第30話 お皿とイジワルとプリクラと

紗織の病室に入るのはこれで2回目。最初は八ヶ岳の別荘で倒れた時だ。


「なんだ?」


「私の両親ね、今通ってる学校の出身なんだ。それでね。私も同じ学校に行きたくて転入したって佳奈には言ってるの。それが約束だって」


「なんだそれ。僕との約束、1mmも関係してないだろ。佳奈はそれで納得したのか?上辺だけはね。それで聞いちゃいけないんだな、って思ったのかも知れない。でね?今日はこれを渡したくて」


紗織が手渡してきたのは小さなお皿のような入れ物の裏にプリクラが貼られていた。写っているのは僕と……もう1人はコインか何かで削られていて誰だか分からない。


「これなに?」


「プリクラ」


「それは見れば分かるけど、こっちに写ってるのは誰?」


「削れてて分からないの。だから渡したくて。誰か分かる??」


このプリクラは恐らく小学校1年か幼稚園卒園前か。どアップすぎて服装が分からなくて判断が出来ない」


「年代からして、もしかしたら瀬里とか宗くんかも知れないなぁ」


「宗くん?」


「ああ、瀬里の弟。これがそのころのだとすると、この後しばらくして宗くんは亡くなってる」


「瀬里ちゃん……そう……なんだ。それじゃ聞けないね」


「ん?」


「だって削られちゃってるもん。瀬里ちゃんにしても宗くんにしても、そんなの見せられないよね」


少し削り残しがあって、その気配から髪が長い。女の子なのは間違いないだろう。

早乙女邸に戻って貰ってきた小さなお皿のようなものを、引っ越しの時にがらくたを入れた記憶のある段ボールに入れようと蓋を開けると、いつぞや佳奈が選んだ貯金箱が入っていた。


「このまま、この箱に入れたら無くなる可能性が高いし、この貯金箱にでも入れておくか」


裏蓋を開けてお皿を入れたら何かに引っかかった。


「ん?なんだ?」


中を除くと何かが丸められて入っていた。


「写真?あ!え?なんで!?」


中に入っていたのは厚紙に書かれたメッセージとプリクラ。


「なんだよこれ。なんなんだよ」


貼られていたプリクラは僕と佳奈だった。今左手に持っているお皿の裏に貼られたプリクラの完全版。削られていたのは佳奈だった。


「たすけてくれてありがとう!やくそく!」


また「約束」だ。厚紙には鉛筆にそう書かれていた。


「くっそ。今度はなんの約束なんだ。言葉が足りなすぎる」


その厚紙を写真にとって、佳奈に送ってすぐに電話して意味を聞く。


「佳奈、これ、なんだ?約束ってなんの約束だ?」


「え?今頃??見てなかったの??ひっどーい」


「あ、いや、ごめん。引っ越しでどこに仕舞ったのか分からなくなってさ」


「誕生日から引っ越しまで何ヶ月もあったじゃーん。ひっどーい」


「いや、ごめんて。こんな変な……じゃなくてまさか中になにか入ってるなんて思わないだろ。な?謝るからさ。この約束の意味を教えてくれ!」


「あー……それも覚えてくれてないんだ。それね、例のショッピングモールで迷子になって私のお父さんとお母さんに無事に会えた後に撮影したやつなの。本当に覚えてないの?」


「ごめん」


「ひどいなぁ、もう。私の初恋の瞬間だったのに」


初恋。そう言われてどきりとしてしまった。初恋をした相手を待たせているのか僕は。


「んでね、約束ってのはね……」


「約束ってのは?」


「あー、もう!言わなきゃダメ?」


「ここまで来たら教えてくれ」


「……んしてって約束した」


「ん?何をしてって?」


「だから!結婚!」


思わず瞬きが早くなる。出会って初恋で結婚!?


「それ、本気だったのか?」


「流石に私も分からないけど。でも多分本気だったんだと思う。だから今も……」


「・・・。」


「ねぇ、良彦。私じゃダメなの?私のどこが悪いの?」


「悪いとかそういうのじゃなくて……」


「ごめん。意地悪した。忘れて、とは言わないからね。善処、よろしくお願いします」


受話器の向こう側で深く頭を下げているような気がする口調だった。電話を切った後も結婚の二文字よりも、なぜこの2枚のプリクラがここにあるのか、で頭がいっぱいだった。


「誰が削ったんだ。なんのために……。それになんで二人が同じものを持っているんだ」


削られた人物が佳奈ってことは本人には聞けない。聞けるのは健司、瀬里の2人。麻里は一連の約束問題に関連していないから分からないはずだ。


「結婚の約束とツーショットのプリクラを瀬里に見せるわけにはいかないか。ここは健司だなやっぱり」


ホームルーム前に天文準備室に来て欲しいと健司に連絡して、朝早く登校して健司を待った。瀬里にはなんでそんなに早くいくのか聞かれたが、学祭実行委員の件だ、といって逃げるように家を出てきた。


「なんだ?なんか大事そうな話だな。とうとう決めたのか?」


「いや、そうじゃなくてさ。とりあえずこれを見てくれ」


「なんだこれ。佳奈とのプリクラ?たすけてくれてありがとう、やくそく?んでこっちは同じプリクラで。なんで削られてるんだ?」


「それが分からないから何か知ってるんじゃないかと思って」


「うーん……流石にこれは分からないなぁ。あいつ等と良彦は古い付き合いになるけど、これは知らないなぁ。記憶にない」


「ん?古い付き合い?僕と?あいつ等って?佳奈か?でも「ら」ってなんだ。誰のことだ?」


「しまったな。口を滑らせた。まぁ、いいか。俺が今から話す内容から先は自分で考えろよ。んで、思い出せよ」


分かった、と答えた後に健司が教えてくれたのはこういう事だった。


健司と僕と佳奈と紗織、それに瀬里は昔からの知り合いである。俺たちは一緒に一つの約束をしている。個別の約束は知らない。


「昔からの知り合い?一つの約束??昔っていつからだよ。なんの約束だよ。ってか、また約束かよ」


「なにをブツブツ言ってるのよ」


休み時間に突っ伏して健司から聞いた内容を咀嚼していたら佳奈に聞かれたようだ。


「あ、いやな。僕と佳奈、瀬里に紗織は昔からの知り合いっていっても良いだろ?健司はどうなんだろうなって」


「え?あんた達?知らないわよそんなの。男同士の友情が芽生えた瞬間なんて」


「気持ち悪い言い方するなよ。実は……いや、なんでもない。紗織との約束ってなんだろうなって考えてただけだ」


「ふぅーん。いい加減、思い出してあげなよ」


危ない。あの話をしたら削られたプリクラの話しにもなっていたかも知れない。それを紗織が持っていたなんて知られたらマズいことになる。気をつけないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る