ずっと忘れていたことがあった。

 それは、あの人のこと。


 私が小学生のころに、雨の中で泣いている私に「大丈夫?」と言って、黄色い傘を差し出してくれたあの人のこと。

 中学校で違う学校に進学していらい、もうずっと、四年近くになるのかな? 会っていないあの人のこと。

 そんな昔の思い出を、なぜだか急に思い出した。


 ……あの人の名前はなんていうんだっけ?

 白瀬薺は、あの人の名前を思い出してみようとした。


 でも、その行為はあまりうまくいかなかった。薺はあの人の名前も、それに顔もなんだかすごくぼんやりとしていて、うまく思い出すことができなかった。


 小学校時代の卒業アルバムをみれば、思い出せるかもしれないと思ったのだけど、なんだか、そこまで(タンスの中を開けてまで)して、あの人のことを思い出すのは、私たちのあの綺麗な思い出に対する冒涜のような気がして、なんとなくする気になれなかった。

「はぁー」

 薺は教室にある自分の机の上で、大きなため息をついた。

 すると「薺。そんなにため息ばかりついてると、幸せが逃げちゃうよ」と、前の席に座っている薺の友達、小泉千里が笑顔で薺にそう言った。

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