第29話 兄貴と黒とピンクのパンツと

はぁ、すごい量だな。何がなんだか分からないぞ。それに、これ、俺たちだけで設置なんて絶対に無理だぞ?運動部の連中に手伝って貰うのか?業者を呼ぶのか?

奥に固まっているのは舞台だろう。その前に置いてあるのは、恐らく音響機器、照明はあの辺だろう。電源はどこだ?コンセントから引っ張ってくるわけじゃないだろうし。リールコードは……。


「せんぱーい。これ、なんですかねぇ」


2年生代表の依子ちゃんが指さしているのは大きな布のようなもの。屋根の素材のように見える。


「布団……だな」


圧縮された布団。なんか嫌な予感がする。こんなものまで用意されているってことは……。

翌日に佳奈に聞いてみたら案の定、泊まりがけで会議やったり準備したりするらしい。早く決めないと美術部のスケジュールが無くなって怒鳴られるらしい。


「そんなの聞いてないぞ」


「聞かれてないもん」


「あーもう、まじかよー」


健司が再びうなだれている。今回の役柄、物資調達が一番大変なはずだ。ここでやる気をなくされると困る。


「何言ってるんだ健司。この前の天文学部合宿も楽しかっただろ。それに思いだしてみろ。あの2年生代表の依子ちゃんを」


本当に健司は簡単な性格をしている。みるみるやる気にあふれ出した。それを見ていた麻里は縦肘におでこを乗せて首を左右に振って怒る気力も無くして呆れていた。


「あー、各学年の代表は9月中に各クラス、各部活の出し物、希望内容、時間を聞いてきてくれ。それで出し物の被りがないか、公序良俗に反していないか、希望の時間が確保できるかの確認を9月20日までに、9月中に結果を出すぞ」


なんて格好良く仕切ったが、佳奈に去年のスケジュールを聞いてそれを伝えただけなんだけれども。まぁ、とにかく何をやればいいのか分かってきた。学祭倉庫にあるものでメインステージは組めそうだ。照明設備は演劇部に、音響設備は軽音楽部に聞いたら手伝ってくれるとのことだった。見返りに自分たちのステージ利用時間にオマケをくれとか言われたけど、善処します、とだけ言って戻った。


「ねぇ良彦。学園祭のことなんだけど。小学校だから学園祭ってうか文化祭。覚えてる?」


「小学校の?何となくだなぁ。小学校のやつは自主的に、というより、何をやるのか決まってた印象だ。何年生は演劇、何年生は合唱、とか。クラブで出し物、とか。桃太郎の敵の鬼子分役をやったのは覚えてる。あと、輪投げだな」


「なんだ。結構覚えてるじゃない。1年生でやったことは覚えてないの?」


「1年生か?流石に覚えていぞ。佳奈は覚えてるのか?」


「私も忘れたから聞いてみただけ」


「なんだよそれ」


「ん?良彦、佳奈と同じ小学校だったって思い出したのか?」


「ああ。思い出したってか、分かった、が正確なところだな。早乙女のアルバムを見て、瀬里と一緒に遊んでたことも分かったぞ」


「おお。やるじゃん。で、俺の言っていることは分かったのか?」


「ん?なんだっけ」


「選べってやつ」


「ああ、それか。ってか、それ、なんでお前が言うんだ?佳奈と紗織、お前も昔から知ってたのか?」


「さあ?どうだろうな」


「おーしーえーろーよぉ。マジでそこが分からなくて困ってるんだ。佳奈、紗織、こいつ、小学校の頃に友達だったか?」


「健司くんが?私は記憶にないけど……」


「私も」


「ほら。こうなるだろ?なんかもったい付けてるけど紗織が転校してきてから言ってたし、ただの煽りだろ。白状しろ」


「良彦くんがそう思うのなら、そうなのでしょう。ああ、そうなのでしょう」


真面目に答える気がないなコイツ……。でも真面目な話、昔から紗織の事を知ってないと「選べ」なんて話にならないと思うんだよな。だって紗織が俺のことを好きとか言い出す前に選べって言ってたし。明らかに紗織の事を知っていたって事だろ。もしかしたら紗織がこの学校に来た理由も知ってたりしてな。


「なぁ、瀬里、さっきのどう思う?」


「さっきの?」


「健司が紗織とか佳奈の事を昔から知ってたんじゃないかってやつ」


「うーん……僕は良彦くんと知り合ったのは中学の頃だし、よく分からないなぁ。良彦くんは健司くんといつから親友になったの?」


「中学2年だな。同じクラスになって。いきなりノートを貸してくれって言われてなんだコイツ、っていうのが第一印象」


「今と変わらないね」


家に帰った後に瀬里とそんな会話をしているときに健司から個別メッセージが来た。


「さっきの話、本当に知りたいか?」


瀬里に相談しようと思ったが、わざわざ個別メッセージで来たことを他人に話すのは良くないと、「教えてくれ」とだけ返信した。

お風呂からあがって携帯を見ると新着メッセージのランプが光っていた。健司からだった。ようやく謎が一つ解ける……。そう思って頭にタオルを乗せただけでパンツも履いていない姿でタップする。


「俺は紗織の兄貴だ」


頭が追いつかない。兄貴?紗織の?兄貴??同じ学年なのに???でも兄貴なら話のつじつまは合う。でも顔は全然似てないぞ??

夢中で考えている時に後ろで音がした気がしたけど、そんなことよりこの文字の意味の方が大事だ!


「はぁ~、びっくりした。もう出て来てると思ってたのに。後ろ姿見ちゃったよ……。気がつかれたのかな?でも前も着替え持って行ったりしてるし……」


急いで着替えて瀬里にも聞いてみよう、と思い立って脱衣場のドアを勢いよく開いてリビングの方に向かおうとしたら目の前に瀬里が歩いていて激突してしまった。


「いって……瀬里、大丈夫か?」


僕に後ろからタックルを食らった瀬里はうつ伏せになって倒れている。


「ちょっと肘をぶつけたけど大丈夫……」


廊下に座り直してこちらを向いた瀬里の短パンからちらりと覗くものがあって思わず見つめてしまった。男の性は止められない。


「黒……」


「?」


「あ、いや」


「あ!あ~!!あ~~!!!」


脱衣所に逃げられた。しかし、この目の前に落ちているパンツはどうしたものか。


「ピンク、か」


廊下にしゃがんで思案していたら、後ろから思いっきり蹴り飛ばされて罵声を浴びせられた後に勢いよくドアが閉まる音が響きわたった。


「これは僕が悪いな。完全に。でもさっきの件、どうやって話せば良いんだよぉ」


健司にそのあと「どういうことだ」って送ってみたけど返事がなかったので、紗織に「兄貴って居るの」と送ってみたら意外な返事が返ってきた。


「家族のお兄ちゃんは誰もいないけど、昔、お兄ちゃんって呼んでた男の子はいた」


男友達としてのお兄ちゃん、なのか?健司が?あの大人っぽい紗織に?お兄ちゃんって呼ばれてた?いやいやいやいや。どうせ適当なことを言ってるんだろ。だまされないぞ。人の気持ちをもて遊びやがって。


翌日の朝に兄貴の件を問いただすと、兄貴は兄貴でそれ以上でもそれ以下でもない、と言うだけでイライラが募るばかりだった。


みんななんなんだよ。謎かけごっこか?健司はお兄ちゃん、紗織は小学校の頃の約束、佳奈は健司との謎の関係、瀬里はなんか僕との約束が残っている気がするし!みんな僕をどうしたいんだよ。本当に……。


その日の夕方は学祭実行委会を終えて、紗織を病院まで送り届けた。


「ちょっと寄っていってくれない?」

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