第22話 着替えとホテルと風鈴回廊と
ケーキを堪能した僕たちは再び氷川神社に戻って風鈴回廊へ向かった。氷川神社では風鈴回廊の他に「恋はなび」「恋あかり」「光る川」というのが見どころらしい。恋はなびという持ち手が2本で火薬部分が1つのやつは先着100名ということで売り切れ。佳奈がケーキなんて食べてるから!と癇癪を起こしていたが、一番食べたがっていたのは自分じゃないか……。その恋はなびをしてるカップルを見て紗織はぽつりと「やりたかったな」と言ったのが印象的だった。
風鈴回廊は紗織が誕生日なんだから良彦は私のものとか言い出して手を引かれて歩くことになったのだが、他の二人も今日は誕生パーティーの一員だということで結局僕は3往復することになってしまった。健司と麻里はその間、二人でその辺をフラフラしてくるといって居なくなってしまった。
「健司のやつ、どこまで行ったんだ」
ちょっと周囲を探してみたけども見つからない。電話をかけても出ない。LINEも既読がつかない。
「あのやろう……」
何となくこうなることは分かっていた。頃合いを見て僕たち4人だけにすると思ったんだ。
「どうする?もう21時近いけど。紗織はもう帰らないと駄目だろ」
「うん……」
「紗織、大丈夫?」
佳奈が紗織を軽く支えて顔を覗き込む。
「ちょっと休憩させたほうが良いかもしれない」
この人混みだ。休ませるにしてもベンチくらいしかない。取り合えすベンチに座らせて様子を見るがかなり苦しそうだ。薬を飲めば大丈夫とはいうものの、横になったほうがいい。
「この辺にホテルとかないのかな」
「ホテルって……良彦くん……」
「違うから!そういうのじゃないから!」
「冗談だよ。ホテルならさっき電話して川越プリンスホテルを予約したよ。4人部屋しか空いてなかったけど、良彦くん、その辺は……その」
「わかってるって」
僕たちはタクシーを拾って川越プリンスホテルに向かってすぐにチェックイン、部屋で紗織を休ませた。薬が効いたのか紗織はすぐに眠ってしまったが、一抹の不安がよぎる。
「僕、病院に電話してくる。なにかできることはないか聞いてくるよ」
「あ、それは私がやる」
佳奈は良彦が電話するのを止めて自分がかけるといい始めた。あの天体観測の夜にベランダでなにか話していたのはそういうことだったのだろうか。そんなやり取りを隣で居ていた瀬里はもしかしたら知らないのは自分だけなんじゃないか、と思って少し不安だった。
「はい。はい。そうです。はい。わかりました。ありがとうございます」
「佳奈、どうだって?」
「薬が聞いて眠ってるのなら問題ないだろうって。でもあまり人混みに入るのは良くないから明日は早めに帰ってきてほしいって」
「そうか」
僕を静止して自分が電話をすると言っていた佳奈は、恐らくは紗織の病状を聞いているのだろう。やはり相当重たい病気なんだろうか。
「良彦くん。ちょっと部屋から出ていってくれないかしら」
「ん?なんで?」
「なんでって紗織の浴衣を着替えさせるのよ!私達も!」
背中を押されて部屋を追い出された。仕方がないのでロビーの売店に行ったけど流石に閉まっていたので人数分のお茶を買って部屋に戻った。
「おーい。そろそろいいかー」
「まだ!」
女の子の準備は時間がかかる。でももう30分は経っている。仕方がないので部屋のドアにもたれ掛かってOKが出るのを待つことにした。
「ねぇ、これからどうする?」
「何が?」
「紗織、こんなじゃない?私達、身を引いたほうがいいんじゃないかって」
「瀬里」
「あ、だよね。ごめんなさい……」
そんなことをしても紗織は絶対に喜ばない。それは分かってる。でも正直なところ、紗織になにか良彦との思い出を高校時代に残してあげたいという気持ちはあった。
やっと開いたドアから中に入ると備え付けのパジャマに着替えたみんなが居たのだが、夏物とあって結構薄い。ちょっとその……透けそうな感じがする。僕も着替えようと思ったのだが、諸々困ることになりそうなので、そのまま寝ると言ってベッドに横向きに寝転がった。あれは健全な男子には危険だ。危険すぎる。
そのあと、瀬里と佳奈に紗織があんなんだからって、それを理由にしないで、と言われて揺れた心を持ち直した。そうだよな。そんなのを理由にされちゃ紗織も嫌だろうな。
「ところでさ。ここの宿泊費、どうするんだ?いくらか聞いてないけどプリンスホテルって高いんだろ?」
翌朝、冷静になって考えるとそんなことが頭に浮かんだのでそのまま言葉に出す。
「大丈夫。一ノ瀬が迎えに来てくれるから」
そうか。紗織をまた電車に乗せるのもアレだし、それが一番いいのかもしれない。
「で。良彦はいつまで部屋にいるつもりなのかしら」
また部屋の外に放り出された。そういえばみんなまた浴衣に着替えるのだろうか。着付け、できるのだろうか。
「瀬戸様」
「市ノ瀬さん。あれ?それ着替えですか?」
「はい。私も着付けは出来ませんし、なによりお嬢様のお友達も、というのは不味いでしょう」
それもそうか。でも瀬里はいいのか……。市ノ瀬さんはホテル代も支払ってくれて車でみんなを送ってくれた。翌日の朝まで忘れてたが麻里と健司は、あの後、二人で帰ったらしい。わざわざおまえ達だけにしてあげたんだぞ、と言われたが紗織の事を話すとすまなかったと謝られた。一緒にいてもホテル代が増えただけだと冗談と一緒に、気にするなと伝えておいた。
病院まで送り届けて、先生に無理をさせて済みませんと謝ったら、許可を出したのは私だから自分を責めないで欲しい、と。
悪いと思いながら出てきた先生の名前で担当科目を確認したら、循環器内科の先生と分かった。循環器だけだとどこの病気なのか分からない。
「なぁ、瀬里は紗織の病気のこと、何か知っているのか?」
「知らない。なんか聞いちゃいけないというか、知って欲しくないって感じだし」
「そうだな。でも今回のような事があったら何か知っている方が良いような気もするんだよな」
「たぶん、それは佳奈ちゃんが知ってるんだと思う。一番介抱してたし」
「瀬戸様。あまり詮索なさるのはご本人の意思に反すると思いますよ」
市ノ瀬さんにも注意されてしまった。明後日の9月2日からは夏休みも終わって2学期の始まりだ紗織は登校してくるのだろうか。
「ねぇ良彦くん。今日ってなんか予定ある??」
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