第39話 ケチとマネキンと初詣と
「ん?なんだ?」
部屋まで行って出ていこうとしたら呼び止められた。瀬里は何かを察して先に部屋を出て行ってくれた。
「瀬里ちゃん、やさしいね。でね、良彦くん。例の件なんだけど、私は身を引こうと思ってる。でも、良彦くんと星空を見に行く約束は絶対に果たすよ」
「そうか」
「もうちょっとは残念がってくれると思ったのになぁ。かなり考えたんだから。あ、絶対に謝らないでよ。ごめん、は無し」
「ああ。偉そうな事を言うけど、紗織は僕から卒業するんだな」
「うん。卒業する。良彦くんより格好いい人、絶対に見つけるんだから!その時になって戻ってきても遅いんだからね!」
「その時、みんなに振られてたらよろしく頼むよ」
「べーっだ」
僕は紗織に何が出来たのだろうか。生きる希望を与えることは出来ていたのだろうか。
「良彦くん。最後に一つだけお願いしていい?うしろ、向いてくれる?」
「なんだ?」
紗織は後ろから無言で僕を抱きしめて僕の背中に顔を埋めている。僕も振り返って抱きしめて頭を撫でてやりたかったが、必死に我慢してそのまま、紗織が満足するまでの時間を過ごした。
「はぁーっ……スッキリした!私ね。一度はこうしたかったの。でも出来たから満足!落ち込んだりしたらまたお願いするかも知れないけど、その時は責任取ってね」
「僕が一人だったらな」
「ケチ。でもそんな良彦くんだから、私は好きになりました。とっても。そしてありがとう。沢山の思い出をくれて。別に最期の別れじゃないけど、私は良彦くんから卒業します」
僕は後ろを振り向くことはなく部屋を出た。外には瀬里が待っていて「いいの?」と聞いてきたが軽く頷いて瀬里と一緒に歩き始めた。
「良彦くん。さようなら。佳奈ちゃん、瀬里ちゃん。良彦くんをよろしくね」
「瀬里。今日はこの後、どうするんだ?」
「僕は挨拶回られ?お客さんが沢山来るから、お父さんの横でマネキンになるお仕事がある。今から着物の着付けかな」
瀬里は家の用事、佳奈は実家に戻った。紗織はさっきの通りだ。みんなで初詣にって言っていたけども、自分は一足お先に行ってくるか。流石に元旦から勉強する気にはならない。
出掛けに一ノ瀬さんにあったら、一つご判断されたのですね、と言われたので、判断された方ですね、と苦笑しながら家を出た。一ノ瀬さん、なんでも知っているなぁ。僕、そんなに分かりやすい顔をしているのかなぁ。
ここから歩いて行けるところは大宮八幡宮だろうか。確か和田堀公園の方向だっと思う。スマホで地図を確認しようと思ったが、迷子になりながら、このあたりを散策するのも悪くないと思ってポケットにスマホを仕舞った。
「閑静な住宅街だな。僕の家、というか、前に住んでいた家の周辺とは趣がかなり違う。ひところとで言えば高級住宅地だ。それでも早乙女の家は群を抜いて大きいんだな。そういえば、元実家は借家にしたと聞いているが、どんな人が住んでいるのだろう」
住宅街の中を歩きながら、この桜の木は春にはきれいなんだろうなぁ、とか、高そうな車が止まっているなぁ、とか取り留めの無いようなことを考えながら歩いていた。元旦だけあって人の通りが少ない。門松以外に唯一見たお正月っぽい光景は、家の前で羽子板に興じる兄弟の姿。過去の自分を見ているようだった。あの頃は弟も可愛かったのに。今ではクソ兄貴呼ばわりだもんな。
暫くすると、人通りの流れを発見して、みな大宮八幡宮に向かうのだろう、僕もその流れに乗る。家族連れにカップル、友人グループ。本来なら僕達もあんな感じなのかなって思っていたら、後ろから声を掛けられた。
「あれ?先輩じゃないですか」
「ん?えーっと、あ、依子ちゃん」
「ちょっと忘れてましたね?」
「いや、そんなこと、あったな。すまん」
「なに?依子、知り合い?」
「あ、私の学校の先輩。学園祭実行委員長だった人」
「あー……例の早乙女家に居候してるっていう」
意外な言葉が出てきた。話の流れ的に、この人は僕達と別の学校のはずだ。何故そんなことが伝わっているのだろうか。
「依子ちゃん、僕は有名人になったのかな?」
「有名人というか、みんな知っている話ですよ。なんて言ったってあの早乙女家ですから。どちらかというと羨ましいって声が多いですよ。他には一人娘のおつきの人とかガードマンとか」
「彼氏とか許嫁っていう話はないの?」
2人は顔を見合わせて少しびっくりしていた。
「そうなんですか!?彼女、男装していますし、女の子が好きなんじゃないんですか?あ、もしかして先輩がそっちの……」
なんか勘違いされている。ここは瀬里の名誉のために説明すべきだろう。でもなんて言おうか。好きで男装しているんじゃなくて理由があると言ったら、どんな理由なのか、って話になるし、ただの趣味だって言えば、変な人に思われてしまうかも知れない。
「まぁ、天上人には色々と事情があるのさ。それに、僕は母さんがあそこの屋敷で働いてるからついでに居候させてもらってるだけだよ」
我ながら完璧である。2人もそれで納得してくれたようだ。さて、参拝に向かおう、振り返った顔を前に向けて歩き出そうとしたら依子ちゃんから一緒にいかないんですか?と言われてしまった。特に断る理由もないので、一緒に行くことにしたが、2人からは意外なことを聞いた。依子ちゃんと一緒に居たのはみちるちゃんと言うらしく、依子ちゃんにはミッチーと呼ばれていた。
「依子の先輩みたいなんで、私も先輩って呼びますね。で、先輩。そっちの学校に転校した東金紗織、っていうひといるでしょう?あの人、どうなったのかご存知ですか?」
「みちるちゃん、知ってるの?」
「はい。元クラスメイトなんで。私学から私学への転校って珍しいじゃないですか。みんな気になって理由とか色々話題なってて。それで浮上したのが、好きな人がいるから転校した説が有力で。依子から聞いているんですけど、先輩、紗織と一緒にいることが多かったって。紗織の好きな人って先輩だったんですか?」
これ答えにくい。その通りで、さっき向こうから振られた、とは言うのはちょっと。それに、その通り、とだけ自分で言うのもなんか恥ずかしいし、瀬里と佳奈のことが伝わったらと思うと世間の怖さを味わいそうだ。
「依子ちゃんとみちるちゃんは紗織の例のこと、知ってる?」
「例のことですか?あー……もしかしてここのことですか?」
みちるちゃんは胸のあたりに手を置いて聞いてくる。向こうの学校では有名だったのか、みちるちゃんだから知っているのか分からないが、それなら説明しやすい。
「ああ、知っているのなら説明しやすいな。通ってる病院がすぐ近くだったんだよ。ほんの数分で。万が一の時にそのほうが、って」
「ああ、そうだったんですか。納得です。でもそういう話ならクラスで話すのはマズイですね。ここだけの話にしておきますね」
「そうしてもらえると助かるな」
みちるちゃん、話がわかる子で助かった。
目的地の大宮八幡宮は元旦ということもあって大混雑だったけど、待っている間に大宮八幡宮のことについて調べていたらそんなに時間を感じなかった。大宮八幡宮の主祭神は応神天皇とのことだ。応神天皇は母親のお腹の中にいるときから神威を発揮していて、胎中天皇と讃えられていたそうだ。神話の様な話だ。こういう起源があってこの大宮八幡宮は縁結び・安産・子育ての信仰があると。
「ここも川越神社と同じなんだな」
「あ。先輩、川越神社も行ったことあるんですか?あそこも縁結びの神社ですよね?誰か縁を結びたい人でもいるんですか?」
「依子ちゃんとみちるちゃんはいるの?」
「そうなんですよ。依子が好きな人がいるからって私も誘われて。2人でお願いすればご利益二倍とか言われちゃって」
「みちるちゃんはそれでいいの?」
「私、彼氏いますし。彼氏、実家に帰ってるんで今日はここに」
縁結か。結びを求められている場合、縁結びの神様には何をお願いすればいいんだろう。良縁はどちらか教えてください、とかか?いい機会だし、2人にも聞いてみようか。
「なぁ、2人に聞きたいんだけど、2人から同時に告白されたらどうする?2人とも友達の場合」
「あー……それ、難しいやつですね。例の学祭実行委員でもそういうことがあって。一人の女の子を男の子2人が取り合う格好になっちゃって。悲惨でしたよもう。どちらかを選べば実行委員がバラける可能性あったし、選ばなければ選ばないで彼女が天狗になってるとか言われちゃうだろうしって」
「結局どうなったの?」
「両方共断ってた。友達はあくまで友達。2人同じ程度の仲の良さなら、それは恋人対象じゃなくて友人なんだって言ってた」
なるほど。思わず唸ってしまった。同じ程度の仲の良さならそれは恋人対象ではない、か。僕の場合はどうだろう。佳奈と瀬里。どっちが仲が良いのだろう。付き合の長さは佳奈だけど、積極性といえば瀬里だし。
「そう言えばみちるが気になるって言ってた2人じゃなくて、今の彼氏を選んだのってなんでなの?」
「うーん。上手くは言えないんだけど“気になる”と“好き”は違う気がしたんだよね。好きって感情はよくわからないもので、気になるって感情は何が気になるのかはっきりしてたのよ。格好いいとか、優しいとか。だから、気がついたら一緒にバカやってた人と付き合うことになった」
健司と麻里みたいな感じだな。好きの感情には形がない、か。健司が言っていてたフィーリングってやつなのかな。
自分たちのお参りの順番が来たので投げ銭をして神様、といっても現人神だけど、縁を結ぶコツを教えて下さいという他人任せのお願いをしてみた。
依子ちゃんとみちるちゃんと別れたあと、近くの和田堀公園を散歩して、桜の名所を見に行った。当たり前だけど桜は春のその時に向けて力を溜めているようだった。
「桜が咲く頃には僕の心は決まっているのだろうか」
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