第52話 電車と番犬と確認と
紗織に連れて行かれたのは意外な場所だった。
「坂だな。かなり急な。のぞき坂って書いてあるけど、何が覗けるんだ?Wikipedia見ても何も書いてないし」
「そうじゃないの。ここ、私がハマってる小説の聖地なの!」
紗織はそう言って白いワンピーススカートの裾を持ちながらピラピラさせている。
「春にここにもう一回来たいなぁ。桜が咲いている時に!」
しかし、この坂、まさか下ることはないだろうな……。登るのは嫌だぞ。
「ここ、下るよ!」
マジか。
「下に何かあるのか?」
「電車!かわいい電車が走ってるの。それに乗りたいんだぁ」
紗織がここまで自分の意思を主張させるのは珍しいかもしれない。みんなそう思ったのか文句も言わずにはしゃぐ紗織に付き合った。内心、心拍上がりすぎてマズイことにならないと良いなって思ったのは僕だけじゃないと思う。
「路面電車みたいだな」
「だって路面電車だもん」
「東京に?路面電車?見たこと無いぞ」
「あ、これが都電荒川線ってやつね。私も乗ったことがない。ねぇ、これでどこまで行くの?」
「山手線の大塚駅。そこから山手線で渋谷に戻ればいいかなって」
紗織が急いで坂を下ったのには意味があった。都電荒川線の9000系という車両に乗りたいから。9000系はレトロな雰囲気で乗ってみると床もフローリングだし、乗ってみたいと思うのも納得の車両だった。
「しかし、紗織は廃墟といい、こういう電車といい、なにかマニアックなものが好きなんだな」
「病院にいるとネットとか本でそういうのを見るから。出かけると機会があればそういうのが見たくなるの」
確かに、病院にずっといたらヒマでそういう感じになるのかもしれない。だから清里であんであんなにテンションが上っていたのか、あの時はわからなかったけど、事情を知った今ならよく分かる。
「次の駅で大塚だな。ちなみにこの都電荒川線はこのまま乗っていると、どこに行くんだ?」
「んーっと。巣鴨と王子を抜けて三ノ輪ってところまでかな。あ、途中にあるあらかわ遊園にも行ってみたいんだけど、今日は流石に無理よね。小さい子供向けの遊園地なんだけど。良彦くんは覚えていないと思うけど、昔、一緒に行ったことあるんだよ?」
「んー……すまん。覚えてない」
「なんか良彦、幼い時に色々女の子と遊んでいたみたいね。羨ましいことで」
「なんでだよ。佳奈だって遊んでたんだろ?僕はあんまり覚えていないけど」
「良彦、今のお前はモテ期だが最初のモテ期がその幼少期だったようだな。同じ人達にだけどな。人生には3回のモテ期があると言われている。次のモテ期は彼女もいることになるだろうし、修羅場になるのだろう。今までの天罰だ。せいぜい苦しめ」
「健司、お前だって同じなんじゃないのか?」
「俺は大丈夫だ。なにせコイツがめっぽう強いからな」
「私は健司のボディーガードじゃないわよ。むしろ、か弱いんだから守って欲しいんだけど」
「健司。か弱いそうだ」
「なによ」
「ほら、か弱い」
「ッテ!なんで佳奈が蹴ってくるんだよ」
「か弱い麻里の代わりに私が鉄槌を下したのよ」
佳奈は好戦的すぎていつか誰かと喧嘩しそうだ。と思ったけども、被害を受けるのはいつも僕だから問題ないのかな。痛いけど。
僕たちは山手線に揺られて渋谷まで戻ってきた。ここから井の頭線に乗れば今日の予定はおしまい。健司が渋谷に寄ってみるか?と提案してきたが、余り紗織を人混みの中につれてゆくのは良くない、と思って却下した。
「なぁ、卒業旅行って何処かに行くのか?」
「試験が終わったらな」
「ああ、まだ良彦は試験があるんだっけ」
「僕と瀬里、それに紗織もこれからだ。自分たちが終わったからって、受験シーズンを閉店させるな」
「すまんすまん。でも、先に考えておいたほうが良いんじゃないのか?この前みたいに宿が予約で一杯なんてのも考えられるぞ」
確かにそうだが、流石に本試験を前にしてその辺の話で盛り上がるのは微妙な気がする。それもあるけど、卒業式までもう時間がない。
「それじゃ、佳奈、お前は今日で大学受験が終わっただろ?だから健司と麻里も一緒に卒業旅行のプランを考えておいてくれ。紗織が3月8日、卒業式が3月9日、僕達が3月10日に結果発表だ。行くならそれ以降、だと助かるな」
卒業式。そうだ。それまでには僕は答えを出すと宣言した。今日はもう2月17日。卒業式の3月9日までたったの3週間しか無い。本試験までの1週間を受験に向けて集中すると、実質2週間で答えを出すとになる。1年間答えの出なかったことを2週間で、か。
「そっかぁ。卒業式、3月9日なんだぁ」
瀬里がわざとらしく僕に向かってそんなことを言う。期限をバッチリ覚えているようだ。佳奈も相槌を打っているので、もうコレは逃げられないな。
「な、なぁ、卒業旅行、どこに行こうか健司」
「良彦。もう逃げるな。現実を見ろ。それにお前の現実ってのは前向きなものじゃないか。そもそも俺はなんでそんなに時間がかかっているのかわからねぇよ」
僕は紗織に助けを求める視線を送ったが、ヒョイと目線をそらされて、自業自得でしょ、というようなメッセージを送られた気がした。
早乙女邸に向かう僕と瀬里、佳奈に紗織は浜田山で下車、健司と麻里はそのまま井の頭線で吉祥寺方面に。
「なぁ、麻里、あいつ卒業式までに答えを出せると思うか?」
「うーん……正直、難しい気もしないではないけど、流石にそこで出さなかったら、あの2人も愛想尽かすんじゃないかしら。少なくとも私なら冷める」
「だなぁ。マジであいつは何を迷っているんだ」
「健司ならどっちをどんな理由で選ぶの?」
「んー、そうだなぁ。俺は強そうに見えて実はそんなことのない麻里が好きだからなぁ。わかんねぇや」
「さらっと恥ずかしいこと言わないでよっ!」
「はは、すまん。で、俺ならどっちを選ぶのか、だけど、良彦の立場だとしたら、俺なら佳奈だな」
「なんで?」
「なんでって。今までの関係を見ていたら、そうだろ。夫婦漫才みたいな2人じゃないか。似合ってるにも程がある」
「なんでって聞くってことは麻里は違うのか?」
「うん。私はね。瀬里だと思ってる。理由は佳奈は異性というより同性に見えているんじゃないかしら。その点、瀬里は女の子に見えている様に感じるのよね」
「ねぇ良彦くん。例の件なんだけどちょっといい?」
早乙女邸に到着するなり紗織に呼ばれて部屋に行く。佳奈も瀬里も紗織がなにか釘を刺そうとしてるのだろうと、紗織に手を振って各自の部屋に散っていった。
「良彦くん。私思うんだけど、選ぶ、って考えるから難しくなっちゃってると思うの。2人はものじゃないけど、お店に甲乙つけがたいものがあって、予算があったら両方共買っちゃうでしょ?今の良彦くんはそんな状態。でも今回はその2つから1つを選ばなくちゃいけない」
「そうだな」
「うん。それでね?私は私なりに考えたんだけど、良彦くんが一緒に居て安心する方を選んであげればいいと思うの。良彦くん、自分のことよりも相手のことばかり考えてるでしょ。佳奈を選んだら瀬里がこう思う、瀬里を選んだら佳奈がこう思う、って。違うのよ。恋って。自分が一緒にいたい相手を一方的に選ぶの。佳奈と瀬里だってそうでしょ?それが合致するのが両思い、ってわけ」
「それは分かってるんだけどさ……」
「ううん。分かってないんだと思う。だからこんなに引きずっちゃってる。ねぇ、良彦くんが一緒にいて安心する方はどっち?」
「安心する方、か。そうだな……」
佳奈は昔から一緒にいるし、自分で言うのもなんだけど相性は抜群だと思う。瀬里は今年に入ってからだけど、一緒に居て飽きないし、なにより僕が守ってやりたいなって思う。
瀬里は僕がなにか言葉を出すのを待っているようだ。ここで、また決め兼ねている、というより、この理由だから、こっちだ、と言って、決めた理由についてどう思うのかを聞いたほうが良い気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます