第48話 廊下と失踪とたんこぶと

『2月14日』


それは男子高校生にとって特別な日。もらえるかどうかなんて関係ない、とは言わないけど、とにかく何かに期待する日。3年生は大学入試で基本的に学校に来なくてもよいのだが、この日だけは登校する人が毎年多いと聞く。今年の僕たちはこんな調子なので投稿する必要はないけど、気になるのは気になる。もしかして他の誰かが自分にチョコを持ってきてくれるんじゃないか。その時に自分がいないと悲しい思いをさせるんじゃないか。


「健司。今日は学校に行くのか?」


「ああ。俺は女子の夢を壊したくないからな」


「そうか。奇遇だな。僕もだ」


そんな会話をLINEでした後に、制服の袖に腕を通して朝食を取るためにダイニングに行くと、佳奈も瀬里も紗織も制服を着ていた。


「なんだ?」


「ほら、こうなったでしょ?」


「なんだなんだ?」


「良彦、あんた、一抹の期待を持って学校に行こうと思ってたでしょ」


なんということだ。完全にバレている。


「いや、そうじゃなくてさ。高校時代のバレンタインって学校で貰いたいじゃん?夢じゃん?校舎裏とか屋上とか、誰もいない教室とかさ!」


「ふーん……」


「じゃ、誰がどこにする?」


瀬里だけが楽しそうだ。どこにする、というのは今、僕が行った場所、誰がどこでチョコを渡すのか、ということなのだろう。


「瀬里。ちょっと待て。男のロマンは、いきなり誘われることがワクワクの半分は詰まっているのだ。授業中に突如としてやってくる、お誘いのメッセージ!下駄箱や机の中に入っている紙切れ!下駄箱とか机の中に入っているチョコもいいが、やはり夢は手渡し!」


「分かったから。学校に行けばいいんでしょ?でも、紗織も学校に行くの?」


「一応ね。私からもらえるのを期待してる男の子がいるだろうから。あげないけど」


「紗織ちゃん、結構ワルだね……」


バレンタインに男1人に女3人で登校。しかも、なんか噂になっていた天文学部。途中、刺さるような目線を感じたが、気にしない。君たちとは違うのだよ君たちとは。確実にもらえるという優越感。


「なんかすごい視線を感じるね……」


「瀬里が女の子の格好しているからでしょ。期待しちゃってる男子がいるかもよ?」


「僕の目には良彦くんしか見えない」


「何キリッとしてるのよ。少しは緊張しないの?」


「しない。というのは嘘。ちょっと緊張してる」


「ちょっと、2人とも、良彦くんに聞こえちゃうんじゃない?ワクワクが減っちゃうんじゃない?恥ずかしさもきっと男のロマンってやつよきっと」


紗織、分かっているな。そのとおりだ。夕日の差し込む誰もいない教室!呼び出されて少し早く行って待ってると、もじもじした女子が教室に入ってくる!あのね、そのね、とか言いながら、これ!とかいって手渡されるチョコ!もう最高じゃないか。チロルチョコを投げつけされる100倍はいい……。


「うぃーっす。なんか出席率高いな。あれか。あの日だからか。若いね~」


「せんせー。そんなこと言ってるから結婚できないんだと思いまーす」


「うるせぇ。って、今日も自習だ。一応、ここに貼ってあるところで講習会はやっているが参加は自由だ」


朝は佳奈たちと一緒だったが慎重に下駄箱を開けた。何もない。席について慎重に机の中に手を入れる。


「!」


なにか入っている。佳奈と健司に気が付かれないように取り出して見てみると……。


「天文学部、滅べ」


滅ぼすんじゃなくて入部してくれ。俺達が卒業したら廃部だぞ。


「良彦、何かあったか?」


「こちら、異常なしであります」


結局、お昼にも何もなく、下校の時刻。


「健司、何かあったか?」


「異常なし。だな」


もしや、もらえないパターンなのか?もらう時の表情がどうのこうの言っていたのに?それが悪かったのか?


「良彦!俺は先に帰るぞ!グッドラック!」


健司が弾けるように教室を出てった。どこに向かったのだろう。僕の方にはまだ通知が来ない。このまま教室で待っているべきか、天文台に行くべきか。このまま教室に残って誰にももらえないと、クラスのやつらにどんな目で見られるか。教室にはまだ紗織がいる。残っている連中は紗織からの起死回生を待っているのか?

お!紗織が立った!カバンを持った!僕の方を見た!だけだった。そのままスタスタ廊下に出てしまった後に教室には魂の抜けたため息が広がった。


「なんか息が詰まるから僕も教室を出て天文台に向かおう……」


教室を出て天文台に向かう途中、渡り廊下に紗織がいた。


「やっと来た。ここ、通らなかったらどうしようかと思った」


「いつも通ってるだろ?」


「だからよ。いつもと違ったらどうしようかなって思ったの」


紗織はそう言うと僕の方に歩いてきてカバンから小さな包を出して手渡してきた。これ!コレだよ!学生時代に待ち望んできた光景が夕日に照らされて目の前に!渡す時の「ん……」って声がまた最高に……。


「受け取ってくれないの?義理だけど」


「頂きます!有難うございます!」


「良かった。正直、もう受け取ってもらえないかと思ってた。あこがれの人にチョコレートを手渡すのってなんかいいね。でも、これでおしまい。私の学生時代の恋愛イベントはお終い。いい思い出をありがと」


「ああ。こちらこそ。それじゃ、僕は天文台に行ってくる」


そうだ、紗織はいつも僕が放課後どうしているのかを知ってて行動したのだ。バレンタインだからって特別なことをすることは無いのだ。このまま突き当りの階段を登って天文台に行けば良いのだ。


「あーもう。あんなこと言わなきゃよかったかな……。良彦くんは私のあこがれ。あこがれの人。その人と一緒にいたら……」


紗織は渡り廊下の窓を開けて2月の冷たい風を頬に当てて恋の終わりを感じていた。


「この階段を登れば天文台。天文台。いつものコース。いつもの時間……」


天文台には誰もいない。天文準備室にも誰もいない。焦りが出てきた。2人に愛想を尽かされた?僕が答えを出さないから?そうだよな。そうだよな……。天文準備室でしゃがんで頭を抱える。


「良彦、あんた何やってるの?頭でもぶつけたの?」


後ろから佳奈の声がした。救われた気がしたけど、どんな顔で向こうを向けば良いんだ?麻里は普通の顔って言っていたけど、僕の普通の顔ってどんなのだっけ?えっと……えーっと……。


「っッて!!」


蹴られた。前に転がってちゃぶ台に頭がヒットした。これは本気で痛い。今度は痛みで頭を抑えてしゃがんでいる。


「いつまでそうやってるのよ。あげないわよ!」


しゃがんだまま恐る恐る後ろを振り向くと、腕を組んだ佳奈が仁王立ちしていた。反射的に顔を戻して、再び恐る恐る顔を後ろに向けると、佳奈が二発目の蹴りを準備している最中だった。


「水色だな」


「この!スケベ!!」


結局蹴られた。


「なんでこんなスケベで変態を好きになったのかしら!はい!これ!はやく!要らないの!?」


ちょっと乱暴に突き出した手にはかわいい紙袋。ツンデレか。


「いります。有難うございます」


「なんで片手なのよ!」


いや、ちゃぶ台にヒットしたおでこが痛いんだよ。痛みを堪えて両手で受けとる。


「それ、手作りだからね。不味かったらその……無理に食べなくていいから。あと!ぎ、義理じゃないからね」


本物のツンデレか。僕はありがたく頂いて佳奈にお礼を言った。この時の僕はいつも佳奈に向けている表情だと思った。佳奈もいつもの佳奈で安心した。


「それじゃ!私はこれで!」


階段を急いで降りる佳奈の足音がパタパタと響く。頭……たんこぶが出来てる。何年ぶりだたんこぶなんて。小学校以来じゃないか?さて。これで紗織、佳奈のイベントは終わったわけだけど。一番何か仕掛けてきそうな瀬里からなにもない。連絡もない。おかしい。いつもの行動。僕はこのあとどうしてる?今の季節は日が沈むのが早い。天文台を開いて望遠鏡を覗くはずだ。


「さて。準備をしましょうかね」


天文準備室を出て天文台に向かう。そこにも瀬里は居なかった。


「いや、連絡が来るんだろうな。きっと」


いつもの観測終了時刻になってもここに来ないし連絡もない。


「まさか屋上か?」


いない。


「教室?」


自分の教室と天文学部の勉強部屋の様な教室を覗いてみたが誰もいない。


「まさか、校舎裏?」


そんなところにいるわけないじゃないか、と思いつつ、一応確認しに行った。


「いない」


瀬里はどこに行ったんだろうか。僕を驚かそうと変なところによじ登って落ちて病院に運ばれた?瀬里ならありえない話じゃない。でも救急車のサイレンは聞いていない。


「他に思いつくところ……どこだ……」


誰もいない校舎裏に一人であたりを見回す奴。端から見たらバレンタインの哀れなやつに見えるだろうが、当の本人は焦っていた。瀬里に万が一にもなにかあったら……。


「自宅か?」


僕は学校の校門に走って勢い良く学校を飛び出す。

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