第33話 男装と密会と坊ちゃまと
「ただいま~。あ、母さん。大旦那様って今日はかえっ」
「帰ってこないわよ。今、アメリカに行ってるはず」
なんてことだ。頼みの綱が……。
「なにうなだれてるのよ」
母さんに事情を説明したら、なんの問題はないと返事が帰ってきた。なんでも瀬里の誕生日会に来ていた初老の紳士、あの人が弦楽器カルテットのリーダーだという。母さんの知り合いとのことで連絡を取ってくれることになった。
「電話代わってくれって」
「良彦ぼっちゃまですね」
「ぼっちゃまってそんな……」
「事情は聞きました。是非やりましょう。可能であれば貴校の吹奏楽部とのセッションもやってみたいですな」
「はい。わかりました。明日、聞いてみます。本当に有難うございます。助かりました。はい。それでは失礼致します」
「母さん、ありがとう。受けてくれるって。それにしてもなんで僕がぼっちゃまなのさ」
「ああ、あれね。彼、私が拾ってきたのよ。大旦那とパリに行ってる時に路上演奏してて。気に入ったから家に来てもらえないか聞いてみましょうって」
「マジか……」
あとで調べたら、かなり有名な演奏家だとわかった。Wikipediaにも出てくるくらいだからかなり有名なんだろう。確かに経歴のところに早乙女家に招き入れられ云々書いてある。まぁ、無事に前夜祭の出し物は決まったわけで一安心だ。明日、吹奏楽部にも聞いてみないと。
「というわけなんですが、どうでしょうか?」
翌日に吹奏楽部にオファーを出しに行ったら、動揺と歓声が入り交じった声が上がった。彼らに見合う演奏が出来るのか、著名な奏者とセッション出来るなんて夢のようだ、なんて感じみたいだ。なんにしても受けてくれるとのことで、曲目は合わせてくれるらしいので、演奏曲目を決めてくれと頼んできた。
「はぁ……一時はどうなることかと思った。早乙女、ありがとうな。助かった」
「でも、良彦くんのお母さんがパリで見出してなかったら、この機会もなかったと思うよ。ぼっちゃま」
瀬里にからかわれたのは初めてかもしれない。それを見ていた紗織もちょっと驚いた顔をしていた。
「これで学祭実行委員の事前仕事はおおかたお終いってところか」
「そうだな。あとは、前夜祭の準備とか、各クラスの出し物の最終確認とかだな。ところで、我がクラスの状況はどうなんだ?」
僕達のクラスは野外ステージ担当の男装・女装喫茶になった。実行委員の僕達も役回りで出ることになるのだが、案の定、目玉は瀬里になっている。
「瀬里、いいのか?なんか悪目立ちしそうだけど」
「どうして?あ、僕が他の誰かに取られちゃうかもって?」
「いや、それは……も、あるかもだけどさ。また週刊誌の連中とかが来たらどうするんだ?」
「堂々とインタビューに答えます!どう?カッコ可愛いでしょう?って。そのまま芸能界にデビューしたりして!」
芸能界……そうなったら瀬里が遠くの存在になってしまいそうだな。早乙女家のネームバリュー、瀬里の容姿、男装の意外性、十分に芸能人の素質はある気がする。
そんなことを久しぶりに校舎の屋上に寝転がりながら想像していたら天文台に入ってゆく人影を見た。背格好からして佳奈と紗織だろう。何を話しているのか気になるけど、盗み聞きは……その前に、ここにいるのがバレるほうがなんか気まずい気がする。
「ごめんね佳奈ちゃん呼び出したりなんかして。お話があるって言ったのは、肝試しの時に見せて貰ったコンパクトのことなの」
「ああ、あれね。なんか約束ぅとか書いてあったやつ」
「そう
「でも私、良彦との約束の話はもう終わってるし」
「本当に?」
「え?うん。その……、小さい頃に良彦に私と結婚して、って約束しただけ」
「それ、“佳奈から良彦への約束”よね?」
「まぁ、うん。そうだけど」
「私ね。“良彦から佳奈への約束”を知っているの」
「良彦から私に?それでなんでコンパクトが関係しているの?」
「あのコンパクトの中身、私が持っていたの。でも、それ、良彦に渡しちゃった」
「え?あ、うん。コンパクトの中に入ってたトレーかなにか?」
「そう。それの裏には佳奈と良彦くんのプリクラが貼ってあって」
「ああ、あれね。知ってる。どこに行っちゃったんだろう、って思ってたけど、紗織ちゃんが持っていたんだ。で、それは構わないのだけれど、“良彦から私への約束”ってなんなの?」
紗織は言うべきか迷ったが、自分で話そうと思ってここに来てもらったんだ。言うべきだ。決心して佳奈をしっかりと見た。
「良彦ね。佳奈に僕と結婚して欲しい、約束だよ、って話していたのよ」
「そうなんだ。私も良彦に結婚、約束って話しているし。知っていたよ。大丈夫」
「いいの?2人はそんな約束をしている同士なのに」
「選ぶのは良彦。今の私達を良彦は選んでくれるの。約束っていうのは子供の頃のことでしょ?」
佳奈ちゃんは割り切っているんだ。でも私と良彦くんとの約束は……。
「そういえば、紗織も良彦となんか小学校時代に約束してるんでしょ?なんの約束なの?」
「それは……。ごめん。今は言えない。卒業までには絶対に言うから。絶対に。だから今は」
「分かった。言えるようになったらお願い」
天文台から2人が出てきた。何の話をしていたのだろうか。エアコンの室外機の影でそんなことを考えていたら佳奈からメッセージが届いた。
「コンパクトケースの中身。そのまま良彦が持ってて」
あの話をしていたのか。佳奈の写真が削られている話もしたのだろうか。佳奈に聞いて知らなかったら紗織と佳奈がまずいことになりそうだし、紗織に聞いたら、なんで佳奈とそんな話をしたのを知っているのか、って話になるだろうし……。なんでこんなのばかりなんだ。
「なぁ、健司。もうホント分からなくてさ。おまえ、麻里以外の全員知ってるって言ってたろ?教えてくれないか?」
「うーん……教えてやっても良いんだが。でもあれはお前から彼女たちにした約束だぞ?俺は自分で思い出したほうが良いと思うんだけどなぁ」
「なんかヒントでいいからさ」
「分かった。佳奈のやつは教えてやる。もう知っているも同然だろうしな。良彦、おまえな、佳奈に僕と結婚して、約束!って言っていたんだぞ。覚えてないのか?」
「僕が?佳奈に??いつ頃、ってあれか。2年生の頃に転校してるんだから、それよりも前になるのか」
「正確には小学校に入る直前だな」
「マジか。健司、そんなのよく覚えているな」
「あのときは俺も佳奈のこと好きだったんだよ。それがお互いに結婚しましょう、約束~、なんて聞いたらショックで忘れられないっての。麻里が聞いたらややこしくなるだろうから黙ってろよ」
そうか。例の厚紙の手紙、あれに僕が答えたってことなのか。これはコンパクトケースの中身だったのか。削られた佳奈の写真を指でなぞって、佳奈との約束を思い出す。
「結婚、か……」
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