第35話 ドラマと現実と最期のお願いと

その日は5人が早乙女邸に集まっていた。信じて待て、と言われたものの、自分たちも行動しないといけない気がしたのだ。


「皆には黙っていたが、紗織は循環器内科の医師についていた。そのあたりの有名病院を当たれば分かるかもしれない。でも循環器内科って対応する範囲が広すぎる。なにか案はあるか?」


佳奈はどうするか考えていた。紗織のどこが悪いのか。聞いているのは私だけだ。話して良いものか。でもこのまま紗織と会えないのは嫌だ。


「あの、ね。紗織、心臓の病気で入院しているの。特発性心筋症って病気」


調べると厚生労働省認定の難病だった。最終的には心臓移植が必要な病とのことだった。


「心臓移植……」


「転院って、その手術をするためなのかな」


「分からない。でも、もしそうなら僕達に出来ることはなにもない」


「でも……でも……」


瀬里は何も出来なくても一緒にいたい、と泣き始めてしまった。麻里と健司は瀬里を慰めている。佳奈は目を閉じて祈るように両肘を膝に乗せて手を組んで頭に着けている。僕はそんな面々を見回してこう言った。


「先生にに直談判だ。僕たちはなにも出来ないかもしれない。でも、紗織のそばに居てやることはできる」


僕たちは、紗織が今まで入院していた病院に向かい、担当医を呼んでもらった。


「瀬戸さんだね。東金さんから聞いている。君たちが何をしに来たかも分かっている」


「教えてもらうわけにはいかないんですか?」


「ふー……。教えてあげることは出来るが。君たちに耐えられるか?彼女に万が一のことがあった時。君たちはどうする?何も出来ずに悲しみに暮れるだけだぞ?彼女はそんな思いを君達にさせたくないから、何も言わずに去ったんじゃないのか?」


「紗織は……紗織は僕達の大事な仲間です。仲間が苦しんでいる時に一緒に居ないで何が仲間ですか!僕たちはそんなに弱くない。彼女……紗織もそんなに弱くない!きっと……」


「現実はドラマのように上手く行くとは限らない。常に現実はそこにある。現実は覆らない。それでも行くのか?」


「行きます」


「分かった。但し、面会はしてはならない。彼女は今、強い決心とともにそこに行った。君たちと会った時、その決心が鈍る可能性がある。最期に会えた、とね。医師としての絶対条件だ。いいね」


皆、頷く。


「東大病院だ。彼女はそこにいる。彼女を信じて待ってやってくれ。正直、私にはどうすることもできなかったんだ。彼女をどうしても救いたい。私も彼女からの吉報を待っている。分かってくれ」


早乙女邸に戻った5人は突きつけられた事実を前にしてどうするべきか迷っていた。はっきりとは言わなかったが、恐らく移植手術をするのだろう。医師の言う通り、彼女の意思を尊重するべきだろう。


「待とう。紗織からの連絡を待とう。一番会いたがっているのは多分、紗織だ。僕たちもそれに応えよう」


手術の日程は分からない。そもそも手術をするのかも分からない。いつまで待てば良いのかも分からない。出来ることは紗織を信じることだけ。


一週間、二週間と時間だけが過ぎてゆく。


今日は僕の誕生日、11月22日、いい夫婦の日だ。本来なら6人全員で楽しむはずの今日。ここに紗織の姿はない。僕達がいつまでも沈んでいては頑張っている紗織に申し訳ない、ということで、今日はみんな僕の誕生日をいつものファミレスで祝ってくれている。店長さんがお祝いのピザと一緒に小さな小包を持ってきてくれた。差出日は学園祭の翌日。差出人は東金紗織。中にはノートが1冊と全員分に宛てた手紙。


佳奈は手紙を片手に手を口に当てて泣いている。瀬里は佳奈の名前を呼んで泣いている。健司と麻里は静かにそのメッセージを見ている。


「なんだよこれ……。ちくしょう……。紗織……なんでだよ……」


良彦に宛てられた手紙には一言だけ添えられていた。


『このノート、返します』


添えられていたノートは交換日記だった。小学校1年生の8月31日からのもの。


8月31日『おたんじょうびおめでとう。このノートはたんじょうびぷれぜんと。これをつかってこうかんにっきをしよう。』


9月3日『のーと、どうもありがとう。こうかんにっきってなにをかいたらいいのかわからないけど、よしひこくんにはきいてほしいことがあります。わたしはうまれつきからだがわるくて、ずーっとみんなといっしょにいれるかわからないの。だから、よしひこくんだけはなにがあってもいっしょにいてくれるとうれしいな。』


9月5日に『びょうきなの?だいじょうぶ。なおらないびょうきなんてないよ。ぜったいになおる。それまでぼくはさおりちゃんとずっといっしょにいるからあんしんしてね。あと、できたらでいいんだけど、びょうきがなおったらまたいっしょにりょこうにいこうね。ぜったいだよ。やくそく!』


9月6日『わたしのびょうき、なおるかわからないの。でもぜったいによしひこくんといっしょにりょこうにいきたい。またいっしょにほしぞらをみたいの。だからぜったいにげんきにになるからまっててね』


次のページは空白になっていた。それから後は紗織の日記が書いてあった。この学校に転校してきてからの日記だ。


「良彦くんにまた会えて本当に嬉しかったこと」

「中学校の頃、なにも話しかけてくれなかったから私のこと、忘れちゃったんじゃないかって不安になったこと」

「思いがけず良彦くんと星空を見に旅行に行ったけど、私の病気がまだ治ってないから約束の半分しか果たせていないこと。あのときは迷惑をかけてごめんなさい」

「夏祭り、本当に楽しかった。あのとき、私は自分から良彦くんの手を取って風鈴回廊を歩いたね。あのときは良彦くんを独り占めできた。本当に嬉しいプレゼントだったよ」

「学園祭、本当に楽しかった。キャンプファイアーは絶対に一緒に見たかったから先生に無理を言って転院を遅らせてもらって本当に良かった」


その他にもたくさん書いてあったけど、それは僕との思い出で溢れかえっていた。最後のページには他の全員へ向けたメッセージが添えられていた。


「良彦くん、佳奈ちゃん、瀬理ちゃん、健司くんに麻里ちゃん。本当に心配をかけてごめんなさい。本当はこれをみんなに手渡ししたかったんだけど、それが叶わなくて残念。特に佳奈ちゃんには沢山心配をかけちゃった。健司くんも良彦くんに私を思い出させようとしてくれてありがとう。瀬理ちゃん、正直なところまさか貴女も良彦くんを好きになるなんて思ってもみなかった。でもね、本当は瀬理ちゃんが女の子なの、私、ひと目見たときから分かってたよ。変装が下手ね」


「これを読んでくれている頃、私はどうなっているのかわからないけども、絶対に戻ってくる。良彦くんとの約束、まだ果たせてない。こんなところで終わりたくない。絶対に絶対に」


「最期に良彦くんにお願い。私からの交換日記の返事、絶対に書いてね。待ってる」


くっそ。なにが「最期」だ。漢字間違えてるじゃないか。そこは「最後」だぞ紗織。他のみんなに渡されたメッセージは謝罪と各メンバーとこれからやりたいことが書かれていた。


「はぁ……、とんだサプライズ誕生日プレゼントだったな!こんなの簡単に叶うし、紗織が退院したらまたみんなで別荘に行こう!これは僕たちの約束だ。僕たちは紗織を信じて待っている。絶対に紗織は帰ってくる。だから僕たちはそれを迎え入れる準備をするんだ」


「でも……でも……」


「佳奈。でもはない。絶対にない。紗織を信じて待つんだ」


僕はテーブルに置いた日記帳を眺めながら自分の心にも「紗織を信じて待つんだ」と強く言い聞かせた。


「良彦くん。沙織ちゃん、大丈夫かな」


「大丈夫に決まってるだろ。じゃないと交換日記に書いた僕のメッセージ読めないし、約束も果たせないじゃないか。というよりあいつ、僕となにか約束をしたってずっと言ってたけど、自分で持ってる交換日記に「一緒に旅行に行こう約束ぅ」なんて書いてあるのに、約束をしたの覚えてる?なんて聞いてこられても、答えようがないじゃないか」


「うん。そうだね。紗織が戻ってきたら、そんな約束、分かるわけないってみんなで紗織をお仕置きしてあげようよ」

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