか。


「ちょ! あれ、まずいっすって! あんな華奢な女の子が喧嘩止めるとか無理ですって!」


「落ち着けボウズ。人は見かけによらないってことがよーーーーく分るぜ。俺も身をもって知ってるからな……」


 何やら哀愁を漂わせ、昔を思い返すように遠くを見つめて語るおっさんだが、そんなことは今はどうでもいい。

 魔法使いであるが故に自分も腕っぷしには自信がないが、リーダーや戦士を無理やり引き連れてでも止めるべきか?! どうすればいい?!


 そんな風に弱腰に魔法使いの男が考えていると、とうとう受付嬢は喧嘩の野次馬のところまで着いてしまった。


「……え?」


 なんと、受付嬢が来ると野次馬たちがゾロゾロと道を空けるではないか。それに、飛ばしていた野次もりをひそめ一気に静かになった。この場でうるさいのは喧嘩に夢中の二人だけ。

 野次馬たちももういいやとばかりに自分たちの席へと戻っていく。


「アンタたち、楽しく騒ぐのは良いけど喧嘩はダメって書いてある入口の立て札見えなかったの?

 今すぐ喧嘩を止めなさい。そうすればお咎めなしにしてあげるわ」


 受付嬢が男たちに向かってりんとした声で言う。

 そういえば、確かにそんなことが書かれた立て札が入口にあった気がする。ちゃんと見てなかったからうろ覚えだが。


 それにしても綺麗な声だ。

 鈴を転がすような声、とは彼女のような声を形容するためにあるのだろう。


「あぁ?! んだテメェ! ガキはすっこんでな、チビ!」


「ガキ…… チビ……」


 気のせいだろうか。片方の男が“ガキ”や“チビ”などと受付嬢を罵倒ばとうした瞬間、周りの温度が下がった気がした。


「そうだ! ガキはすっこんでろ! 胸無いくせに一丁前にギルド職員ですってか? はっ!」


「胸…無い……」


 き、気のせいだろう。もう片方の男が、彼女を“胸無し”だと言った瞬間、周りの温度がまたもや下がった気がした。


「そうかそうか、そんなに死にたいのか。いやはや何とも無謀な奴らだ。勇気と無謀を履き違えて私に挑む勇者もどきみたいだ……」


「ああ?! んだと! 何様のつもりだってんだよ!」


 男の怒りを買ったのか、男は拳を大きく振りかぶる。


 くそ、やはり無理をしてでも彼女を止めればよかった……!


 後悔する魔法使いは受付嬢が殴られる瞬間を見たくないために、ぎゅっと目をつぶった。


「な、なに?!」


 男のそんな声が聞こえ、何事かと目を開けば、そこにあったのは魔法使いの男が想像した場景とはまるで違うものだった。


 男が振りぬいたであろう拳を、あろうことか受付嬢が片手で受け止めていたのだ。


「……え、は?」


 魔法使いの男が気の抜けた声を出したことを誰が責められようか。その光景はあまりにも現実離れしていた。


「本当は殺してしまっても構わんのだが、私は寛大かんだいだ。腹パンで許してやろう」


 ドスッドスッ、っと鈍くて大きな音がしたかと思えば喧嘩をしていた男が二人とも地に伏しているではないか。

 状況的に見て、あの受付嬢がやったのだろうことは分るが……


――マジかよ… 美しい花にはとげがあるってか…? はは…… 笑えねえ…… 恐ろしく速い拳で目で捉えられなかったぞ……


「な? よーーーく分っただろ?」


 驚きすぎて声も出ない魔法使いの男をしり目に、おっさんはなぜか得意気だ。







 拝啓、お母様。


 僕は今、王都ブレナークで冒険者として活動しています。

 この街には退屈させないような人たちが沢山いますが、とりわけギルドの受付嬢が鮮烈な人でした。

 初めてあの人に会った時のことは、20年生きてきた中で一番印象に残っています。ドラゴンを初めて見た時よりも、です。

 人は見かけによらないとは、誰の言葉だったでしょうか。至言だと思います。

 とりあえず、あの人は怒らせない。これはドラゴンに遭った時の対処法と同じくらい大事でしょう。僕は学びました。

 ブレナークは退屈しなさそうな街です。


 季節の変わり目ですので、お母さんもお体ご自愛下さい。


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