第45話 蹴りと結果とパーティーと

「ちょっと。なによ。私が真面目に話すのがそんなに珍しいわけ?それに良彦。なんか反応しなさいよ。死ぬほど恥ずかしかったんだからね」


「あ、ああ。なんていうか。ちょっとこころの準備というかそういうのが足りなかったみたいで。その。ありがとう。素直にそう思った」


「良かった」


佳奈はそう言って満足そうに席に着く。僕は今の言葉を思い出しながらゆっくりと席についた。


「佳奈ちゃん、すごいね。僕はちゃんと言えないんじゃないかと思ってた」


「なによ。失礼ね。私だって本気なんだから、こんなところで逃げないわよ」


「いや、そうじゃなくて、僕も良彦くんに沢山言ってるけど、その時に返事を言われたらって思うとすごく緊張してるし。正直、愛しています、までは言ったことがないかも知れない」


瀬理が素直に佳奈を認めている。僕も負けていられない、という意思表示だろうか。その後、瀬理が僕の部屋にやってきて、僕もきちんと意思表示したいので聞いてほしいと言ってきた。


「愛しています。僕、男の子みたいだけど、女の子として良彦くんが好きです。……はぁ、言えた。緊張した。この場で返事くれたら嬉しいけど、待ってるね。それじゃ」


瀬理は僕の反応を見ないまま部屋を飛び出すように出ていった。同じ日に立て続けに愛を告白されるとは思わなかった。世間一般的にはボコ殴りされるような状況なんだろうな。

あとは合格発表を待つだけだけど。僕は慶応は医学部じゃなくて法学部を受験した。医学部はセンター試験と日程が被っていたからだ。合格発表は明日。文学部を受験した佳奈は明々後日。東大の一段階選抜発表は2月13日。最終的な合格発表は3月10日だ。慶応の入学金は3月1日が振込期限なので、東大に行くとなると数十万が無駄になるけど、母さんはそれを了承してくれている。


「一番最初に何らかの合否結果が分かるのは僕か。大丈夫だとは思うけど緊張するもんだな……。


翌日はみんなで合否発表を見に行くことにした。普段はあまり乗らない地下鉄を乗り継いで向かったけど、こっちに通うことになったら毎日こうなるのか、なんて考えてしまった。第一志望でもないのに縁起でもないなんて思った後に佳奈に悪いな、という気持ちにもなった。

発表場所は歓声と落胆が入り混じり、人生の合否が決まる場所。


「良彦の合格発表はどのへんだ?法学部だからあっちの方だな」


「よし。良彦の不幸で不幸な顔を見に行くぞ」


健司が縁起でもないことを言う。


「あるな」


「ああ。普通にあるな」


「つまらないほどに普通に」


「そうだな」


「あんた達なんで合格しているのにそんなにフラットなのよ。周りみたいに歓声を上げなさいよ」


「だってよ。こういうのって見ると妙に冷静にならないか?」


「おめでとう。良彦くん。なんにしても合格なんだから良かったじゃない」


紗織から唯一お褒めの言葉を頂いた。


「佳奈ちゃん。これで佳奈ちゃんも合格してたら、あの勝負の最低ラインは達成だね」


「え?あの勝負って生きてたの?」


「当たり前でしょ?だって、良彦くんが卒業までに答えだすって言ってたけど、出さなかったときの保険かけなきゃ。大学で変なライバル増えたら嫌だし」


「だから僕は……」


「そうね。そうしましょう」


「良彦。諦めろ。お前が優柔不断なのが悪い。ここは彼女たちのほうが上の立場だ」


翌日は佳奈の合格発表。またみんなで見に行くかという話をしていたが、佳奈は一人で見たい、と言うので、本人の意見を尊重して他のメンバーは早乙女邸に残ることになった。

その時、佳奈は三田駅に向かうまで色々と考えていた。


「瀬理が東大不合格だったら私が……あ、でも私が合格していなきゃだめか。それにしても私も瀬理も不合格だったらこの勝負、どうなるのかしら。それに

1年間って、その……先に付き合うことになった人が良彦と先に……麻里に聞いたらそんなに時間かかっていなかったし。でも良彦はそういうのはきちんと判断したてからって言ってくれそうそうだし。って、なんで私が不合格になるって考えてるのよ。あ、でも私が合格したら、私がそっちの立場で……」


そんなことを考えていたら、なんかものすごく恥ずかしくなってしまった。


「はぁ。なにやってるんだろ私。早く結果を見に行かないと」


三田駅を降りて慶応大学を目指す。同じような人たちが沢山向かっててその波に乗る。両親と来ている学生も多かったが、そういうのは女の子が割合が多い気がした。いよいよだ。あの階段を登ればそこにある。


「神様……」




「佳奈!おかえり!」


「おお。帰ってきたぞ」


「みんなで集まってパーティーだ!」


「みんななにやってるのよ……」


紗織だけ冷静に見ている。


「僕はお寿司頼んできたよ!」


「なんなのこれ」


佳奈は呆れた顔でその様子を見ながら見回しながら言う。


「なんで?こうでもしないと吹っ切れないでしょ。それともお通夜みたいなのが良かった?」


「そんなことないけどさ……もっとこう、普通ににさ。なんかあるでしょ?」


「佳奈。しかたないさ。B判定で果敢に挑んだ佳奈は素晴らしいさ。」


「健司、それは慰めなの。バカにしてるの」


「両方だな。って、イッテ!!」


「蹴られるようなことを言うからでしょ。麻里もなんか言ってやってよ」


「健司。そういうのはもっと冷静に言ったほうがパンチ力があるのよ。佳奈。人生これで終わりじゃないんだから上を向きなさい」


「あんたたちね……」


最近、麻里も健司のようになってきた。私の味方の麻里はどこにいってしまったの……。


「ま、しかたないさ。結果は結果だ。麻里の言うようにこれが全てじゃないさ。なにも会えなくなるわけじゃないんだし」


「合格した良彦に言われるのが一番腹立たしいわね」


「ッテ!だからなんでいつも蹴るんだよ」


「佳奈ちゃん、今日も水色なんだね!いつも思うんだけど、それ、ラッキーカラーかなにかなの?」


「そうよ。なにか文句あるの?」


背の小さい瀬理には見えてしまったらしい。ラッキーカラー?そうよラッキカラーなのよ。初めて良彦に水瀬じゃなくて佳奈って呼ばれた日に水色を履いていたからなのよ。別にいいでしょ。そんなの。


「そうだったのか。じゃあ、来年の誕生日には水色の何かを選んであげよう。パンツとお揃いの色だぞ。喜べ」


「ッテ!!だからなんでそんなに暴力的なんだよ」


「あんたがそうさせてるんでしょ!バカ良彦!」


「佳奈ちゃん、今も見えちゃったし、やめたほうがいいよ?」


その後は佳奈の不合格記念なんていう変なパーティーが開かれた。大旦那におめでとう、なんて言われて佳奈は複雑な顔をしていたが、一番困っていたのは結果を知った大旦那だったのは言うまでもない。


「ところで私にこんなことしてるけど、良彦と瀬理の第一段階選抜結果はどうだったのよ」


二人共にグッドサインを出してきた。なんか悔しい。ここぞとばかりに大旦那は今度こそおめでとうだな、と嬉しそうにいって去っていった。


「あとは個別試験だな。2月25日からだ。健司たちはどうなんだ?」


「俺達は明日分かる。今から合格祈願パーティーを始めてくれ」


「それは手遅れ何じゃないのか……」


結果、健司と麻里は二人とも合格。健司が泣きながら麻里に抱きついて、暑苦しい、と突き放されいいたが麻里も笑顔になっていたから照れ隠しかなにかなのだろう。


「良かったな健司。神様はお前の努力を見てくれていたんだな。それと、僕の指導の賜物だ。なんか奢れ」


「いいよ奢っちゃう!みんなに奢っちゃう!!」


健司、大丈夫なのかそんなこと言って。そんなことを言うと瀬理がとんでもないところを予約するぞ。


「そういえば紗織はどうなんだ?」


「私は2月28日が個別で合格発表が3月8日かな」


「そうか。お互いに頑張ろうな」


「私には頑張ろうの言葉はないの?私も2次志望の学習院、2月9日が試験日なんだけど」


「おお。そうか。頑張れよ」


「ッテ!だからなんで蹴るんだよ!」


「うっさい!」


こんなに賑やかな大学受験もいいものだ。もっとピリピリした感じになると思ったんだけど。でもまぁ、この面子じゃそんなの無縁かもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る