第54話 紗織と卒業式と天文台と
試験自体はみんな終わった。後は結果を待つだけだ。僕たちは紗織が行ってみたいと言っていたあらかわ遊園や、以前は散々な目にあったディズニーランドにも行ってみた。結果は大混雑。なんで平日なのにこんなに沢山の人がいるのだ。アトラクションに乗る時に、僕の隣にどっちが座るのか、という毎度の話が出てきたので、公平にじゃんけん、では無く、今回はくじ引きで決めたら、全て佳奈が当たりを引いて地団駄踏む瀬里がちょっとかわいく思えた。
「良彦、決めたのか」
「ああ」
「そうか。ああっと。結果は先には聞かないぞ」
「そうか。あの2人には待たせてしまって申し訳なく思っているよ」
「いいんだよそんなの気にしなくて。良彦が良ければそれで良いんだよ。気にするな」
「紗織もそんなことを言っていたな」
「俺だってそうだからな。麻里のことを何も考えていないわけじゃないけど、自分自身に嘘をついて無理やり付き合うほうが相手に失礼だ。それがフィーリングってやつだ」
「僕もなんとなくわかった気がするよ。そのフィーリングってやつ」
「お風呂の答えが出たのか」
「よく覚えてるな。お前」
「俺は良彦の親友だからな」
「自分で言うのかよ、親友」
「まぁ、なんにしても俺も安心して高校を卒業出来るってわけだ。大学まで引きずられたらどうしようかと思ったんだからな」
「そうなったら流石に愛想を尽かされるだろ」
「あの2人はそうでもないんじゃないか?」
「だったら尚更、ちゃんと答えを出さないとだ」
健司にそんな話をしていると、自分の気持ちを再確認しているようで、断りを入れる方への罪悪感を心の奥へ押しやっている感じがした。
3月8日
今日は紗織の受験結果発表日だ。車に乗って津田塾大学へ向かう。
「紗織、緊張しすぎて倒れないでよ」
「前は私がそういうこと言ったら怒ったのに。大丈夫。経過は順調だから。この子のためにも私は生きるの。2人分の人生なんだから」
胸に手を当てて紗織は力強く宣言した。紗織はロングスカートを揺らして掲示板へ向かって歩く。自分の結果でもないのにひどく緊張するのは受験特有のものなのだろうか。
「どうだ?」
一時の静寂
「あった!!あったよ紗織!!」
佳奈と紗織が抱き合って歓喜の声を上げている。受験番号を見たものの忘れたらしい健司は、何番?何番?みんなに置いて行かれているのが健司らしくて愉快だった。
「明日は僕の番だな」
「ん?良彦の合格発表は明後日だろ?」
「健司、そうじゃないでしょ。例の件だって」
「ああ。そっちか。瀬里は明後日の合否結果よりもきになってるんじゃないか?」
卒業式を翌日に、佳奈も瀬里も例の件については何も言わないばかりか、自分のアピールもしてこなかった。冷静に考えて欲しい、というサインだろうか。
帰宅後に一ノ瀬さんに「答えは出たのですか?」と聞かれたので「はい」とだけ答えた時の一ノ瀬さんの顔はずっと覚えていると思う。
その日の夜に僕は自分の心に最終確認を行う。この答えは本当に合っているのか。問題ではないのだから正解なんて無い。数式でもないから証明も出来ない。誰かに助けを求めたくなったけど、これは自分が決めないと意味がない。
「ねぇ、佳奈ちゃん、良彦くん、ちゃんと答え出してくれると思う?」
「うーん……あいつ、優柔不断だからなぁ。ねぇ、もしだよ?両方共玉砕したらどうする?」
「その時は私が面倒見ようかなー」
「紗織はもう降りたんでしょ」
「いいじゃない。2人ともダメだったら私の権利も復活するわよ」
「ねぇ、佳奈ちゃん、もし2人ともダメだったら、良彦くん、2人のものにしちゃわない?どうせ選べないから両方ダメ、とかいう理由だと思うから」
「良彦の言いそうなことでちょっと怖いわね……。まぁ、私は良彦を信じることにするわ。それで、結果には文句は言わない。瀬里も結果に文句は無しね」
「ちょっと、私のことは置き去りなの?」
「沙織ちゃん、これ、お願いなんだけど、直前になって私もって手を挙げるのだけは止めてね。絶対にこじれるから。おねがい」
「大丈夫。さっきのは冗談だから。流石にしないわよ。(たぶん)」
「今、たぶんって言った!佳奈ちゃん、紗織がたぶんって言った!!」
「はぁ……最初に会った頃の紗織が嘘みたい。でも、こっちの紗織のほうが私は好きだな。正直ね、私、紗織が持っていくんじゃないかって思ってたの」
「そうなの?佳奈ちゃん」
「うん。良彦もなんかずっと気になってる感じだったし」
「今更そんな弱気になってどうするのよ。私はもう降りたって言ったじゃない。だから大丈夫」
「そろそろ上がりましょうか」
3人はお風呂から上がってそれぞれの部屋に散っていった。
「明日はいよいよ」
「明日かぁ」
「明日、か……」
3月9日
卒業式
高校3年間は長いようで短い、なんてありきたりの感想が口から漏れたけど、なによりも高校3年生の1年間があっという間だった。一番沢山の出来事があったのに一番時間が流れるのが早かった。たくさんのことがあった。瀬里はお父さんが逮捕されるし、紗織は心臓の移植手術なんてしちゃうし。佳奈は……佳奈は相変わらず水色のパンツ……。あいつの印象はケリとパンツしかないのか。そんなことを考えながら答辞の言葉を聞いていたら笑いが溢れてしまった。
晴れて卒業式も終わって教室に。仲の良かった連中で写真を撮ったり、大学はどこに行くのか盛り上がったり。紗織は最後の思い出、なんて言われて写真撮影に引っ張りだこになっていた。瀬里はそんな紗織を見て「美人はつらいねぇ」なんて言っていたら、それに巻き込まれてくしゃくしゃになってしまっていて。
「あの2人、人気ねぇ」
「なにせ、クラス一の美人と、クラス一の癒し系だからな」
「私はクラス一のなんなのかしら?」
「佳奈はクラス一のハイキックガールだな。あ、そういえば今日はパンツ見てないぞ。水色か?」
「このっ!」
蹴られると思って身構えていたが蹴りは飛んでこない。
「もうパンツは見せてあげないわよ。ヘンタイ」
「いて!」
やっぱり蹴るのか。つま先でスネをコツンと蹴られた。
「そう言えば健司、お前らはなんでそんなにマンネリ夫婦みたいになってるんだ?」
「そうか?俺は麻里のことを毎日愛してるぞ」
「健司、それよそれ。あんた安売りしすぎなのよ。そりゃあね、言ってくれるのは嬉しいんだけど、そういうのは特別な日に取っておいてよ」
「何言ってるんだ。今日はとびきり特別な日じゃないか。卒業式だぞ?」
「そうなんだけど。なんかやっすいなぁ」
この2人は何があっても大丈夫、そんな気がするくらいに馴染んでいる気がする。
「で?良彦、メインイベントはどこでやるんだ?」
「天文台。僕たちは天文学部だからな。このあとみんな部活の後輩に祝福してもらうんだろ?だから活動場所に行くのさ」
「後輩も居ないのに誰に祝福してもらうんだよ。でも、ま、とうとうか。それ、俺達も見てていいのか?」
「いいよ。散々相談に乗ってもらったしな。僕の勇姿を見届けてくれ」
「良彦、あんた、両方に振られること、考えてないでしょ」
「考えてるさ。だから“勇姿”なのさ。さて。おーい、佳奈、紗織!行くぞ~!」
席を立ってもみくちゃにされている2人を呼ぶ。当然のようにブーイングを浴びたが、そんなのお構いなしに廊下に出て2人を待つ。
「よし。全員揃ったな。いざ、天文台へ!」
天文台に揃った6人。いつぞやのように僕が望遠鏡の前に立って、その前に佳奈と瀬里。あの時は一緒に並んでいた紗織は後ろで健司と麻里と一緒にそれを見ていた。
「緊張するなこれ……」
「自分で決めた方法だろうが。俺みたいにはっきり言え。佳奈も瀬里も良彦にはっきり言っただろ。お前もそれくらいの気概を見せてみろ」
「良彦くん、大丈夫なのかなぁ。ねぇ、健司くん、ここで私が割って入ったらどうなるかな?」
「恐ろしいことを言うなよ。それこそここで超新星爆発でも起きそうだぜ」
「みんなブラックホールに吸い込まれて闇の中ね」
「お」
健司たちが紗織と何か話しているが、僕はこれから答えを出す。
「それじゃ、言うぞ。僕は……」
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