第43話 おみくじと決断と究極の質問と

「そうだな。気兼ねなく話せる異性、かな」


「友達にしか見えないってこと?」


「それを今、考えているところだ。返事が出来なくてごめん」


「ううん。いいの。ここで友達にしか見えないって言われたらどうしようかと思ったけど。私にしては勇気を出した質問だったんだからね」


「そうだな。そんな顔だった」


良彦は私の性格をよく知っている。表情から気持ちも読み取ってくれる。でも私はどうだろう。良彦の性格を隅から隅まで知ってる?表情から気持ちが読み取れてる?そういうことが出来るのが彼女って呼ばれる存在なのかも知れない。


その日の夜は瀬理と紗織と3人でお風呂に入った。一人抜けた紗織は随分気持ちが楽になったようで、私達をからかうようになった。すこし悔しい気持ちと吹っ切れたんだなって安心する気持ちが同時に感じられて羨ましいと思う自分がいて不安にもなってけど、瀬理を見てたら負けないって気持ちでいっぱいになったからまだ大丈夫。


「瀬理、ちょっと聞きたいんだけど、良彦のどこが好きなの?」


「わー。随分ストレートな質問だ。僕はね、良彦と子供の頃から一緒だったんだけど、ほら、こういう家だからどこにいっても特別扱いになるんだ。でも、良彦はそんなことなくて私を常に対等に見てくれる。だから、かな。佳奈ちゃんはどうして?」


「私は……気がついたら一番そばにいた人だからかな。一番気兼ねなく話せるし、でも異性として意識できたし。ここで異性として意識できなかったら、ただの友達で終わってたかもしれない」


「二人とも良彦のことが好きなのね。第三者になって見ているとちょっと楽しいわ。なんかドラマを見ているみたい」


「なによ。そんな紗織だって今までこっちの世界にいたじゃない。しかも、かなりヒロイン代表だったわよ?」


「そうかも。私が取っちゃえばよかったかな」


「それはダメだよ。良彦は僕のものなんだから。あ、物体としての"モノ"じゃなくて人としての、だからね。でも本当、紗織ちゃんはすごいと思った。今だから聞くけど、手術、決意したのって良彦のためでしょ?」


「うん。良彦に会えなくなるほうが怖かったから。良彦とはなれたくなかったから。でもそれが憧れだって分かったら気持ちの荷物が降りた感じなったの。私に良彦はあまりに大きくて対等な立場になれないと思ったの」


「対等な立場かぁ。私も瀬理もそこはクリアしてるってわけよね」


「うん。そうみたい。でも最終的に決めるのは良彦くんだからね。僕たちが愛想を尽かしてなければ、だけど」


「瀬理、そのまま愛想を尽かしてもらえると助かるのだけれど」


「お。佳奈ちゃんも言うようになったね。それでこそライバル」


こんな風にお喋りしてるのに、同じ人を好きになるなんて、神様は意地悪だと思う。結末を知っているのなら早く教えてほしい。


「センター試験の日、今年も天気が微妙みたいよ?」


「みたいだね。週間予報だと今週末は雪の予報だ」


「毎年、こんな天気になるんだから日程変えればいいのにね。でも、あと一週間もないのかぁ。今からあがいても仕方ないからみんなで初詣に行かない?なんか良彦くんはもう行ったらしいけど」


「なに?この裏切り者め」


「神様に合格祈願は何度やってもいいものだろ。それじゃ、ここから一番近い大宮八幡宮に行こうか」


大宮八幡宮は元旦の人出が嘘のように静寂が辺りを包んでいた。こういう時にお願いしたほうが神様もお願い事をちゃんと聞いてくれそうだな。


「ねぇ、ここって縁結びの神様でもあるんだ」


「佳奈と瀬理は縁結びと合格祈願のどっちをお願いするの?」


「うーん……」


「僕は両方!」


「瀬理、おまえホント性格が変わったよなぁ」


健司がポケットに手を入れて呆れ気味に瀬理に言ったが、瀬理は臆することなく「これが本当の僕だよ」と笑顔で答えていた。瀬理はぶれない性格なんだな。


「健司、お前は合格祈願なんだろ?」


「なんだ?俺にも縁結びの祈願をして欲しいのか?良縁に巡り会えますようにって」


「そうだな。それじゃ、僕は健司の合格祈願をするから、健司はそれをお願いしてくれ」


「祈願交換なんて意味があるのか?」


「他人を思いやる気持ちこそが美しい」


「お前は変わらねぇなぁ」


そんな面々を紗織と佳奈は後ろから眺めていた。このメンバーでいると、本当に楽しい。なんの気兼ねもいらないし、お互いのことを分かってくれているし。こういうのって幸せだな。


「紗織は何をお願いするの?」


「私はやっぱり身体のことかな。手術は成功したけど、このあとどうなるかまだ分からないし」


「そっか。そうだよね。じゃ、私も同じお願いしようかな」


「いいの?」


「うん。そういうのは神頼みじゃなくて自分でなんとかしなきゃ」




「うぉぉぉぉ!!!大凶だぁっ!!!」


健司が大吉よりもレアだと言われている大凶を引き当てた。内容を見せてもらったが、この世の地獄が書いてあった。すべての項目が否定されている。待ち人なんて存在しないレベルことが書いてあった。


「健司、そんなレアなものを引いたんだ。逆に運がいいと考えるんだ」


「こんなところで、こんなもんに運を使いたくねぇよぉっ!良彦!交換しろ。お前のはなんだ!」


「中吉。可もなく不可もなくってやつだ。そうそう。凶とかは神社に結んで行くと、その厄を置いて行けるらしいぞ。逆に大吉とかは、その徳と一緒に持ち帰るそうだ」


「日頃の行いがそのまま出てるんじゃないの。ちなみに私は大吉。いいでしょ」


「麻里ぃ~、その運気、俺にも分けれくれよぉ」


「一緒にいれば大丈夫なんじゃない?」


「おい、公衆の面前でのろけるのはやめてくれ。ちなみに3人は何だったんだ?」


「僕は吉」


「私は大吉」


「私は凶……」


佳奈も日頃の行いのような気がする。すぐに人を蹴り飛ばすのは良くないと思うんだ。神様もよく見ているものだな。その後は僕と同じように善福寺公園を散歩して、cafe果里音で昼食をとった。


あとはいよいよセンター試験。もうなるようにしかならないけど、頑張るだけ頑張ってやるさ。


センター試験。それは人類の人生をふるいにかける神をも超える試練。ここで人生のなん分の一かが決まると言っても過言ではない。試験当日は天気予報が外れて晴れてくれた。僕たちの高校が今年割当らてたのは、東京大学駒場キャンパス。僕と瀬理にとっては因縁の地だ。


「はぁ……とうとうこの日がやってきてしまった……良彦ぉ。俺、大丈夫だと思うかぁ?」


「知るかそんなん。初詣で合格祈願してやっただろ。後は自分で頑張れ」


「麻里ぃ~良彦が冷たいよぉ」


「知らないわよ気持ち悪い。一応、あんたと同じところ、受けてあげるんだから落ちたら分かってるんでしょうね」


「はい。がんばります。見捨てないでください」


「私達も頑張らないとね」


「そういえば佳奈はどこが第一志望なんだっけ?」


「あれ?言ってなかったっけ?」


「聞いてない。紗織は津田塾で、瀬理は二類だろ?」


「私はちょっと無謀に慶応。だからセンター試験のほうが滑り止めというか」


「なるほど。僕の滑り止めが第一志望ってわけだ。それにしても会場で会わなかったし、聞いてなかったな」


「なんかむかつくわね。その言い方。なんか良彦にあったら自信なくしそうで。黙って受験した」


「でも僕が三類落ちたら一緒の大学に行けるかも知れないぞ?」


「ええ~僕も慶応にすればよかったかなぁ。願書っていつまでだっけ?」


「いや。もう試験終わってるし……」


「ええ~~。聞いてないよぉ」


「お前が聞いてなかっただけだろ。俺は行くって言ったぞ。佳奈が出かけたのはまさか受験だとは思わなかったけどな」


受験前とは思えぬくだらない話をしながら僕たちは電車に揺られて駒場東大前駅をめざす。周りには同じ会場で受験すると思しき学生が沢山いてピリピリムードだったのに僕たちだけが浮いた感じになっていた。


「それじゃ終わったら予定通りcafe delierに集合だ。今日と明日、予約取ってあるから。週力時刻がバラバラだろうから終わった人から集合ってことで。よし。それじゃいっちょやってやりますか!」


センター試験受験会場に到着すると、張り詰めた空気が漂ってきてそれだけで実力が出せなくなる受験生がいるんじゃないかと言うほどだった。


「ええと。僕の席は……あった。ここだ」


隣に座るのは女学生。ひどく緊張している。お守りを握りしめてお祈りし始めてしまった。これじゃ僕も気が散ってしまう気がして、僕のほうから声をかけてみた。


「そんなに緊張する?」


「え!?あ、はい。私センター試験しかないので。これが最初で最後の大学受験なんです。だから緊張しちゃって……」


「そうなんだ。緊張するなとは言わないけど、沢山勉強してきたんでしょ?大丈夫さ。出てきた答案用紙に答えを書くだけだから。わからなければ飛ばして次の問題をやればいいんだから」


「あ、そうですよね。うん。そうですよね」


僕と話をしたからかは分からないけど、さっきよりは緊張が解けたようだった。後ろの席からは静かにしてくれという鋭い視線があったけど。そしていよい答案用紙が配られた。ここから先は自分との勝負だ。

試験時間はあっという間に溶けていったけど、回答中には今までの思い出が走馬灯のように駆け巡った。受験の邪魔になる、というよりも後押ししてくれるような感覚で思わず笑みがこぼれたほどだ。本当に色々あった。この1年間はどんな1年間よりも充実した満足のゆくものだった。この試験も突破して大学も充実した人生を送りたいものだ。

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