第51話 目白と喫茶店と行きたいところと

そして翌日。佳奈の合格発表日。ネットでも分かるがそこは現地で見てみたい。皆で準備をして目白を目指す。


ここから目白までは、京王井の頭線で渋谷駅へ。そこから山手線に乗り換えて目白へ行くだけの簡単な経路だが、通勤時間の混雑は考えたくない経路だ。途中駅に渋谷があるので、佳奈もウェイ系になってしまうのだろうか。そういうのはちょっと苦手だ。


「井の頭線って神泉駅が良いよな。なんか秘密基地っぽくて」


「健司はそういう中二病的なところあるよね。なんで男の子は秘密基地好きなのかしらね」


「なんで?楽しいよ?秘密基地。僕らも秘密基地作っていたよ?良彦くん覚えてる?あ、健司くんもいた……あ、いないや。僕の家の庭で遊んでいたのは良彦くんだけだった」


「秘密基地か?なんかあったような。資材置き場のあれか?この前、庭を散歩している時に見つけた。子供が好きそうだなぁって」


「正解!あの資材置き場の小屋が僕達の秘密基地だったんだ」


「あんたち、なんか楽しそうな幼少期を過ごしているわね。ってか、瀬里よく覚えているわね」


「僕にとっては思い出の地なんだよ。良彦くんと初めて出会ったところだから」


「そうだったか?」


「そう。僕がそこで寝ちゃってて。父さんと母さんが大捜索してて。良彦くんも探してくれて。理由は聞いてないけど、とにかく見つけてくれたの」


「運命の出会いじゃないか。佳奈。コレは運命的に難しくなったぞ」


「やめてよもう。縁起が悪い。これで大学も残念な結果になったら、私どうすればいいって言うのよ。紗織もなんか言ってよ」


「ふふ。いつものあなた達、本当に見てて飽きないわ」


麻里はそんな光景を見ていつも呆れている。これは大学生になっても買わない気がするけど、僕たちは大学生になっても集まるのだろうか。仮に僕が東大失敗したら慶応に行くわけだ。そうすると全員バラバラになる。健司と麻里は仲良く同じ学校だけど、あの2人はセットのようなものだし。


「あ。目白に到着したぞ。とうとうだな」


周りには同じく合格発表を見に来たであろう学生がたくさんいる。学生服で来ている人も多いけど、合格結果発表も学生服である必要は無いと思うんだ。学ランとか息苦しいし。ブレザー、羨ましかったなぁ。でも女子は断然セーラー服だ。特に夏服が良い。腕を上げると見える脇。胸で盛り上げられて隙間の開くおへその前。パラダイスじゃないか。


「あそこだな」


「ねぇ、良彦。なんか怖いから良彦が見てきてよ」


「なんだ。自分で見るから喜びも大きいんだぞ?あれだけ頑張ったんだ。合格してるだろ」


「そうだよ佳奈ちゃん。大丈夫」


「東大目指している人に言われると嫌味に聞こえるわね……」


完全に言いがかりである。そんな中、紗織と健司に麻里はそんなやり取りに参加せずに掲示板に突き進む。


「おーい。先に見ちゃうぞー」


「まって!やっぱり自分で見る!」


「なんだよ。最初からそう言えばいいのに」


「佳奈、受験票は?」


「これ」


「この番号か」


「神様……」


神への祈りよろしく手を組んで掲示板を見ている佳奈の顔は真剣で。久しぶりにそんな佳奈を見た気がする。黙っていれば可愛いのにな。


「あ……」


「おお……」


「おめ」


「なんでそんなにテンション低いのよ!おめでとうくらい言いなさいよ!」


「ッテ!だからなんで蹴るんだよ」


きっと何を言っても蹴られたんだろう。佳奈にとって蹴りは照れ隠しの行動の一つだしな。


「おめでとう。佳奈」


「佳奈ちゃん、おめでとう。後は僕達だね」


そうだ。あと残っているのは僕と瀬里、それに紗織の3人だ。


「どうする?胴上げでもするか?」


「やめてよ。スカートなんだし……」


「パンツスタイルだったらいいのか」


「健司。俺達の腕力で実現できると思うか?」


「麻里の力ならきっと出来るさ」


「あんたちは!」


「ッテ!」

「イデっ!」


2人ともそれぞれに蹴られた。こいつらは凶暴過ぎるんだ。瀬里と紗織を見習え。


「佳奈ちゃん。暴力は良くないよ。そういう時は先に弱みを握って言葉で攻めるんだよ」


瀬里が静かに怖いことをいう。紗織も「そうね」なんて相槌を打っている。


「健司。女を怒らせてはいけないってよく覚えておこうな」


「そうだな。それはそうと、この後どうするんだ?良彦たちはまた勉強でもするのか?」


「いや。流石に今日はいいや。何処かに寄って帰ろう。合格祝いに何かおごるぞ。佳奈、どこか行きたいところあるか?」


「伴茶夢!(ばんちゃむ)」


「伴茶夢?」


「なにそれ」


「目白に来たら行ってみたかった喫茶店。すっごくレトロな感じで」


「良いわね。そういうの私も好き」


「それじゃ、そこに行こうぜ」


駅の近くと聞いていたが少し迷った。まさか地下にあるなんて思わないし。


「おお……いい感じじゃん。佳奈にしてはセンスがいい」


「しては、は余計だけど良いでしょ!」


早速店内に入ると、昔ながらの純喫茶店風だった。昔を知らないけど。席についてメニューを見るとカレーに喫茶店の定番、ナポリタンもある。各人それぞれが注文を済ませて、健司が先鞭を切って話し始めた。


「それにしても佳奈が学習院とは。皇室のお嬢様も通ってるところだろ?似合わないよな。ホント」


「なんでよこんな淑女にはぴったりじゃない」


「淑女はあんな頻繁に鋭い蹴りを繰り出さねぇよ。どっちかというと瀬里のほうが似合うな」


「僕は良彦くんと一緒に東大に行くの」


「ふふ。相変わらず瀬里ちゃん、良彦くんにべったりね。付き合ったとしたら、どっちが尻に敷かれるのかしら?」


紗織がそんなことを言い始めたので、好き勝手にあっちだこっちだ話し始めたが、絶対に僕が尻に敷かれると思う。でも、ここで宣言すると戦う前に降参することになるし、なにより佳奈の立場が無くなってしまう。当の本人も面白そうに会話に参加してるけど。いいのかそれで。気を使ってる僕がバカみたいじゃないか。

そんなバカ話をしているうちに注文した料理が運ばれてきた。おしゃれなレストランよりもこういうところのほうが落ち着く。僕が頼んだナポリタンも何故か懐かしい感じがしてあっという間に食べてしまった。


「食後のデザート!」


「ねぇ、瀬里はそんなに甘いものを食べてなんで太らないし成長しないの?」


「それは宣戦布告かな?」


佳奈が余計なことを言う。成長って明らかに身長ではない言い草だった。一応、瀬里も気にしているところだろうし喧嘩になったら……。


「天は二物を与えず、ってやつだ。もし早乙女家のご令嬢が紗織だったらどうよ」


「絵に描いたような高嶺の花だな」


確かに、紗織はあの屋敷で一番違和感がないかも知れない。病弱なスタイル抜群の黒髪美人。オマケに大富豪の一人娘。絶対にお友達になんてなれない存在になっていたことだろう。それに引き換え……


「良彦くん。いま、すっごく失礼なことを考えていたでしょ」


「い、いや?そんなことはないけど?」


「ん~~」


瀬里は口を膨らませて抗議してきたが、そういうところが既にお嬢様の雰囲気を壊している気がする。


「ねぇねぇ。私は?私もあそこに住んでるんだけど?」


「健司。なにか言ってやれ」


「番犬じゃね?」


「ッテ!だからすぐに蹴るんじゃねぇよ!」


机の下で戦争が勃発していたようだ。相変わらず麻里は呆れた顔で健司を眺めている。でもいつも最後に健司を見ながら笑顔になるのが可愛いところだ。


「さて。そろそろ帰ろうか」


「あ。待って!目白で見たいところがあるの」

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