第34話 学園祭とパジャマとキャンプファイヤーと
「よおし。明日の前夜祭から学園祭の開催だ。今日は各クラスの出し物について確認して回るぞ。各学年、各クラスの確認を頼む。その結果を一度持ち帰って、内容を確認、次に各部活動の出し物についての確認だ」
金曜の午後からは学園祭準備のために授業はお休み。僕達、学祭実行委員もお昼を食べたら追い込みの活動を開始する。皆、せわしなく動いていて活気があって楽しくなる。一番の制作物は入場ゲート。美術部の集大成がそこにあった。後は組み立てるだけとのことで完成後にもう一度見に来よう。先に各クラスの様子を確認が先だ。
「どこまで終わってるんだ?」
「よぉ、実行委員長様じゃないか。今は衣装合わせの最中だ。レンタルしてきたメイド服、流石に女子サイズで着れるやつが限られてさ。で、これを見てくれ」
何だこれは。無駄にたくさんの衣装がハンガーに掛けられている。ブランド物から量販店のものまで様々だ。
「なんでここだけメイド服じゃないんだよ。」
「全部、早乙女の着替え。みんなで来て欲しい衣装を持ち寄ったんだよ。メイド服なんてありきたりの衣装じゃ魅力を生かせないだろ?」
「ん?ちょっとまて。早乙女は女の子だぞ?なんで女の子が女の子の衣装を着るんだよ。それじゃ男装にならんだろ」
「何言ってるんだ。今の早乙女は男子、っていう設定じゃん。だからこの格好なんだよ。ってか、お前も見たいだろ?この服なんて特にさ」
「はぁ。分かったから、あとはパジャマでも置いとけ」
「うぉぉぉぉ!!良いのか!?パジャマ!良彦、本物を持ってきてくれ!」
「何言ってるんだ。お父様に殺されるわ。ってか、冗談だからな!パジャマ姿で公衆の面前に出させるなんて実行委員会的に許可できないからな」
当日も監視してないと、本当にパジャマを持ってきそうだ。早乙女も面白がって着てしまいそうだ。前夜祭は夜になるし。余計なことを言ってしまったな……。あいつのパジャマ姿、すんげぇかわいいからな。特に寝起きが。つい言葉に出てしまった。
他のクラスも準備は順調だったんだが……。野球部の出店がすごいことになっていた。
「何だこの量は。こんなに捌けるわけ無いだろ。それに予算的に合わないだろ。どうなってるんだ?」
野球部はカップ麺屋をやるんだが、明らかに在庫の量が多すぎる。テントの後ろに積まれた箱は何人前あるのか。主将に聞いてみたら、スーパーが広告を一緒に配ってくれることを条件にスポンサーについてくれたのだという。そんなの学校に報告してないし、金銭授受に近いから会計的にもマズイ気がする。すぐに職員室へ飛び込み、状況の説明をしてみた。
「ん?いいんじゃないか?地域貢献ってことだろ?それにお金貰ったんじゃないんだろ?差し入れってことにしておけば?それに、俺はカップ麺屋は儲かると思うぞ。高校生の作る下手な焼きそばよりも確実だし、安いだろ」
教師がそんなのでいいのか、というのと、焼きそばを出すサッカー部が可哀想になってきた。金曜日の夜はいくつかのクラスが放課後も残って作業を続けていた。
「そういえば、吹奏楽部はどうなったんだろう」
半地下の音楽室に向かうと防音扉の向こうから微かに演奏音が聴こえる。ノックをするが聞こえるはずもなく。状況確認ってことで扉を開くとそこには必死に練習する部員の姿があった。これが金賞を取る情熱なのか、と感心してしまったが、僕に気がついた部員は大興奮で駆け寄ってきた。
「ちょ、なにがあったの」
なんでも例のカルテット奏者が激励に来てくれただけじゃなく、演奏指導までしてくれたという。よくわからないけど、テニス部にいきなり錦織圭が激励に来てくれるようなものらしい。いくら防音室とはいえ、もう19時だし、20時までには学校を出るように、と委員長としての言葉を残して帰ったけども、あいつら、絶対にその後も練習する気だろ。怒られるのはこっちなんだから勘弁して欲しい。
早乙女家に帰ると例のカルテット奏者が演奏の準備をしていた。明日の演目の練習らしい。こんなプロがたかが高校生とのセッションを前に練習するなんて、と思ったが、演奏を始めた途端に静かな気迫が伝わってきて常に全力を出すってこういうことなんだな、という気持ちになった。明日の前夜祭は最高のものになりそうだ。
「あ!瀬里、見たぞ!今カバンにパジャマ入れただろ!」
「へへ。バレた?」
「バレたじゃねぇ!公衆の面前で乙女がパジャマで給仕なんてするな!ってかそれ、結構ぶかぶかしてるやつじゃねぇか!見えるんだぞ!」
沈黙が流れる。
「へぇ。見えるんだ。見てるんだ。へぇ」
学園祭前夜祭まであと1時間。18時~20時の2時間だが、ダンス部の発表やら空手部の演武やら剣道部の殺陣やらの後にメインイベントの弦楽四重奏と吹奏楽部の共演だ。有名な奏者が日本で演奏するとあって例年よりも人の入りがすごい。年配者も多く来場している。何より、ステージ規制線の前、会場再後部の照明設備にも報道陣と思われるカメラマンがいる。あんなの聞いてないぞ。先生に確認したら、報道陣からの取材申し込みがあって、学校の宣伝にもなるからって許可したとのことだ。
前夜祭は大成功で幕を閉じた。想定では会場に座る人たちに僕達のクラスが野外注文を取って運ぶ、みたいな感じだったのだが、超満員でそれどころじゃなかった。至急、作戦を切り替えて、温かい紅茶を紙コップを重ねて店頭販売方式にしたらワンドリンク制ライブのように飛ぶように売れていった。途中、お湯が足りなくなって大変だったが、家庭科室のコンロ全稼働でなんとか乗り切った。舞台裏では吹奏楽部が涙を流しながら喜んでいた。せっかくだから、舞台上で記念撮影でもしたらどうだ?と提案して部隊に上がったら、アンコールが鳴り響いて演奏を始めてしまって、近所から苦情が入ったらどうしようとビクビクしていたが苦情は入らず一安心。
「あー。前夜祭でこの疲れ具合。明日明後日と最後の後夜祭まで俺たちは生きているのか?」
健司が弱音を吐いていたが、満足感に満ちた顔をしていたので問題ないだろう。心配だったのは紗織だ。あれだけの人混みに当てられて体調を崩したりしていないだろうか。紗織は校舎上から不審者が居ないか監視する役目だったはずだ。校舎を見上げるが紗織の姿は無い。佳奈も一緒だから大丈夫だとは思うが……。
「あ、良彦?今、警察署にいてさ。ちょっと時間かかりそうだから先に帰ってて」
「警察署?」
「そう。紗織が盗撮犯見つけて。手提げかばんを怪しく持ってる人がいたから先生に取り押さえてもらったら、カバンの中からカメラが出てきて。手持ちのカメラも瀬里ばかり狙ってて。ほんっと気持ち悪い」
「じゃ、紗織も一緒にいるんだな?」
「紗織?先に帰るって言って帰ったはずだけど?」
嫌な予感がして病院に急いだ。もう面会時間は過ぎていたので、当直のナースに病室に帰っているかだけでも教えて欲しいと掛け合ってみたが、身内の方以外にはどうしているのかはお教えできません。と言われてしまった。ため息を付きながら病院を出たが、“どうしているのかは教えられない”ってことは帰ってきている、ということだ、と気がついて一安心した。あのナースも良い人だったんだな。
「このことは絶対に言わないで……!お願い……!」
翌日、紗織は学校に来なかった。病院に行ってみたが面会謝絶とのことだった。今までこんなことは無かったのに。そんな事情とは関係なく、学園祭は開催され、時間が過ぎてゆく。紗織からのメッセージを胸にみんなには風邪を引いてしまった、と言ってとりあえずは逃げたけども。面会謝絶が続けばいずれ状況が伝わってしまう。正直、詳しい病状とかは僕も聞いていない。
学園祭初日は特に問題もなく開催終了となった。意外だったのがカップ麺屋が大盛況だったとのことだ。ちょっと冷えたからか、熱々のカップ麺が人気だったようだ。焼きそば屋も健闘したが、売上は負けてしまったらしい。帰りに病院に行こうとした時、ほかのメンバーもお見舞いに行く、と言い始めたのでどうしようか迷っていたら、健司が状況を察して、こんな時くらい良彦と2人にしてやろうぜ、と瀬里と佳奈を説得してくれた。
「大丈夫なのか?」
「ごめん。心配かけて。ほんとうにごめんなさい」
「謝ることじゃないさ。こうして会えるようになたんだから。学園祭実行委員の仕事は紗織の分まで僕が働くよ」
「ごめんなさい。後夜祭には絶対に出るから」
「無理するな。あんなのただのデカイ焚き火だ」
後夜祭は定番のキャンプファイヤーをグラウンドで行う。ありきたりなやつで、カップルで眺めると云々言われてるやつだ。正直なところ、佳奈も瀬里も楽しみにしていたから、一緒に見ようって言ってくるに違いない。でも紗織が来ないのなら……。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫、と言いたいけど、キャンプファイヤー見終わったらすぐに戻るね」
宣言通り、紗織はキャンプファイヤーの時間にやってきた。僕たちはみんなで大きな炎を眺めて写真を撮ったりくだらない話をしたり、麻里と健司に手を繋げとか囃し立てたり、楽しい時間が過ぎていった。キャンプファイヤーも終了のアナウンスが流れると同時に僕たちは紗織を病院まで送っていった。学園祭実行委員の仕事があるのですぐに戻ることになったのだが、無事を確認できて本当に良かった。
「東金さん。分かってますね」
「はい」
紗織はベッドに横になって主治医との約束を交わしていた。主治医が出ていったあと、みんなと、良彦くんと二度と会えなくなったらどうしようと想像して眠ることができなかった。
翌日の月曜日は振替休日。クラスの連中は焼肉屋に集まって打ち上げをやろうと誘ってくれたが、紗織が気になったので、建前上、実行委員会からは健司と麻里が参加するということで、佳奈と瀬里で病院に向かった。
「東金さんに面会をお願いしたいのですが」
受付のナースにそう伝えて返事を待つ。なにかパソコンの画面を確認した後伝えられたのはこんな言葉だった。
『東金さんは転院されました』
何を言っているのか理解ができなかった。転院?どこに?どこの病院に転院となったのか聞いてみたが、お身内の方以外にはお伝えできません、ときっぱりと言われてしまって僕たちは病院のロビーで言葉をなくしていた。
「どうだ?」
「既読はつかない。誰か紗織ちゃんのお父さんかお母さんの……あ……ごめん」
「佳奈が謝ることじゃないさ。佳奈と瀬里の誕生日プレゼントを買いに行った時に、祖父母が来ていたみたいなんだが、あの時に連絡先を聞いておけばよかったな」
「お父さんに……」
「いや、止めておこう。無理やり探しても紗織は喜ばないと思う。紗織から連絡が来るのを待とう」
その日は結局、メッセージの既読もつかず、連絡も無かった。翌日も学校には登校してこなかった。
「先生、東金さんのことなんですけど……」
「ん~~~……。すまんが止められてるんだよな。本人から。ただ、教師として言えるのは、信じて待て。あと、今日から休学扱いになってる。もう一度言うぞ。東金を信じて待て。いいな」
職員室から食堂に移動して、今知ったことを皆が無言で噛みしめる。転院。連絡がつかない。どんどん悪い方向に考えが向かう。
「紗織ちゃん……もしかして……」
「瀬里。信じて待とう。今の僕達に出来ることはそれしか無い」
今頃はもう私が休学に入ったってみんな知っているんだろうな。黙って転院して、連絡もしないでみんな怒ってるかな。私はもう、あの場所に戻れないのかな。私……。
「みんなに会いたい……。良彦くんに会いたい……」
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