第37話 クリスマスと年末と求婚と

後ろから声がした。紗織の声がした。あの紗織の声だ。


「おとめ座は春の星座だからな。まだ見えない。紗織……おかえり……!」


「うん。ただいま」


起き上がろうとする紗織を静止してナースコールを押す。先生と看護師さんがやってきた。先生が紗織を確認して「よくがんばったね」と声を掛けている。そして、僕を見て「おめでとう」と言ってくれた。まだまだ入院は必要だが、まずは紗織が目を覚ましたことを祝おう。佳奈たちにも僕達の写真を送った。お祝いのメッセージとともに朝一番に向かう、という言葉で溢れていた。


「心配かけてごめんなさい」


「ホントだよ。あんなもの送って来やがって。焦ったっつーの」


「健司、病人にはもっと優しい言葉をかけてあげるものよ。ねぇ紗織。あんなことは二度としないで。約束して」


全然優しくない。むしろ健司よりもドスが効いた声だ。


「ま、まぁ、紗織が手術も成功して目を覚ましたんだし、まずはみんなでお祝いしようよ!」


見かねた瀬里が健司と麻里をなだめる。佳奈は紗織となにか話していたが、声が小さくて聞き取れなかった。


「何を話していたんだ?」


「ん?紗織と?プリクラの話。悔しくて削っちゃったって話。良彦持ってるんでしょ?」


「ん?いいのか?」


僕は紗織にちょっとびっくりして聞く。紗織は「いいの」と返事をしたが、他の面々はなんのこと?という顔をしている。

これで僕達には隠された約束なんて無くなった。いや、最後、瀬里への僕のほうから交わした約束が残っているはずだ。


「瀬里。ちょっと聞きたいんだけど、僕、瀬里に昔、約束をしただろ。覚えているか?」


「え?なんで?覚えてるよ?」


「本当かぁ?じゃあ言ってみろ」


「ぼ、ぼくと……その……(け、結婚しようって)」


後半は上手く聞こえなかったけど、上手く行った。想像通りの内容だった。宗くんからの手紙は幼少期特有の鏡文字で書かれているのに気がついたんだ。内容は「せりおねぇちゃんをしあわせにしてね」だった。読むのにかなり苦労した。宗くんが他に書いたものを出してもらって一文字一文字照らし合わせて確認した結果、解読に成功した。自分から言うのも恥ずかしいから瀬里を誘導尋問みたいな格好で言わせてしまったが、自分の節操の無さに呆れる。


「良彦。これはこういうことかしら?」


「佳奈ちゃん、僕のほうが先だから」


「違うでしょ。後からの方が新しいんだから私のほうが」


「良彦くんは私と星を見に行くって約束してるから、一旦は預かるわね」


「すまんな、佳奈。瀬里。そういうことだ」


「なんで!ずるい!」


「んじゃ、またみんなで行けば良いじゃねぇか。良彦は消滅しねぇよ。ってか良彦、いい加減に決めろよ」


「私じゃない人を今選ばれたら、病気が悪化して私は……うっ!」


「紗織。縁起の悪いことはしないで、ってさっき言ったばかりよね?」


麻里が怖い。これからの健司の人生が危ぶまれる。


「紗織、退院っていつ頃になるんだ?」


「ええと、最低1ヶ月だって。年末年始はみんなと過ごせたらいいな」


「何言ってるんだ。その前にクリスマスがあるぞ。これだけ広い病室なんだ。ここでパーティーすればいいじゃないか」


病室でパーティーなんてして良いのか確認したら、個室だし騒がなければ問題ないとのことだ。クリスマスは2週間後だ。それまでに準備をしないと。紗織はおばあちゃんにプレゼントを買ってきてもらうから、とのことだった。仲が悪いんじゃなかったのか。多分、手術を急ごうって言うのを学園祭まで、とか紗織がわがままを言っていたんだろう。


開校記念日の今日は夕方まで紗織の病室にいたが、その後は早乙女邸に移動して祝杯を上げた。病室で騒ぐわけにはいかないしな。この喜びは発散したい。もちろん紗織を除け者になんてしない。Webカムで病室にも配信してるし、紗織からの声だって聞こえる。


「紗織におめでとう!って言いたいけど、なんて言えば良いんだ?こういうのって普通退院祝いだろ?」


「お目覚め記念?」


「手術成功記念!」


「もうなんでもいいだろ。紗織記念でいいんじゃないか。紗織の新しい人生が始まるんだし」


「そうだね!それじゃ、いくわよぉ!紗織の新しい人生を祝ってぇ!おめでとーっ!!」


その日は今までにないくらいに話が盛り上がった。そう。この時間だ。この時間が最高なんだ。みんな揃ってこうやってバカ騒ぎして、楽しいおしゃべりをして。

でもその影には紗織に心臓を提供してくれたドナーの方が居るわけで。その方にも同じくらいに感謝しなくちゃいけない。紗織は僕達以上にそれを背負って生きてゆくのだろう。


紗織は頑張った。僕が言うのはおこがましいが、僕に再び会いたいからって思ってくれていたのかもしれない。だから今度は僕がそれに応えなくちゃいけない。紗織に佳奈に瀬里。僕は彼女たちに伝えなくてはならない。


クリスマスパーティーは紗織の病室で。途中、瀬里のお父さんがやってきて病院が騒然としたけど、置いていったクリスマスプレゼントを見て、今度は僕達が騒然としてしまった。


「もう……お父さんってば……。今日の主役は僕じゃなくて紗織なのに」


置いていったものは万年筆や時計にバッグ、にネックレス。一足早い大学入学祝いを兼ねているから遠慮するな、と言っていたが、不合格が許されなくなってしまった。何故か瀬里のお父さんにも僕が東大を受験することが知られていたし。担当医にも待ってるよ、なんて言われるし。僕は医学部を目指すなんて言ってないぞ。



紗織の回復は順調で予定の1ヶ月を前倒しして12月30日に退院を果たした。


「年越しに間に合ったな。それで、どうするんだ?このあと。自宅に戻るのか?」


「それなんだけど……」


「ん?なんで瀬里が?ってまさか」


「そのまさかだよ。僕の家に住むことになってます」


その発言に大抗議したのは佳奈。なんで私だけ!と地団駄を踏んでいる。冗談でじゃあお前も来れば良いじゃないか、って言ってたら本当にそうなってしまった。


「本日からお世話になります!」


「はっや。今日12月31日だぞ?昨日の今日で来たのかよ。両親はなんて言ってるんだよ」


「早乙女家の養女になってこいって言われました!玉の輿的なアレです!」


はっきり良いすぎだろ。それに仮に僕と結婚したら完全に一般人だぞ。まぁ、なんにしてもこれからもっと大変なことになりそうだ。まずは年越しを祝おう。


年越しの早乙女邸は一ノ瀬さんも呆れるくらいに賑やかなものになった。年末に突然やってきた佳奈。念のため一ノ瀬さんに大旦那に許可は取ってあるのか確認したけど、分かりかねます、と困った顔をされたので、こちらがビクビクしてしまった。種明かしをすると、瀬里が決めて大旦那には事後報告で首を立てに振らせたとのことだった。やはり一人娘に父親は敵わないものなのか。


例年の早乙女家は年越しに旅行に行くとのことだったが、今年は紗織の件もあって瀬里が家に留まるという事もあって久しぶりに自宅で「静かに」過ごそうと言っていたそうだ。一ノ瀬さんからそう聞いて僕は大旦那に謝りに行ったが、こんな年越しは初めてだ、と笑顔で答えてくれて背中の冷や汗が引いていくのが分かるほどだった。


「ねぇ、紗織、例の交換日記なんだけど、あれ、今度はみんなでやらない?新しいノート用意してさ」


「LINEでいいじゃねぇか」


「違うのよ。文字で何が返ってくるのかわからないのがいいんじゃない。その前に何を話してたかとか楽しみじゃない」


「いいんじゃないかな。交換日記。僕もそういうのやってみたい。良彦くんは?」


「あの日の続きからやり直せる感じがするし、やってみたいな。健司、付き合え。あと、麻里との惚気は書くな」


「うるせぇよ。良彦に向けた愛の告白も見たくねぇからな」


年末年始の定番といえば紅白とゆく年くる年。麻里はジャニーズカウントダウンを見たいと言っていたが、健司が「なんで年越しで野郎の雄叫びを聞かなきゃならないんだ」の一言で麻里が引き下がったので、この2人は強弱のバランスが取れているのかもしれない。


「それにしても最近の紅白に出てくるやつら、知らないのも多くなったなぁ」


「最近はナントカの主題歌とかテーマソングみたいのが全部AKBシリーズだしな」


僕たちは瀬里の部屋で年越しを楽しんでいたが、途中で一ノ瀬さんに僕だけ呼ばれて行ってみると、そこは瀬里のお父さんの部屋だった。なんか嫌な予感がする。


「良彦くん。ちょっと一つ、確認をしたいことがあってね。年内に確認しないと私も気持ちよく年越し出来なくてね。単刀直入に聞こう。君は瀬里のことが好きかね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る