第49話 腕とインタビューと布団の中と

「良彦くん!!」


「瀬里!?」


「良彦くん、遅いよ。もう……。誰か待ってるの?とか僕かな?とか変な目で沢山の人に見られたし。でも、裏門とかから走っていかなくてよかった」


「瀬里、心配させるなよ。どこにいたのかと思ったぞ」


「サプライズが良いって言ってたから。学校の中で紗織も佳奈も手渡すかなと思って。あの2人と一緒に返ってくることは無いと思ってあそこで待ってた」


瀬里は校門横の自転車置場を指差した。


「あそこで紗織ちゃんと佳奈が帰るのを確認してから校門で待ってた」


佳奈が帰ってから僕は天文台にいたし、そのあと学校中を駆け回っていた。どのくらい待たせてしまったのだろう。


「寒かった!すごく寒かった!!」


「ごめんな。待たせて」


「別にいいんだけど。僕が勝手に待ってただけだから。で、これ」


瀬里はカバンの中から小さな紙袋を出して遠慮気味に差出してきた。


「ありがとう。受け取るよ」


「どうせ紗織ちゃんからも佳奈からも受け取ってるんでしょ。どうせ僕のなんて」


「そんなことないさ。嬉しいよ」


「ホントに?」


「ああ」


「良かった……。本当は貰ってくれなかったらどうしようってすごくすごく不安だったんだ。佳奈のだけ受け取って僕のは受け取ってもらえないんじゃないかって。だから先に渡そうと思ったんだけど、先に渡して受け取ってもらえなかったら、って考えたらどうしても……」


瀬里はそう言うと、泣き出してしまったので正直焦った。どうすれば良いのか。僕はどうすれば正解なのか!?


「手」


「手?」


「握って」


「ん?おう……」


「あったかぁい……」


瀬里の手は冷たくなっていた。当然だ、この寒空の下で1時間以上も待っていたのだ。


「冷たいな」


「うん……寒かった。ね、帰ろ?」


瀬里はそう言って僕の手を握ったまま歩き出した。引っ張られる格好で僕はそれに続いて横に並ぶ。手を繋いで下校か。こういうのは初めてだな。女の子と手を繋いで歩いたのは紗織と風鈴回廊以来だろうか。その後佳奈とも手を繋いで下校したのを思い出したのは内緒だ。


「えいっ!」


「お、おい」


僕がそんなことを考えていたら瀬里が僕の左腕に抱きついてきた。


「いいじゃん。今日くらい。ちょっと位さ、良彦くんの時間を僕に頂戴」


瀬里は小さい。左腕に抱きついた身体も冷えていた。僕の二の腕に顔を埋めて嬉しそうにしている瀬里。もしかして、これが瀬里の作戦だったのだろうか、なんて考えながら、少し瀬里に僕の時間をあげよう、と学校から用水路沿いを抜けるまで腕を組んで歩いた。この通り、春になると桜がきれいなんだよな。僕はその桜を誰と見るんだろう。


「ちょっと。なんで2人で帰ってくるのよ」


僕と瀬理は成り行き上、当然のように一緒に帰宅。玄関で待ち構えていた佳奈に案の定、抗議の声を浴びせられた。紗織には瀬理ちゃんが有利なのかな?とか言われるし。まぁ、作戦的には瀬理が一番狡猾と言うかなんというか。渡してただでは終わらないところがすごいなって素直に思ったものだ。


「まぁ、成り行きでな。学校の校門で待っててくれたんだよ。それで一緒に帰ることになった」


僕は瀬理に言ってもいいのか確認した後に佳奈と紗織にそう説明した。手をつないだとか腕を組んだとかは流石に内緒にしたけども。


「それなら仕方がないけども。やっぱり瀬理はなにかすると思ってたのよね」


あ、想定内だったんだ。その日の夜は健司からのろけ話を聞きつつ、自分もどうだったのか聞かれて最初は説明しようかと思ったが、話がややこしくなりそうだったので、チョコレートを貰ったことだけ報告した。その夜、意外にも寝る前に紗織が僕の部屋にやってきたのでびっくりした。


「瀬理ちゃん、どうだった?」


「どうって?」


「なんか、本人がすごく嬉しそうだったから。やりたかったことが出来たのかなぁって」


「あー……」


「あ、やっぱり何かあったんだ。佳奈にも他の誰にも言わないから何があったのか教えてくれない?」


「なんか芸能レポーターみたいだな。オフレコっていっても記事に書かれそうだ」


「それはないから大丈夫。それに何が起きたのか知ってるほうが、今後公平なサポートが出来ると思うわよ」


僕は迷った末に紗織なら信用できるか、と思って今日の出来事を伝えた。


「なるほどなぁ。でさ、どの渡し方が一番キュンと来た?」


「そうだなぁ、三者三様でそれぞれのイメージ通りというかなんというか。シチュエーション的には紗織が王道って感じがした。」


「そっか。色々考えたかいがあったかな。義理とはいえ、高校生活で初めてチョコレートを男の子に手渡す事になったから、私自身の思い出のために色々と考えたんだよ」


「そうかぁ。あ、そうだ。紗織が教室を出ていった後、残ってた男子の落胆ぶりはすごかったぞ」


「横目で見てた。やっぱり私ってモテるのかしら?」


「そりゃ、その容姿ならモテないほうがおかしいだろ」


「良彦くんにはモテなかったみたいだけど」


「それなんだけどさ。もし仮に僕は紗織を選んでたとするじゃん?その後、僕の存在が憧れだったって気がついたらどうしてたんだ?」


「隠してた。隠してたと思う。憧れにしても夢が叶ったのだもの。憧れが愛に変わるまでそんなに時間はかからなかったと思うわよ」


「ホント、隠すのが下手だな」


「そうね。でもいいの。それでもあの2人のためなら身を引こうかって思えた時点で負けていたんだよ。良彦くんが選んでくれてたら別だったんでしょうけどね」


紗織はところどころで、今でも遅くないのよ、という雰囲気を出していたが、最後の言葉で自分自身の発言をすべて取り消しているように思えた。


「大丈夫。私は大丈夫だから。今、良彦くんに好きとか付き合てくださーいとか言われても全力でお断りするから。私は夢から覚めたの。現実のような、でも叶わなかった夢。夢から覚めたら、そには現実が待っているでしょ?それが今。だから、私がなんと言おうとそれは夢の言葉。良彦くんはそれを信じないで。いい?」


「わかったよ」


紗織は自分自身に暗示をかけるようにそういったのが分かって、ちょっとだけ優しい言葉をかけようと思ったが、それが一番残酷なことだと思って、僕の部屋から出ていゆくのを何も言わずに見送った。

正直、身を引きます、って言われたのは、言葉通り、身を引いただけで気持ちは変わらないって意味だったんだろうな。卒業します、とも言っていたけど、「諦める」って言葉は使っていなかった気がする。


「さて。明日は第一段階選抜結果がわかる日だ。よく寝ても結果が変わるわけじゃないけど、今日はこれで寝よう」


僕は誰にでもなく電気をリモコンで消しておやすみと言って布団に潜り込んだ。


「ん?」


「びっくりした?」


「するに決まってるだろ。何やってるんだ」


「夜這い?」


「そりゃ分かってるけど、いつからここにいたのさ」


「良彦くんがお風呂を上がったのを確認してからかな」


「ってことは今の会話も全部聞いてたわけだな?」


「うん。やっぱり紗織、良彦くんのこと、完全に吹っ切れていないんだね。どうするの?」


「どうするもこうするも。さっき紗織自信が否定していただろ。それに僕はせ……」


瀬理と佳奈って言おうと思ったのだが。布団の中で向き合ってる相手の名前を言うのはひどく恥ずかしくて名前が出てこなかった。


「僕はせ?もしかしてぇ、瀬理、って言おうとした?僕のことが好きだから紗織には傾かないって言おうとしたの?嬉しいなぁ。これが本当のことだったらもっと嬉しいなぁ」


瀬理はそういいながらゴソゴソと動いて僕の方にどんどん近づいてきた。ベッドから出ればいいのに、僕も後ずさりをするだけで思春期には過酷な状況が繰り広げられていた。


「ねぇ、良彦くん。私ね。本当のところ佳奈ちゃんには勝てないってずっと思ってるんだ」


「なんで?」


「だって。良彦くんと佳奈ちゃん、すっごく距離が近いじゃない?物理的なものじゃなくて気持ち的に。端から見たら夫婦そのものだったもん。だからね、私はそれ以上のことをしないと良彦くんに振り向いてもらえないんじゃないかなってすごく不安なんだ。こんなことをしたのも、それが理由かな」


「大丈夫さ。こんなことをしなくても僕はちゃんと考えるよ」


「ここで既成事実をつくちゃっても?」


瀬理は身を起こし四つん這いになって僕を見下ろしてくる。瀬理のみずみずしい唇を見て思わず生唾を飲み込む。目を下にやればパジャマが垂れ下がって胸の中が見える。流石にシャツは来ていたので見えなかったがいつもの瀬理からは感じられない妖艶な雰囲気をこれでもか、と感じることが出来た。瀬理もやっぱり女の子なんだなって。


「ねぇ、良彦くん?僕は……いいよ?」


「いいよってお前……」


瀬理は僕の足の間に自分の膝をねじ込んできた。顔の距離もさっきより近い。瀬理の息遣いを感じるほどに。本当なら瀬理の肩を掴んで起き上がらせるのが一番なんだろう。でも、僕はそれが出来なかった。僕はどうすれば……覚悟を決めるべきなのか?目を閉じて眉間にシワを寄せながら考える。

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