第32話 貯金箱と交換日記と安物の愛と
「この4人でここに集まるのは久しぶりになるな。いつぶりだ?」
「紗織が転校してくる前だから半年ぶりくらい??」
「それにしても健司はメロンソーダしか飲まないな。そんなに緑の液体が好きなのか?」
「かき氷のシロップみたいで好きなんだ。それに緑はこいつの……いでっ!」
「ん?」
「なんでもない!」
「なんで麻里が怒ってるんだよ」
そんな光景を頬杖をついて見ていた佳奈は懐かしそうな顔をしていた。本当に懐かしい。この頃は私は良彦に憧れを持っていた感じだった気がする。ライバルが現れてからはっきりと好きって感情に変わった気がする。もたもたしてないでもっと早く行動していたら何か変わっていたのかな。友達だからって言われてたのかな。だとしたら、なんか無理矢理選ばせてしまっているのかな。
「佳奈、どうしたの?難しい顔して」
「ううん。なんでもない。なんか懐かしいなぁって。別に瀬里と紗織が邪魔ってわけじゃないんだけど、やっぱり昔からのこの空気、好きだなぁって」
「あ。すごーいオブラートに包んでライバルをけ落としに入ってる」
「だからそんなんじゃないって」
「実際問題、どうなんだよ良彦。いいかげん、決まらないのか?こんな贅沢な状況、ずっとは続かないぜ?佳奈だっていつまでこんな状況かわからんしな」
「うっわ。なにその先輩面」
「何言ってるんだ。恋愛に関しては先輩だろ。お前だってそうだろ。愛してるぜ麻里」
「そんなに安い愛は求めてないわよ」
「健司」
「なんだ?」
「結婚式はいつだ?」
「今日だな。今日俺は18歳になった。結婚できる。さぁ、麻里。俺と結婚してくれ!」
「だから、そんな安い愛は求めてないって!私はもっとこう……」
「もっとこう?なに?私、それ聞きたい」
「ロマンチックな夜景の見えるレストランでプロポーズか?」
「うーん、それも良いけど、八ヶ岳の天の川あったじゃない?あんなのを見ながらってのも憧れちゃうな」
「麻里、お前そんなに乙女だったのか」
「なに?なんか文句でもあるの?やっすいけど愛してるんでしょ?」
「善処します」
ホント、この4人の時はなんの気兼ねもない。例の約束がなんなのかなんて考えることもない。もしかして僕は「約束」がなんのか決められないって思っていたけど、その「約束」に縛られてなにも決められなくなってるんじゃないのか?
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ。素朴な疑問。僕、なんかみんなから謎かけみたいに「約束」って言われてるだろ?あれって全部思い出さないと動き出せないと思うか?」
「なに?私約束なんて……あ!」
「なに今さら赤くなってるんだよ」
「いや、だって。でも、私のはもう良いでしょ!約束の内容が分かったんだし!」
「そうなのか?佳奈との約束ってなんだったんだ?」
「いや実はさ、去年貰った貯金箱に……」
「あー!あー!あー!内緒!内緒!内緒なの!秘密の約束!」
「だ、そうだ。秘密の約束だから内緒だそうだ」
「なんだ気になるな。良彦、今度教えろよ」
「そのときが来たらな。健司も散々勿体ぶってただろ」
「そのとき……」
「佳奈、今じゃないぞ」
「分かってるわよ。でも待ってる」
早乙女邸に帰った後は大変だった。瀬里に根掘り葉掘り聞かれてまるで尋問のようだった。
「何を話してたの?僕が聞いちゃまずいこととかあったの?」
「特にそういうのは無かったぞ。ただ、今年の春までは、あの4人だっただろ?なんか懐かしいなって話にはなったよ。でも瀬里と紗織が増えたほうが賑やかで楽しいって思った」
「本当に?」
「こんなところで嘘をついてどうするのさ」
「あやしい……。まだ何か言ってないこと、あるでしょ。佳奈になんか言われてるでしょ」
正直、ドキッとした。例のプリクラの件を瀬里が知ってるんじゃないかと思ったのだ。部屋整理と言っていたけど、まさか僕の部屋を……。流石にそれはないか。
「結婚の話は出たな。健司と麻里の。麻里が意外とロマンチックなプロポーズシチュエーションを考えてて、以外だって話。健司と麻里、最初はショッピングセンターのフードコート、ちゃんと宣言したのは学校の図書室だぜ?」
「うーん……出会いは突然だから、そういうのもいいけど、プロポーズは計画的というか事前に準備して行うものでしょ?それをショッピングセンターのフードコートでされたら、僕でも流石になぁ……」
「んじゃ、瀬里はどんなのがいいんだ?」
「うーん……、やっぱり、その人との思い出の場所かなぁ。だからそれがショッピングセンターのフードコートだったのなら、そこでも構わない」
「出会いって思い出の場所にならないのか?」
「それはなんか違う。出会いというか、もっとこう2人が近づいた場所というか」
「なるほど。そうすると僕達の場合は、あの別荘になるんじゃないか?」
「別荘かぁ。確かに初めて一緒に行った旅行先だね。悪くないと思うよ。もしかしてプロポーズでもしてくれるの?」
「瀬里を選ぶことになったらな。覚えておくことにする」
「是非、よろしくお願いします」
その頃、紗織は病院のベッドの上で交換日記を眺めていた。
「たった3回で終わった交換日記。良彦くんから貰ったのが最後で私が返してない交換日記。良彦くんから始めようって貰ったのに。なんであの時、私はこれを渡さなかったんだろ。渡していたらどうなっていたんだろ」
書いてある文字をなぞって、当時の自分を呪う。今の病室は私一人。隣に居た男の子は別の病室に移動になった。多分、通常治療では回復が望めないと判断されたんだろう。私もそうなるのかって思うと怖くてたまらない。そうなったら学校にも行けなくて、みんなに会えなくて。良彦くんにも会えなくて。紗織は膝を抱えて不安を押し殺すので必死だった。
「どうだ。学祭実行委員。順調に進んでるか」
ホームルームの後に僕達のところに担任の先生がやってきて励ましという感じの状況確認が入った。
「順調ですよ。今年の学園祭はいつもと違った感じになるので楽しみにしてて下さい」
今朝は自信満々に答えたのだが……。
「前夜祭のこと忘れてた!誰かなにか考えてる!?」
学園祭実行委員のメンバーを見回したが、互いに顔を見合わせる格好で誰も気にしていなかったらしい。
「今から各団体に出し物をやらないかって声をかけるのはどうでしょうか?」
「最悪それだけど、そうするにしても、今日は10月10日だ。明日までには声を掛けないと準備が間に合わないだろう。むしろ遅いかもしれない。とにかく、今日は何か案がないか考えよう」
合同男装・女装喫茶の件とかで前夜祭のことをすっかり忘れていた。芸人を呼ぶには予算が足りない。そもそもこんな直前に予約なんて取れるはずもない。
「あの。良彦くん。前夜祭って野外ステージでやらなきゃならないの?」
「ああ。雨でも降らなきゃな」
「それなら、僕の家にたまに来る弦楽器カルテットの人たちに声を掛けてみる?」
早乙女の飛び道具が来た。本当はフルオケも用意しようと思えば出来ると思うとか言い始めたのだが、野外ステージにフルオケなんて入れないし、体育館でやるにしても大げさ過ぎる。そう言って出てきたのが弦楽器カルテットの人たち。家に来るって、僕は見たことがないから、本当にたまに、なんだろう。
「よし、早乙女、それ今日中に聞けるか?」
「お父さんが返ってくるなら」
「うぉぉぉ……ハードルたっけぇぇぇぇ」
「どうしたの良彦」
「早乙女のお父さん、レアキャラなんだよ。なかなか帰ってこない。ってか日本にいない。早乙女、メールとか電話で頼めないのか?」
「うーん……怒られると思う。私用は家で頼む、って言われてるんだ」
学園祭実行委員は早乙女のお父さんが帰宅するのかどうかに運命を任せることになった。しかし、こんなのでいいのか。
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