第24話 変身と人麻呂とお断りと

「おはよーって、瀬里それどうしたの?」


「どうしたのっていつもの僕だよ」


「そうじゃなくて!その格好!良彦、なんで?」


「何でって言われてもな。朝飯の時にはもうこの格好だったしな」


「ういーっすって早乙女が男になってる!」


「あ、おはよう健司くん」


「佳奈、なにが起きたの?」


「私も分からないわよ。どうせ良彦がらみでしょ。良彦、瀬里になにしたの」


「いや。別に……」


新宿御苑での話をするべきか。いや、あの話しを今するのは。あ、もしかしたら男に戻る=僕を諦めるという意思表示なのか!?


「別になによ。なにもないなら、なにもないって言いなさいよ」


紗織も同じ様な反応で、みんな僕に説明を求めてくる。


「柿本人麻呂の返し歌かな」


僕が困っていたら瀬里がそう言葉を挟んでくれた。


「柿本人麻呂?なんだ?平安時代の誰かか?」


柿本人麻呂……昨日のあれか。僕が引き留めたいって言うなら私は留まるか。そうか。待ってくれるんだな。

僕が安心した顔をしているのを佳奈が「真面目に答えなさいよ!」と蹴飛ばしてきた。


「古文を勉強しろ。そうすれば分かる」


「ね!」


それに呼応するように瀬里は僕に笑顔を向けた。


「ねぇ、あれ、どういう意味だと思う?」


トイレで佳奈は紗織に話しかけた。


「うーん……私はもう諦めたから女の子でいるのを止めた、とか?なんか吹っ切れた感じだったし」


「なのかなぁ。それならそうって、あの子なら言いそうだけど」


「ライバルなんだし、手の内は開かしてくれないでしょ。私もそうだし」


「え?なになに?良彦になんかしてるの?」


「内緒」


その日は佳奈と紗織がしきりにどういう事なのか聞いていたが、瀬里ははぐらかしてばかりでちゃんと答えることは無かった。本音を言えば、僕も知りたかった。


「ここでお昼を食べるのって久しぶりじゃない?」


中庭のベンチ。4月に目の前を転入したての紗織が僕たちの前を歩いていった場所。


「あの頃は紗織も瀬里も居なかったよね。で、健司が私の唐揚げを盗んだのも忘れてない」


「ああ。あのときの紗織、すごいオーラを放っていたな。誰も寄せ付けないような」


「あ、唐揚げから逃げた」


「私、そんな感じだったの?」


「覚えてないの?私達への第一声が「どっちなの」だったし。前置きなしに」


「ごめんなさい。結論だけ早く知りたかったから」


「そうだ。あの時は、もう誰かを振ったとかそういう噂もあったな。実際のところ、どうなんだ?」


「私?うーん……答えなきゃダメ?」


「僕は聞きたいな」


瀬里が推す。僕も聞いてみたい。佳奈も聞いてみたそうな顔をしているが、自分に話をふられるのが困るから言わない、といった感じだ。


「えーっとね。今までに5人かな。もちろん全部お断りしたけど」


「おお……流石。僕なんて2人だよ。しかも女の子に。佳奈ちゃんはどうなの?」


「あ、やっぱりそうなるのね。私はないわね。良彦の嫁だろ、みたいな」


「あー……」


麻里がなるほどというような声を出す。


「そういえば良彦、おまえ知ってるのか?」


「なにを?」


「おまえ、学校中を敵に回してるぞ」


今の状況が知れ渡っているのだろうか。それは不味いことになるな。これは重大問題だ。


「健司くん詳しく」


「あれよ。天文学部で私と健司は付き合ってるじゃない?で、クラスの美人3人を良彦が囲ってるって噂になってるのよ。しかも、その1人と同棲してるとかで」


「まぁ、事実だな。否定は出来ないな良彦」


やはり重大問題だ。誤解を解いて……といっても事実だしな。僕が返事をしないがために、こんなことになってる。でもそれぞれの約束ってなんなんだろうな。瀬里は「僕といつかまた遊ぶ」っていう約束だったみたいだし。紗織の約束っていったい何なんだろうな。あと、健司が選べってしきりに言っているのはなんなんだろう。これは健司に先に聞くのが良さそうだな。


その日の夜に忘れていた宗くんからの手紙を見直してみた。


「よし兄ちゃんに宗くん、か」


そう言われてみれば、よしにいちゃんへ、そうより、みたいな文字にも見える。だとしたら真ん中の文字はなんなんだろうな。一番大事な部分が分からない。


「良彦さん、ちょっと宜しいかしら」


後ろから、瀬里のお母さんに声をかけられた。男装の件だろうな、と思って返事をすると、意外にも紗織の件だった。


「東金紗織さん良彦さんも知ってるわよね」


「ええ。クラスメイトで同じ天文学部のメンバーです。別荘旅行にも一緒に行ってます」


「ええ、それは聞き及んでおります。お聞きしたいのは彼女との約束の件です」


「ご存じなんですか!?」


思わず立ち上がって大きな声を上げてしまった。大奥様は驚いた様子だったが、それで僕が約束の内容を知らないと悟ったのか、お気づきになられてないのならこの話しはここでおしまいです、と打ち切られてしまった。この時に冷静でいられたら、紗織との約束がなんなのか分かったのだろうか。


僕は頭の中を整理し始めた。健司に佳奈か紗織のどちらか選べと言われた。佳奈はショッピングセンターでの迷子の件で僕の事を好きになったと言っていた。でも小学校は違うし、高校で同じクラスになるまでずっと覚えていたとは思えない。紗織は小学校の頃の約束と言っている。瀬里は小学校に上がる前の約束だった。


「ダメだ。なにもつながらない」


本当は今の3人を好きになれるのかを決めればいいのに、3人が僕に思い出して欲しい、といっていたことの全部の答えを見つけないと選んじゃダメな気がしている。


「良彦くん……それ、やっぱり読めないんだね」


リビングで頭を抱える良彦くんを瀬里は廊下から見ていた。手には一枚の折り紙。瀬里は今すぐに言ってしまいたい衝動に駆られたが、良彦くんに思い出して貰わないと意味がない、とぐっと堪えて自室に戻った。

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