第25話 スカートと誕生日と私の人生と

2学期は一番長い。9月に始まって12月まである。4ヶ月もあるのだ。逆言えば、もう4ヶ月しかない。受験もあるし、この答えは年内中に出すべきだろう。


今日は9月6日の金曜日。明後日の日曜日は佳奈と瀬里の誕生日だ。今日の朝には日曜日どうするとかそういう話題は無かったし、当人2人からも話しは出なかった。この前の氷川神社で誕生日のお祝いはおしまいって思っているのだろうか。とりあえず健司に連絡してみてどうするか聞いてみよう。


「お前、また誰かに聞くって考えるのかよ。こういうものは自分で考えるものだ。俺たちも誘うっていうならそう言え」


コテンパンである。言い返す言葉もなく、僕は相談に乗ってくれてありがとう、としか返信できなかった。


「自分で決める、かぁ。瀬里は家に帰ればいるわけで。でも瀬里自身に誕生日どうする?とは聞けないし、聞いても答えにくいだろうし。ましてや佳奈と同じ誕生日だし」


今日は佳奈と健司と麻里の予備校組は予備校へ行ってしまったので、天文台準備室の畳で大の字で寝転がって考えていた。


「誕生日がどうしたって?」


「うわ!びっくりした」


「ドア、開いてたから。びっくりさせてごめんね」


天文台準備室の入り口に紗織が立っていた。白だな。慌てて起き上がって紗織の方に向き直す。本人が気がついてないなら良いけど、完全にスカートを覗く格好になっていた。


「聞いてたのか?」


「うん。明後日は佳奈ちゃんと瀬理ちゃんの誕生日でしょ?どうするの?私があんなふうにお祝いしてもらったから、2人にもなにかしてあげたいんだけど」


「そうなんだよな。でもさっき健司に相談したら、自分手考えろって怒られちゃってさ。紗織に相談するのはセーフか?」


「私は特に何があるってわけじゃないから。ただ、みんなに迷惑をかけた上に、私だけっていうのが嫌だなだけかな」


そうだな。ここで何もやらないと紗織がもっと自分を責めてしまいそうだ。なにかやろう。しかし、こういうときは何から決めるんだ?プレゼント?でも紗織にはプレゼントなんてあげてないし……。


「プレゼントについて考えてたでしょ。私はもう貰ったからいいの。気にしないで」


紗織になにかプレゼント?何もあげてない気がするけども。


「僕は紗織になにもプレゼントしていない気がするけど?」


「いいの。本人がいいって言ってるんだから、いいの」


微妙に納得行かないが、本人がそう言ってるのなら仕方がないか……。それにしても紗織が僕から貰ったプレゼントってなんだろう。


「それじゃ、今回は佳奈と瀬理の誕生日プレゼントから考えようか。それ次第で誕生日パーティーをする場所を決めよう」


「誕生日パーティーかぁ。そういうのもいいなぁ。私、そういうのやったことがないから。ホームパーティーみたいの、憧れるなぁ。あ、でも瀬理の家はすごいのやってるだろうし、私達の誕生日パーティーなんて微妙になるのかなぁ」


「そんなことないだろ。家族が祝ってくれるのも良いけど、友達に祝ってもらうのも良いものだぞ。」


僕の誕生日は11月22日。いい夫婦の日だ。去年の誕生日はいつものファミレスでいつもの4人でパーティーみたいなものをした。プレゼントは微妙な貯金箱になる置物だったけど。佳奈が選んだって言ってた。あれはどこに仕舞っただろうか。引っ越すときに分からなくなってしまったな。


「ねぇ、プレゼント、明日一緒に買いに行かない?パーティーの場所はいつものファミレス。時間はお昼。夜は佳奈も瀬理も自宅でパーティーやるかもしれないし」


「そうだな。それじゃ、場所と時間だけ連絡しておくか。それで、買い物はどこに行くあまり遠くないほうが良いと思うけど」


「んーっとね。私、下北沢に行ってみたい」


「下北沢か。そんなに遠くないしそれなら大丈夫かな。一応先生に許可をとっておけよ。今日も病院に帰るんだろ?それで、明日は何時頃迎えに行けばいいかな?」


帰宅後、瀬理の母親に誕生日パーティーのことを話して、本人にも明日は誕生日プレゼントを紗織と買いに行くと伝えた。瀬理からは佳奈にも言っておきなよ、と言われた。危ない忘れてた。翌日は午前10時に病院に迎えに行くことになっていたので待合室で待っていた。


「瀬戸さんですか?」


「はい。そうですけど」


「今日、東金さんとお約束されていたかと思うんですけど、大変申し訳無いのですが今日はちょっと……」


「体調が悪くなったなんですか?」


「そうじゃなくてですね……」


伝言を伝えに来たナースは周囲を見回したあとに小声で僕にこう言った。


「(今日ですね、東金さんの祖父母がいらっしゃるんですよ。今朝、急に連絡が来まして。東金さん、祖父母のことが大嫌いみたいで。以前約束をすっぽかしたら、大喧嘩になりまして。なのでお気を悪くしないでください。本人も残念がってましたし、体調がわるいというわけではないですから)」


体調が悪くなったのではないのなら、ひとまずは安心だ。買い物は自分が行ってこよう。現地から写真を送って相談するくらいは出来るだろうし。僕は、紗織に下北沢に行ってくる、とだけLINEを送って病院を後にした。


下北沢ではくだらないものを買ってやろうと思ってヴィレッジ・ヴァンガードに行ってみた。


「佳奈はこれでいいかな」


くだらないものを買ってやろうと思ったのにひつじのショーンのフィギュアポーチなんて結構まともなものを買ってしまった。お値段2,000円。まあ、高校生の誕生日プレゼントにしては妥当なところだろう。


「さて、次は瀬理の誕生日プレゼントだが……」


どんなのが良いか、紗織に連絡してみたけど、既読がつかない。さっきのひつじのショーンも写真を送ったけど反応が無かった。祖父母とは仲が悪いってスマホの返信もできないような空気なのだろうか。


「瀬理はこれなんてどうだろう」


小さな黄色のソファーに黒猫が寝ているスマホスタンド。お値段1,300円なり。佳奈よりも安くなってしまったが値段じゃないだろ。うん。これも写真を送って見たけど反応は無かった。電車の中で健司と麻里に誕生日プレゼントについて希望はあるか聞いてみたが「お前のセンスに任せる」言われたし、文句はいわせないぞ。

買い物を終えてから紗織に連絡したが、これも反応が無かった。流石に心配になって急いで病院に向かってみた。


「あなた達には関係ないでしょ!私の身体なの!私の人生なの!」


聞いたことのない紗織の怒鳴り声が廊下まで聞こえてきた。病室の前まで来たけどもとても入れる雰囲気ではない。叫ぶほどの元気があるなら大丈夫だろうと思ってロビーでしばらく時間を潰す。

さっきの会話、祖父母との会話なのかなぁ。身体を大事に、とか言われたのかな。仲が悪いって言ってたけど、紗織の身体を気遣っていたのならそんなことはないんじゃないのかって思うけど、どうなんだろうか。一時間くらいしてからもう一度病室前に行くとドアが開いていた。そこにはベッドに座る紗織の姿があった。もう祖父母は帰ったようだったので、入ろうかと思ったが、なにかノートを取り出して静かに涙を流し始めたのを見て、しばらく廊下の壁に寄りかかって声を掛けるか考えたが、今日は帰ることにした。


「今日はごめんね」


帰り道に紗織からそれだけ連絡が来て、明日の誕生日パーティーは大丈夫?という連絡には返信は無かった。翌日の誕生日パーティーにも紗織はただ一通、「楽しんできて」とだけ連絡があって、姿は見せなかった。


「紗織、体調が悪いのかな」


「まぁ、身体が大事だし、私の誕生日で具合が悪くなったら大変だし。後でお見舞いに行ってもいいか聞いてみようよ」


佳奈は僕の選んだポーチが気に入ったらしくて上機嫌だ。瀬理もプレゼントを気に入ってくれて良かった。健司からこういうのは自分で考えるものだって言われたけど、確かにそうだな。自分が選んだもので喜んでもらえるのは、すごく嬉しい。


「なんだって?」


「今日はちょっと、だって。だいじょうぶなのかな。紗織」


LINEの反応がないので佳奈が電話したら、それだけ言って切れてしまったそうだ。気になったけど、本人がそう言ってるのに無理に押しかけるのは良くないだろうという事で、みんなの写真を送っておくだけにした。


「そっか。また私だけいないのか……」


紗織はノートに貼ったプリクラを見ながら静かに呟いた。なんでいつもこうなっちゃうんだろう。折角、良彦くんと買い物に行けるはずだったのに。仕方がないと自分に言い聞かせても後悔の念は消えずに残るだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る