第44話 消しゴムとカフェと告白と

「終了です。筆記用具を置いてください」


「はぁ~……」


流石に声が出た。隣の女の子を見ると軽くガッツポーツをしていたので再び声をかけた。


「うまくできた?」


「はい。おかげさまで。次もがんばります!」


明るい笑顔を向けられて僕までどこかにあった緊張の糸が解けたような気がした。



「で?健司、どうだったんだ?」


「良彦。聞いてくれるか。消しゴムを落としてしまったんだよ」


「予備のやつがあるだろ」


「ねぇよぉぉぉそんなもん……それで試験官に拾ってもらおうと手をあげたら一気に緊張しちまってよぉ。ダメだ。俺はダメだ……。グッバイキャンパスライフ。もう1年予備校が恋人になるのかぁ」


「まだ分かんないだろ。合否発表もまだだし。自己採点だってまだしてないんだしさ」


「いや、そうなんだけど、手応えというかそういうのがさぁ」


「健司は生きてるだけで運がいいんだから大丈夫だろ。それに高校時代に彼女を作るって目標も達成したじゃないか」


「良彦。慰めてくれるのは結果が出てからにしてくれ」


「健司が落ち込んでたからだろ。お。麻里も来たぞ。どうだった?」


「まぁまぁかな。多分大丈夫だと思うんだけど……。健司?何その顔。まさかあんた……」


「消しゴムを落とした。縁起が悪い」


「なんで予備を持っていかなかったのよ」


「それ、僕も言った」


カフェには長居してしまったがケーキやらなにやら結構注文したから、許してくれたのかな。特に何も言われなかった。しばらくして残りのメンバーも揃って6人。結果がどうだという話、明日の試験はどうだ、という話がメインになったが、最後はやはり僕の話になった。


「ねぇ良彦くん。ちょっと賭けをしない?」


「なんの?」


「良彦くん争奪」


「僕と良彦くんが東大にダブル合格したら1年間は僕の彼氏に。良彦くんが東大落ちて佳奈ちゃんが慶応に合格したら良彦くんは1年間佳奈ちゃんの彼氏になる。良彦くんはどうなってもお試し出来る特別対応」


「瀬理、それは賭けじゃなくて勝負、っていうんじゃないかしら……」


「良彦、最近あんた、景品扱いになってきたわね」


「なんか良彦くんらしい」


紗織が自分はもう関係ないとばかりに笑っている。麻里はもう好きにしなさいよ、という感じで、健司は机に腕を伸ばして突っ伏している。そんなにダメだったのか……。


「お試しねぇ。そんなことしなくても、ちゃんと卒業までには答えを出すさ」


「ホント!?じゃあ、僕は待ってる!佳奈ちゃんは?」


「……そんなの、待つしかないでしょ。こっちはもう言ってあるんだし」


「そういえば佳奈。あんた、真正面から良彦に好きですぅって言ったことあるの?」


「ええと……良彦、私言ったっけ?」


「言われたっけ?すまん。よく覚えてない」


「僕はちゃんと言ったよ」


「瀬理は言いすぎなのよ。なんか安売りになってるわよ」


「いいじゃん。僕自身では毎回高級品なんだから。僕がそんなのを言うのは良彦くんにだけなんだから」


ホント、瀬理はブレないな。このままだと押し負けてしまいそうになる。それもまぁ、一つの選択肢なのかも知れないな。


「さて。そろそろ帰って明日のために早めに寝ましょうか」


第三者になった紗織は冷静で助かる。仕切ってくれないといつまでも話してしまいそうになる。


「紗織、ありがとうな」


「なにが?」


「なんか紗織がいてくれるから僕は冷静な判断ができるんだと思う」


「なんで?」


「なんとなく。僕たちのこと、客観的に見てくれてるだろ?別にそれで意見を言ってくれるわけでもないけど、なんかいてくれるだけで安心できるんだよ」


「なにそれ。私といると安心できる、って意味かしら?昔、言われたら危なかったかも知れないけど、今はもう大丈夫。いくらでも安心させてあげるから、早く答えを出してあげなさいよ。まぁ、試験前に答えを出さなかったのは良かったと思うけど」


「そうか?引っ張っちゃったことになるけど」


「なにいってるの。振られた方は試験どころじゃなくなるでしょ」


「そういうものか……」


「そういうところをもっと考えるようにしたほうがいいと思うよ。付き合い始めてから愛想尽かされるわよ」


「なんか厳しくなったなぁ」


「第三者だし。そうなるとよく見えるものなのよ」


よく考えたら、健司と麻里はもう付き合も長いし、客観的な判断ができないかも知れない。相談するなら紗織が一番良いのかも知れないな。

次の日のセンター試験も健司はうなだれていたが、結果が本当にダメなのか、単純に力尽きているのかわからない感じなのでもしかしたら望みはあるのかも知れない気がした。


「あとは自己採点だな」


「緊張するなぁ」


僕たちは2日日程が終了した後に自己採点を行うことにしていた。各人真剣に始める。最初に終わったのは紗織。


「みんな終わった?結果は……」


「まて。それは全員終わっていあら一斉に言うぞ」


僕は自己採点を終わらせて健司を見ると、今までに見たことのないような真剣な顔をしていて少々びっくりした。あんな顔もできるんだな……と失礼なことを考えていたら、続々と終わったという声が聞こえた。後は佳奈だけだ。


「終わった」


「それじゃせーの、で全員言うぞ。せーの……」


「超えた!」

「ギリギリ!」

「合格!」

「危ない感じ」

「余裕だった!」

「多分大丈夫」


「なんかギリギリって聞こえたけど、要するにみんな大丈夫だったわけだ。僕の指導の賜物だな」


ギリギリと言ったのは健司じゃなくて麻里の方だった。余裕と答えたのは瀬理。超えたと言ったのは佳奈。以外にも紗織が危ない感じらしい。

二日目も試験を終わらせて再びcafe delierに集合した。今日は各面々落ち着いた顔をしているので大丈夫なんだろう。僕は平静を装ってはいるが、内心かなり不安だった。翌日になって、またみんな同時に自己採点。


「とりあえずみんな想定ボーダーは超えてるって感じか。自己採点が間違えてなきゃ」


「へへ。ということは良彦くんは東京大学に……最低1年間は僕の彼氏になってくれるんだよね?」


「卒業までには答えを出すって言っただろ?それに仮に瀬理を選んだら1年間じゃなくてもしかしたら一生かも知れないだろ?」


「おお?良彦が意味深な発言をしましたよ!?」


「良彦……」


佳奈が本気か演技かわからない声を出す。


「だから、仮にだって。まだ決めたわけじゃないから!」


瀬理がふてくされていると紗織がカフェでの話を再び持ち出してきた。


「そういえば佳奈は良彦にちゃんと面と向かって告白ってしたかどうか忘れちゃったのよね?参考までにだけど、私はしたわよ。そのあと倒れたけど」


なんともまぁ自虐的な。手術が成功したから笑い話だが、あのときはどうなることかと思ったんだぞ。


「そうだよ。佳奈ちゃん。ちゃんと言わないと」


「あの……そういうのは、二人きりでいるときのほうが……」


「何言ってるんだ。俺はみんなの前で宣言したじゃないか。本気の気持ちがあれば周りのことなんて関係なく言えるものだぞ」


「あんたと一緒にしないでよ。私は繊細なのよ」


「繊細……」


「なによ!」


僕がそうつぶやくと机の下で足を蹴られた。随分とまぁ繊細なお人で。


「おほん。それじゃ」


「お?」


「なによ。健司が言えって言ったんでしょ。言うわよ。私も本気なんだから。ほら。良彦も立ってよ」


「お、おう」


「私はずっと良彦を見ていたの。ずっと。小学校の頃に助けてもらってからずっと。仲のいい友達では絶対に終わりたくないから私はいいます。好きです。水瀬佳奈は瀬戸良彦くんのことが大好きです。心から愛しています」


「……。」


あまりの真剣な顔とハキハキした言葉に一同ビックリしたというかなんというか、沈黙してしまった。

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