第53話 瀬理と佳奈とぬくもりと
「瀬里、かな。理由は僕が近くにいれば守ってあげられるし、そのほうが僕も安心する」
「そう決めたんだ」
「なぁ、紗織。相手を守ることが僕の安心、って考えるのは偉そうなことだと思うか?」
「普通なんじゃない?よく、言うじゃない。僕が○○を守ります、幸せにしてみせます、みたいなの。決まり文句みたいなのが」
「決まり文句かぁ。言われてみればそうなんだよな。でも守ってやりたいのも事実だし、あのコロコロ変わる表情も魅力を感じるんだよな」
「他には?」
「たまに見せる女らしさ」
「他には?」
「うーん……なんだろうな。何か、と言われると……そうだな……」
「うん。良いんじゃない?今、私に言われてスラスラと瀬里の良いところが出てきたじゃない。深く考えてなかったでしょ?それがフィーリング、ってやつだと思うよ」
「なるほど……」
「じゃあ、それを踏まえて、佳奈に感じることは?」
「暴力的」
「他には?」
「女の子とは思えないところ」
「他には?」
「なんの気兼ねもないところ」
「うん分かった。最終的に決めるのは良彦くんだけど、私の意見を言うね。私は良彦には瀬里ちゃんが良いんじゃないかって思う」
「なんで?」
「良彦くん、佳奈を恋人じゃなくて友達として見てる。それに恋人には気兼ねなく接することも大事だけど、ある程度の緊張感は必要だと思う。じゃないと、お互いに相手のことを蔑ろにしちゃうから」
瀬里、瀬里、瀬里……瀬里、か。
僕が腕を組んで悩み始めたのを見て、紗織は、最終的に決めるのは良彦くんだし、そういうのは一人で考えたほうがいいよ、と言われて自室に戻った。
「瀬里、か」
確かに佳奈は恋人というより友達に近い。瀬里は佳奈よりは恋人に近いかもしれない。でもそれは友だちになってからの期間が佳奈より短いからなのかもしれない。両方共に同じ時間を一緒に過ごしていたら。どう応えるにしても断る方にはそれなりの理由を言ってあげなきゃな。これだけ待たせたのだ。誠意のある理由を……。
“自分が一緒にいたい相手を一方的に選ぶの”
「一方的に。だとしたら理由なんて要らないのかな。瀬里と一緒に居たいからだ、コレだけでいいのか?」
その日の夜は一晩中、そんなことを考えていた。
「いよいよだな」
「うん。気合い入れていくよ」
2月25日。東京大学への切符を手に入れるための最終試練。僕は滑り止め保険があるけど、瀬里にはそれがない。今朝は集中したからという理由で瀬里と2人で受験会場にやってきた。先日、あんなことを考えていたので、瀬里と2人で出かけたら集中出来ないんじゃないかと思ったけど、そんな考えを弾き飛ばす集中力にあふれていた。
翌日も試験。初日の手応えは十分あった。瀬里も大丈夫と言っていた。この日のために僕たちは頑張ってきたのだ。予備校には行かなかったけど、瀬里と紗織と一生懸命に勉強した。試験中に走馬灯のようにこの一年間の思い出が駆け巡ったけど、それを思い出す度に緊張の糸がほぐれて落ち着いて試験に臨むことが出来たと思う。
「終わったな」
「うん。これで3月10日に結果が分かるね。で、その前日は卒業式!楽しみだなぁ」
「そうだ。瀬里。今日は2人なんだから、ちょっと僕にプレゼンしてみてくれ。私と付き合うと、こんな良いことがあります、みたいなのを頼む」
「かわいい!」
「ん?」
「僕は良彦くんにかわいい、をいっぱい届けてあげられるよ。あとね、嫌なことは嫌ってはっきり言うと思う。だから、そういうのが嫌いだったらごめんね。あとはねぇ……お金持ちだよぉ、僕」
「お金持ちなのは瀬里の家、だろ。僕は家と結婚する気はないよ」
「んふ。結婚だって。良彦くん、気が早いなぁ。えへへ」
「くねくねするな。わざとらしい」
早乙女邸に戻るといの一番に出てきたのは瀬里のお父さん。まるで戦争から帰ってきた息子を迎え入れるような騒ぎっぷりっだ。親バカなんだなぁ。僕の母さんなんて「記念受験、どうだった?」だし。
「実際問題、どうだったのよ。記念受験になっちゃったの?良彦」
「そんなこと無いさ。個人的には自信があるぞ」
「残念。良彦には慶応に行って貰いたいのに。瀬里と同じ大学だと心配になるし」
「佳奈はまだ僕の彼女じゃないだろ。心配するのは早い」
「シュミレーションしてるのよ。ずっと。もし、良彦が瀬里を選んだらって考えたら不安で……。だから私が彼女になったら、っていっぱい考えてるの」
胸の真ん中がちくりと痛む。
「そうだ。瀬里にも聞いたんだが、ここは公平に。ちょっと僕にプレゼンしてみてくれ。私と付き合うと、こんな良いことがあります、みたいなのを頼む」
「なによ、いきなりね。ちょっと恥ずかしいから私の部屋でいい?」
僕は佳奈の部屋まで行ってプレゼンを受けることになった。佳奈は部屋に入ると奥まで進んで机の写真を手に持って「よしっ」と小さな声を出した後、こちらに振り向いた。
「私ね。多分だけど、良彦にはなにもあげられないと思う。今まで通り一緒に居て、一緒にいるのが当たり前で。だから私に出来るのは良彦を安心あせてあげることだけ。何があっても私は良彦のそばにいる。良彦にどんなことがあっても一緒に乗り越えてみせる。だから私と付き合うとこんな良いことがあります、というようなものは無いと思う。一緒にいるのが当たり前にするから」
「蹴りはなくならないのか?」
「蹴るよ」
僕は苦笑して今の言葉を頭の中で繰り返す。
「ありがとう。こういうの、もっと早く聞いておけばよかったよ」
「どういたしまして。投票日の3月9日、是非とも1票、お願い申し上げます。これあげるから」
「買収だな。選挙違反だ」
佳奈は差し出した僕の手を両手で包み込んで、このぬくもりはあなたのもの、と優しい声でいった後に後ろに飛び退いて手を後ろに隠した。
「良彦くん、佳奈ちゃんの部屋で何をやってたの?もう浮気?」
卒業式が近づくにつれて瀬里のテンションが上がっているのは心配だからだろう。
2月28日、紗織の本試験日。みんなで紗織を送り出して一ノ瀬さんの運転する車で試験会場まで向かう。出掛けにがんばってね、と伝えたはずの僕のほうが逆にがんばってね、なんて言われてしまったのが情けない。
卒業式まであと9日
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