第23話 お墓と悲恋と夕立と
朝ご飯を食べている途中に瀬里が聞いてくる。特になにも無かったので、そのまま答えるとお墓参りに一緒に行って欲しいと言われた。今日は弟の命日だという。
「なんか最近、暗いことばかりでごめんね」
「紗織のことか?病気のことあったけど、それ以上に楽しいこともあっただろ。人生そんなもんだ」
「良彦くんは強いね」
「そんなことないさ」
早乙女家のお墓は青山霊園にあった。流石大手財閥だけのことはある。ここの桜、とても綺麗なんだよな。
「ここ。宗介もここで眠ってる。大きいでしょ。おじいちゃんもここにいるから寂しくはないと思うけど。宗介、お爺ちゃん子だったから」
お爺さんは宗介くんが亡くなった半年後に亡くなったらしい。孫が亡くなってショックだったのだろうか。それに僕が母さんに連れられて早乙女の屋敷に来ていたのなら、僕もお爺さんには会っていた事になる。写真を見せて貰ったけども宗介くんもお爺さんも記憶になかった。それにしても、宗介くんと瀬里は似ている。瀬里が男装したのもちょっと分かる。
「良彦くん、君は宗介の事を宗くんと呼んでいたんだ。当時の呼び名で呼んでやってくれないか」
宗くん。そうだ。例の手紙に書いてあったのは「そう」という文字だったのかも知れない。僕宛になにかメッセージ。それに宗くんって呼び方、なんか記憶の片隅に引っかかるものがある。目の前の宗くんに思い出してやれずにすまないと思いつつも「宗くん」と言葉に出して呼びかける。
「なにか思い出せた?」
「なんとなく。そんな風に呼んでいたような気がする程度だけど。ちなみに宗くんに僕はなんて呼ばれていたの?」
「んーっと」
「よし兄ちゃん、だな」
瀬里のお父さんが答えてくれた。よし兄ちゃんか。家に戻ったら例の手紙をもう一度見てみよう。何か分かるかも知れない。
「あの頃は瀬里と宗介、それに君の3人でよく遊んでいてね。土日は毎週のように来てくれていたよ。市ノ瀬も一緒だったはずだよ」
お昼を食べながら昔のことを色々と聞いた。僕が宗介くんのオモチャをとって壊してしまって喧嘩したのを瀬里が取り持って仲直りしたとか、3人でお風呂の湯船に石鹸を入れて泡だらけにして僕が滑って転んで頭を怪我したとか。そういえば後頭部に縫った後がある。そこまで遊んでいながら顔が出てこない。目の前にいる瀬里の顔も出てこない。男の子と女の子と一緒に遊んだ記憶はうっすら思い出したけど。
おじさんは宗介も久しぶりに親友の良彦くんに会えて喜んでいるだろうと満足した様子だった。
「そういえば瀬里はいつから宗介くんの代わりをやり始めたんだ?」
「中学校に上がるとき。小学校の途中で変わったら流石に不自然でしょ?それに命日の度にお父さんが落ち込んでるのを見たくなかったし。私が入学式用に買ってあった宗介の制服を着てみたときのお父さんの顔が忘れられなくて」
「制服って……」
「そう。用意してたの。宗介が死んでから何年経ってるのって感じなのにね」
「男装ってどんな感じだった?やっぱり恥ずかしい感じ?」
「べつに?困ったのはプールかな。身体が弱いからとか適当に理由付けて入らなかったけどね。みんなが楽しそうにしてるのは羨ましかった。あと、一番困ったのは女の子に告白されたことかな。何回かあって」
「断ったんでしょ?」
「そりゃあね。僕はさすがにそっちの方じゃないし。でもそういうのが続くと、あいつは財閥ご子息でお高く止まってるとか色々言われたけどね」
そんなことを神宮外苑の自転車教室の風景を見ながら話していた。
「あの自転車教室、僕と良彦くんもやったんだよ」
「そうなのか」
小さな子一生懸命に自転車に乗る練習をしている。転んで泣く子、上手く乗れてはしゃぐ子。僕はどっちだったのかな。その他にも僕とどこに行ったとかそういう話を瀬里は沢山してくれた。よく覚えているものだ、と感心する一方で、どうしても思い出して欲しいことがある、というのも感じていた。
おじさんと市ノ瀬さんは車で先に帰っていたから、僕たちはちょっとだけ足を伸ばして新宿御苑に向うことにした。新宿御苑は小学校の頃に来た記憶があったからだ。銀杏が綺麗な黄金色に紅葉していたから秋に来たんだと思う。
「瀬里は新宿御苑は初めて?」
「初めて。ここはなにがあるの?」
「植物園と、休憩どころ。芝生で寝るのが気持ちいいところ。あと、新海誠の言の葉の庭だっけな。アニメ映画の舞台かな」
「どんな話?」
「悲恋」
「悲恋?」
「そう。悲恋。靴職人を目指す高校生と学校を休職している先生の恋物語」
「どっちが振られたの?」
「靴職人を目指す高校生。多分だけど、年上の自分が高校生の人生を縛っちゃいけないと思ったんじゃないかな。一度は幸せな二人になったんだけど」
そんなことを言っていたら雨が降り始めた。さっきまで話していた映画に登場する東屋まで走って避難する。
「9月になったって言ってもまだ夏だしね。夕立もあるよね」
瀬里のが着ていたシャツの肩が濡れてブラ紐が見えた。ああ、瀬里も女の子なんだな。なんて思ってしまったけど、そんなにじろじろ見てよいものでもないな、って思ってたら瀬里から怪訝な目で見られてしまった。
「鳴神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」
「なにそれ」
「さっきの言の葉の庭に出てくる万葉集の短歌。実は劇中の女性教師、靴職人を目指す高校生が通っていた高校の古文教師だったんだ。生徒に虐められて味覚が無くなって休職してたってわけ。で、出会ったときにどこかであった事ありませんか?って高校生が聞いたらさっきの短歌残して去っていったのさ」
「なんでそんな短歌を言ったのかな」
「自分は君にあったことがある、って伝えたかったんじゃないかな。高校生は教師は自分の学校の教師だと知って、その短歌の返し歌を歌ってあなたを知ってるよ、と言ったんだ。
「鳴神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」
「どういう意味の短歌なの?」
「雷が少しばかり鳴って、曇ってきて、雨でも降らないかしら。あなた様を引き留めたいの。って意味だ。これの返し歌の意味は、雷が少しばかり鳴って雨が降るようなことが無くても、私は留まるよ、君が居て欲しいっていうなら、だ。」
「雨、降ってるね」
「ああ」
それから20分もしないで夕立は上がった。
「雨、止んじゃったね」
「ああ」
「ねぇ義彦くん。僕もその万葉集みたいに義彦くんを引き留めてもいい?」
「ああ」
「ありがとう。ちょっとお話しするね」
瀬里は僕の方を見るでもなく、雨の上がった公園を見ながら話し始めた。
「僕ね。良彦くんのお母さんが家のお手伝いさん辞めるときに約束したんだ。またいつか一緒に遊ぼうって。中学校に入ったときに良彦くんの名前を見てびっくりしたよ。まさかって思った。でも僕、中学校に入ると同時にあんな格好だったから、声をかけれなくて。でもその約束、無事に果たせた。良彦くんと一緒に遊んでる」
「ああ。遊んでるな。しかも一緒に住んでるな」
「うん」
少し時間を空けて瀬里は続けた。
「だからね。だからね……願いの叶った僕は……良彦くんを見てるだけでいいよ」
直接、顔は見なかったけど、今にも泣きそうなのは分かった。
「いいのか。それで」
「うん……佳奈ちゃんと紗織ちゃんに……」
「僕がよくない。そんなの僕がよくない。僕がこんなこというのはおこがましいけど、きちんと決着をつけさせて欲しい。それまで僕のことを好きでいてくれるなら」
瀬里は大粒の涙を流しながら僕の左肩に両手を重ねて泣いている。僕はそんな瀬里を見てどこまで3人を傷つければいいのかと自分自身を責めたけど、その先の答えは見つからなかった。
翌日の二学期登校初日。朝食時の瀬里はいつも通りだった。たった一つを除いては。
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