第38話 大旦那と結論とカウントダウンと
最も恐れていた質問である。どう答えたら良いものか。好きか嫌いなら好き、だけれど、愛しているか否か、の質問だと今現在だと回答しかねる。待たせている状態である。まして、今日、この家に来た佳奈、病院に居た紗織、全員から言われてるなんて知っていたとしたらどう答えるのが正解なのか。
「そんなに難しく考えないでいい。瀬里から君のことが好きだ、と聞いていてね。親心として気になっているだけだ。答えた結果を瀬里には言わん」
余計に答えにくい。ここで好きだ、といえば期待されるし、どちらかと言えば好きだ、といえばどっちなんだ、と言われるし、嫌いなんてことはない。他の人と迷ってる、なんて最悪の回答だろう。
「あなた。良彦くん、困ってるじゃない。いくら親でも子供のプライベートに踏み込むべきではないわ」
お母さんからの助け舟が来てほっとしたのも束の間、お母さんからも「で、本当のところはどうなの?」とか聞かれてしまった。ええい、ままよ!ここは正直に答えるしか!
「あの、瀬里さんから好きだと言われているのは事実です。ただ、僕が優柔不断でお答えできていない状況です。申し訳ありません」
「そうか。君は本当に瀬里という人間を見てくれているんだな。早乙女家を見ている人間は多い。そうではない相手を私たちは望んでいる。よく考えなさい。そして、瀬里のためではなく、自分のために答えを探しなさい」
人間、正直に答えるのが一番の状況回避策だと確信した瞬間だった。でも、今の状況を回避しただけで、瀬里と僕との事実が変わったわけではない。年内には結論を出そうと思っていたけども、紗織の状況を考えると難しいものだった。正直、あの瞬間は紗織に傾いたのは事実だ。でもそれを理由にするのは紗織にはもちろん、佳奈と瀬里にも失礼だ。可哀想で決めるのは言語道断だ。
「瀬戸様」
廊下で一ノ瀬さんに呼び止められた。
「大旦那様、お嬢様の件で瀬戸様を呼ばれたのでしょう?お答えはお聞き致しませんが、瀬里様のお部屋に戻られる前に、なにをしに行ったのか、とお考えになってからの方が宜しいかと存じます」
確かにそうだ。危なかった。しかし、なんて言えば良いのか。正直に答えるのが一番の状況回避策?この場合もそうか?瀬里のお父さんに瀬里のことが好きなのか?って聞かれたと言ったら、なんて答えたの?ってなるだろう。難しく考えずに、同じ答えをすれば良いんじゃないのか?まだ返事が出来ていないと答えたって。
「一ノ瀬さんはどこまで知ってるのですか?」
「お嬢様と水瀬佳奈様、東金紗織様から想いを伝えられているのでしょう?迷われるのはわかりますが、あまりお待たせするのも女性に対して失礼になります。私がそうだったように」
「一ノ瀬さんも経験者なんですか?」
「はい。贅沢なことに2人の女性より、想いを告げられておりました。若かった私は答えに窮して引き伸ばしてしまいまして。結果的に2人に振られる結果となりました。私はお嬢様の味方ですので、瀬戸様にはお嬢様をお選び頂きたく」
僕は一ノ瀬さんに苦笑いを返して、瀬里の部屋に戻ると、案の定、何をしに行ったのか、と聞かれた。
「瀬里のお父さんから、瀬里のことが好きなのか、って聞かれた。んで、まだ答えられていない、すみませんって返事してきた」
「お前、すげぇな。あの人に娘が好きなのか聞かれて迷ってます、って答えたのか!?いい度胸してるよホント」
「だってそんなところで嘘をついたって泥沼に陥るだけだろ」
「あー……既成事実作れなかったのかぁ」
まさかさっきのは瀬里の策略なのか?女の子、怖すぎる。
「そろそろ大晦日も終盤だぞ。あと15分だ」
「今年も色々あったね」
「でも一番色々あったのは私かな。いっぱい迷惑かけちゃって」
「私は、まさかこんなやつと付き合うことになるとは思わなかったなぁ」
「なんだ麻里、健司が嫌いなのか?」
「いや、そんなこと……ないけどさ」
ホント、この2人はいい感じだな。この2人は何が決め手だったのだろうか。銭湯でフィーリングなんて言ってたけど。今の僕はどうなんだろうか。フィーリングなぁ。
「良彦くん、なにを考えていたの?」
「色々と。今年あったことを思い出してた」
「僕のことも!?わー、嬉しいなぁ。早く返事ほしーなー」
やたらと積極的になってきたな。このままでは押し負けてしまいそうだ。
「お。カウントダウン始まるぞ」
今年もあと30秒で終わる。年が明けたら本格的な受験事前準備が始まる。と言ってもセンター試験はもうすぐだ。今更勉強しても実力がどうこうなるものでもない。まぁ、あがくだけはあがくけど。
「あけましておめでとうございます~!!」
年明けと同時に一斉に皆、声を上げる。まずは紗織が無事に年を越せたこと。この6人がバラバラにならなかったこと、佳奈と瀬里と紗織との約束が何なのか分かったこと。今年は僕がはっきりさせる番だ。
翌朝のおせち料理は予想はしていたものの、見たことのない豪華なもので、思わず言葉を無くしてしまった。さっきから、すごい、と、美味しそう、しか言っていない気がする。
「さ、みんな。私からのお年玉だ」
瀬里のお父さんがそう言ってぽち袋を取り出した。札束だったらどうしようとか思ったけど、流石にそれはなくて安心したのかがっかりしたのか。中身は一般的な金額だった。一万円。まぁ、目の前のおせち料理が最大のお年玉のような気もするけど。
いつもの年は初詣に行くが、紗織の体調を考えて今年は、と言っていたら、紗織が「私のことは気にしないで」と言い出したけど、初詣は元旦に行く必要もないさ、という健司の言葉で卒業式までには行こう、ということに落ち着いた。
「それじゃ、みんなは実家に帰るんだろ?学校が始まるのは6日からだ。どうする?登校するのか?」
3年生は三学期、受験があるため基本、登校しなくても良い。一応学校に行くと勉強もできるし、特別授業みたいなものもやっているが参加は自由だ。
「実家に帰るったて、帰るのは俺と麻里と佳奈だけじゃねぇか。って、紗織はどうするんだ?」
「おじいちゃんとおばあちゃんがこっちに明日来るって」
「そっか。私は家に居ても勉強できないだろうから学校に行くよ。健司もどうせそうなんだから学校に来なさい」
「予備校あんべ?」
「夕方からでしょ。それまでは学校で勉強。佳奈はどうするの?」
「私は……ここで勉強したい、かな。一応、住んでるし。昨日からだけど。今日は勉強道具をとりにくのも兼ねて実家に帰るつもり」
「そうか。それじゃ、暫くは受験モードってことで。何かあったらここに集合でいいか?瀬里」
「僕は構わないよ」
「よし。それじゃ、また今度な」
3人が帰った後、瀬里と僕は紗織を休ませるために部屋へ付き添った。4日は検査があるけど、それまでは安静にしておく必要がある。
「良彦くん、ちょっといい?」
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