第40話 好みと許嫁と恋人募集と

冬の風が吹き抜ける公園を腕を組んで歩くカップルを眺めつつ、2人と自分の姿を重ね合わせてみた。僕の胸ほどの背丈の小さな瀬里は、僕を見上げるように歩くだろう。僕のおでこほどの背丈の佳奈はお互いに顔を横に向けて歩くのだろう。さっき、みちるちゃんは姿形は好きの判断材料にはならないって言ってたけども、好みの判断材料にはなると思う。僕は……、背丈の小さい瀬里のほうが背の高さ、という好みなら好きな気がする。


「この公園、かなり広いな。いま、どのへんにいるのだろうか……」


流石に寒くなってきたのでスマホで地図を確認して鎌倉街道から浜田山の方へ向かって戻ることにした。早乙女邸に戻ると、屋敷の車寄せに何台かの車が停まっていて、ドアの外に一ノ瀬さんが立っていた。


「瀬戸様、おかえりなさいませ。大広間に行かれるならお召し物をご用意いたしますが如何致しますか?」


この前の瀬里の誕生日のような感じなのだろうか。迷っていたら母さんに呼ばれて着替えてくるようにと言われてしまったので、着付け部屋に通されて慣れない和服を着ることになった。大広間に行くと思ったより多くの人が挨拶に来ていて、大旦那は芸能人よろしく、囲いが出来ていた。瀬里はどこにいるのかと見回していたら、奥の扉から大広間に入ってくるところだった。


「どこに行ってたんだ」


「どこでも良いでしょ」


「なんだつれないな。別に隠すようなものでもないだろ」


「隠すよ。ってか察してよ。この先に何があるのか知ってるでしょ?」


「あ……すまん」


「良彦くんこそどこに行ってたのよ。一ノ瀬から出かけたって聞いたけど」


「ああ、散歩がてら大宮八幡宮に行ってた。すごい人だったよ」


「みんなで行くんじゃなかったの、初詣。紗織ともそう約束したんでしょ?」


「まぁ、そうだけど、神様には何度お願いしてもいいじゃないか」


「何をお願いしたのかは聞かないけど。どうせ他人任せな感じのお願いなんでしょ?良彦くんはもう少し、自分で判断することを覚えたほうが良いと思うよ。それじゃ、僕はまたマネキンやってるから。あ、一緒に来てもいいよ。また許嫁ごっこやろうよ」


瀬里に図星を突かれて一緒にいると気まずくなる気がしたので、許嫁ごっこは遠慮しておいた。


「まぁ、せっかく着替えたし、ちょっと見て回るかな」


会場には立食形式で美味しそうな正月ものがたくさん並んでいた。朝におせち料理を食べたのだが、ここに並んでいる料理も魅力的だ。お皿を持ってきて料理を盛り付けていたら僕の母さんと同じくらいの年齢の女性に話しかけられた。


「瀬戸、良彦くん。かしら?」


「はい。そうですが……」


僕が、誰だろう?という返事をしたのが伝わったのか、慌てた様子で自己紹介をしてきた。


「私、佳奈、水瀬佳奈の母です。いつも佳奈がお世話になっております」


「いや、僕の方こそ」


「あの子、あんなのだからご迷惑おかけしていないか心配で……」


これは僕に対してじゃなくて、早乙女家に対してだろうな。


「大丈夫ですよ。礼儀正しく過ごしてます。まだ2日ですけど」


「ふふ。その様子だと、普段の佳奈の様子をよく知っているようね。失礼なことがあったら引っ叩いてもいいから怒ってやってくださいね」


「暴力は遠慮致しますが、注意はします。学校では僕が注意されている方なので大丈夫かとは思いますが」


なんて苦笑していたら、おめかしした佳奈がやってきた。


「お母さん、良彦に変なこと言ってないでしょうね?」


「なんだ変なことって。何か言われちゃ困ることでもあるのか?」


「あら、良彦くん、聞きたい?」


佳奈の弱みなんて余り聞かないので、聞いてみたかったが、佳奈に阻止されてしまった。残念。


「んもう、お母さんったら。良彦も余計なことは言わないで。一応、良い子ちゃんで通ってるんだから」


「佳奈、多分、騙せてないぞ」


僕は笑いを堪えて皿に盛った料理を口に運ぶ。佳奈はそんなことないもん、と否定しながら、僕が盛った料理に好物を見つけたらしくてどこにあるのか聞かれたけど、佳奈の好物、初めて聞いたな。長い付き合いで知らないことなんて無いと思ってたけど、まだまだなんだな。


「良彦くん、ちょっといいかね」


大旦那に呼ばれて、口に入った料理を慌てて飲み込んで手招きに応える。


「みなさん、紹介しよう。彼が例の……」


例のなんだ?と思っていたら大旦那が言い切る前に握手を求められて上手く聞き取れなかった。


「君の母君には昔お世話になってまして」


そんなのが次々に続いて来たわけだけど。母さん、一体何者なんだよ。大旦那に聞くと、昔、取引先としてどうとか、どの分野が伸びるか、とか色々と経済相談を大旦那が母さんにしていて、その時に見出された会社の社長さんがさっきの人たちということだった。母さん、なんかすごい人なんだな……ただの専業主婦かと思ってた。


「ところで、良彦くんは大旦那の娘さんとご結婚されるのですか?」


ああ、やっぱりこの手の質問が来るのか。今日は隣に瀬里がいない。瀬里は向こうで別の対応をしている。なんと答えるのか迷っていたら、ドレスに身を包んだ紗織がやってきて、初対面でそのようなご質問は失礼では?と一喝してくれてその場を切り抜けることが出来た。


「紗織、ありがとう」


「どういたしまして。さっき諦めた人が間髪入れずに瀬里の許嫁になるのは、許せないわよ流石に」


そんな紗織を見てさっき公園で考えていたことを思い出す。背丈の話だけでいうと紗織は僕と同じくらいの身長だ。今はヒールを履いていて僕よりも身長が高い。僕がちょっと見上げる感じか。


「なに?人の顔を見て。今更惚れたの?」


「いや、身長が気になってさ。瀬里は小さいし、佳奈は普通くらいだし、紗織はモデル風で背が高いし、って」


「良彦くん、容姿で選ぶのは止めておきなさいね。そりゃまぁ、最低限の好みのラインはあると思うけど。ところで、私はその最低限のラインは超えていたのかしら?」


「美人度でいったら圧勝だったんじゃないか?」


「そう。恋人募集活動が楽になりそうね」


「紗織なら引く手あまたなんじゃないか?僕が言うのもなんだけど」


紗織はそう言われて呆れ気味の顔で来場客に挨拶をして回っていた。紗織ならどこかの会社社長跡継ぎと簡単にお近づきになれるかも知れな。


そう思っていたら、世間を知らなそうで鼻の高い感じが漂う青年に声を掛けられて紗織について聞かれたけど、思った通りに「多分、紗織の好みじゃないと思いますよ」と伝えたらしょげていた。意外に打たれ弱いな。


「なぁ、佳奈。僕は物事をはっきり言う方だと思うか?」


近くにやってきた佳奈にそんな問いかけをしたら軽蔑した目で


「それ、あんたが言う?」


と当然のことを言われてしまった。確かに一番はっきりしてない相手に聞く内容じゃなかったな、と聞いた後に反省などする。


「ねぇ、良彦。私があのへんにいる男にディナーに誘われたらどうする?」


「例えばよ、例えば」


「そうだな。多分、止めるな。男の方を」


ぱぁ、っと明るくなる佳奈は僕の続けた言葉を聞いたら足を蹴ってきた。ドレス姿が台無しだ。


そんなやり取りを見ていた紗織は「やっぱり、私じゃないよね」とポツリと呟いた。


「これだから元旦はきらーい」


「だから、瀬里はもうちょっと女の子らしくだな……」


誕生日パーティーと同じく、元旦の挨拶が終わった後、リビングのソファーで伸びている瀬里。紗織は乙女って感じで、佳奈は男勝りって感じで、瀬里は子供っぽいけどたまに見せる女の子の仕草とのギャップがあって。僕の隣りに座った佳奈は瀬里を見て「自分に正直に生きれるのは羨ましい」と言っていた。佳奈は自分に正直に生きれていないのだろうか。あんな反射的に蹴飛ばしてくるのに。

元旦のテレビ番組はお笑い芸人が正月返上で懸命にアピールするものが多かった。少し見ていたがどうにも騒がしいものは受付けない。僕はこの屋敷で一番静かな書架室を目指した。先に着替えたほうが良かったが、それよりも静かなところで少し考え事をしたかったのだ。


姿容姿は佳奈と瀬里なら、瀬里のほうが好みのような気がする。気兼ねのなさは甲乙つけがたいが付き合いの長い佳奈かな。性格はどうだろう。佳奈は性別の隔てのない感覚で接してくれる。瀬里は家柄なんて関係ないとばかりに僕を見てくれている。優しいとかそういうのは、きっと2人とも変わらない気がする。紗織がどうなるか分からなくなった時、2人とも心から紗織を心配していたし。


「僕の好み、か」


「良彦くんの好みはどっちなのかね」

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