第26話 パーティーと紳士とプレゼントと
「お誕生日おめでとう瀬理」
早乙女邸では、瀬理の誕生日パーティーが開かれていた。予想以上の規模で驚いた。一ノ瀬さんがこれに着替えてくれって渡してきたスーツに身を包み、会場に足を踏み入れたら、パーティーというよりも社交場といった雰囲気で外部から沢山の人が集まっていて思わず固まってしまった。給仕をしていた母さんに、シャキッとしなさい、と言われたけども、こんな場で何をすれば良いのかわからない。
「瀬理、今日は女の子の恰好なんだな」
ドレスを着た瀬理はいつもと違う大人の雰囲気で話しかけるのに緊張してしまった。
「あらぁ~瀬理ちゃん、大きくなったわねぇ。あら!もしかしてそちらは瀬戸さんの息子さんかしら?こっちも大きくなったわねぇ。おばさんのこと覚えてる?」
向こうは僕のことを知っているけど、僕は見覚えがなくてすみません、と正直に答えたら以前、母さんにと一緒にここで働いていた人だった。幼いときにあったことがあるらしい。それにしてもそんなときの僕と、今の僕、よくわかったなぁって感心していたら、何人もの人に同じようなことを言われた。
「ふふ。良彦くんも有名人だね」
「僕は何がなんだか。みんな僕たちが小さな頃に会った人たちなのかな」
「たぶん、ね。正直、僕も全員は覚えてないんだ。お久しぶりです、とか言われても、あなたは誰~って」
そんな中、大旦那と同じくらいの威厳を放つ初老の紳士に話しかけられた。
「これは瀬戸様のご子息ではないですか。大変ご無沙汰しております。お母様はお元気ですか」
「はい。向こうで給仕をしております」
初老の紳士は少し驚いた顔をしながらも、そうですか、と一礼して母さんの元へ歩いていった。
「誰だろう。瀬理は知ってる?」
「ええと……誰だっけ?」
瀬戸様なんて言われるなんてそんな立場ではないんだが……。その後も瀬理と一緒にいたからか、フィアンセですか?とか色々言われた。確かにこんなパーティーで唯一一緒にいる友人みたいな立場の人間がいたらそう思われるかもしれない。瀬理はそう言われるたびに嬉しそうな顔をしていたし、僕も悪い気はしなかった。
「はぁ……疲れた。良彦くんもそんな格好、疲れたでしょ」
さっきまでおしとやかな瀬理はどこに消えたのかドレスのままでソファーに浅く腰掛けて背もたれに伸びている。案の定、大奥様に怒られてたが、ソファーの背もたれに頭をもたれかけて怠そうに「さっきまでちゃんとしてたんだからいいじゃん」といつもの瀬理に戻っていてなんか安心した。
「良彦くんも悪かったね。あんなのに付き合わせてしまって」
「いえ。はじめての体験でしたが、普段はあんな機会に出会うこともないですし、良い経験になりました」
「そうか。それなら良かった。どうだい?うちの瀬理、貰ってくれないか?」
「あ、いや、それはその……」
「ほら、瀬理、そんなだらしのない格好をしてるから良彦くんにも振られちゃったわよ」
「そんなことないもん。ね?」
「え?あ、ああ」
瀬理も貰ってくれないかという言葉を否定もしなかったし、両親ともに今の僕たちの状況は伝わっているのだろうか。その日の夜にみんなに今夜のパーティーについてと会場の写真を送ったら案の定、みんなびっくりしていた。住む世界が違うとか、良彦にはもったいないとか、玉の輿に乗れとか帰ってきた。紗織からは楽しそう、とだけ帰ってきた。なんか最近の紗織には影を感じる。本当に大丈夫なのだろうか。
翌日の月曜日には紗織は普段どおりに登校していつもの様子で僕の席にやってきた。
「大丈夫なの?紗織」
「うん。大丈夫。日曜日はごめんね。行けなくて」
「ううん。気にしないで。それより見て。こんなの貰っちゃった」
佳奈がひつじのショーンのポーチを紗織に見せる。瀬理は写真でスマホスタンドを見せる。
「(なぁ、良彦。お前、紗織にはなんかプレゼントしたのか?)」
「(しようと思ったんだけど、もう貰ってるからって言われてさ)」
「(なにかあげたのか?)」
「(その覚えはないんだけど……)」
「そこ、なにコソコソ話してるのよ」
「ああ、べつに大した話じゃないんだ。今日も佳奈のパンツは水色かどうか当てようって話てただけだ」
いつもの馬鹿な話をして、いつもの笑顔がそこにあって、この時間が永遠に続けばいいと思える時間だった。
今年の残暑は厳しい。9月になっても日中は30度を超えてるし、夜も蒸し暑い。周りは開催された校外模試の結果で一喜一憂している。
「よお、天才。今回の結果はどうよ」
「A判定だ」
「まじかよ。前回はBだったんだろ?すげえな。俺なんて見ろよこれ」
そう言って見せてきた結果は第一志望校C判定。佳奈と麻里はB判定。瀬理と紗織は内緒、と見せてくれなかったが良い結果な気がする。そういえば二人の志望校って聞いたことがないな。
「ねぇ、良彦、本当にそこ受けるの?私、絶対にそんなところ合格できない。私に合わせてよぉ。一緒に楽しいキャンパスライフを送ろう?ね?」
「なんでお前に合わせなくちゃならないんだよ。俺は最高学府に行って天下を取るんだよ」
「予備校も行かずに東大とかマジで不公平だろ」
「良彦くん、東大に行くの?」
「合格できればね。紗織と瀬理はどこに行くの?」
さっきは内緒って言われたけどもやっぱり気になって聞いてみた。返事は僕が東大に行くなら私も、と言い始めて今度はこっちが驚いてしまった。それを佳奈がズルいと言っていたけど実力社会は厳しいのだよ。しかし、本当のところは現実では東大に落ちて滑り止めに行く未来が見える気もする。
「いっそのこと、みんな同じ大学に行くってのはどうだ。楽しいぞきっと。だからこの大学にしないか?」
健司は自分の志望校を掲げて誘いを入れるが、全員に否定されてちょっとかわいそうな気もしたけど、僕もイヤだし仕方がないと納得してもらおうか。
「しっかし、この後のイベントって学園祭位しかないよなぁ。それ以外は全部受験勉強とか高校生の青春時代って実質1~2年の2年間だよな」
「あ、それ私のお姉ちゃんからも言われた。1~2年で春がなかったんだから最後の女子高生ブランドを楽しめって」
「女子高生ブランドって……」
「女子高生に関わらず、時間は大切。ん?なに??」
紗織がそう言ってみんなに緊張が走ったが、本人はそんなつもりは無いようで、こちらが気を使いすぎるのも良くないかも知れない。そもそも死ぬような病だったら学校に来ていないってか、来れないだろうし。
「紗織は大学に行ってなにかやりたい事あるの?」
「うーん。自由かな。今は病院でちょっと縛られた生活してるから、大学生になったらもっと自由になりたい。それまでには退院してみせるから」
強気の言葉を聞いて安心した反面、この前に病院で聞いた言葉が頭を離れない
”あなた達には関係ないでしょ!私の身体なの!私の人生なの!”
あれはいったい何だったのだろうか。
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