第21話 病気と浴衣と僕っ子と
「な、なぁ、東金。そこは俺の布団なんだが」
紗織は僕たちの反対側の真ん中の布団を陣取って枕を抱きしめている。
「ここが一番、良彦くんに近い」
「あ!ずるい!」
紗織の位置は僕の頭の真上になるから確かに一番近い。お陰で麻里と健司は真ん中を割かれてしまった格好になってしまった。
今は夜の22時。高校生にはまだ早い時間なので布団に寝転がってあれやこれやの話をしていたら、案の定、佳奈が合宿の夜は恋バナでしょ、と言い始めた。それを健司が肝試しでしょ、と被せて、僕たちは肝試しをすることになったのだが……。
「麻里と俺はセットとして。そっちはなんか……悪かったなこんな提案して」
熾烈なじゃんけん大会が行われている。先に3勝した人が勝ちってことらしい。ここで僕が指名してとかならなくてよかった。
「僕の勝ち!」
じゃんけん大会の勝者は瀬理。僕と瀬理のペアで、最後は佳奈と紗織のペアになった。最初は僕たちが出発。ありきたりだが音楽室と理科室をめぐって帰ってくるというコースにした。
「夜の学校ってなんでこんなに不気味なんだろう……」
「瀬理、怖いのか?ボクっ娘が怖がるのは一般市民的には最高なんだと思うぞ」
「良彦くんは一般市民じゃないの」
「一般市民だから最高って思ってる」
瀬理はちょっと嬉しそうだ。本当のところ、容姿で言えば瀬理が1番の好みかもしれない。しかし、容姿だけで決めてもお互いに幸せになれない気がする。
「ねぇ、紗織、小学校の頃の良彦との約束ってこれ、関係ある?」
佳奈が紗織に見せたものはキャラクターが書かれたコンパクトケースだった。ほかになにか入っていたのだろうが、それは無くしてしまった。コンパクトケースの底に「やくそく」とひらがなで書いてあった。かなり小さい頃から大事にしていたものらしくて、今でも捨てられないでいた。今回の合宿で紗織に聞こうかと思って持ってきたのだ。
「約束……。ごめんなさい。これがなんなのか私には分からないわ」
「そう。ありがとう」
佳奈ちゃんごめんなさい。本当はそれがなんなのか私は知っている。でも教えてあげない。
一番手で出ていた麻里と健司は教室に戻っていた。健司曰く、麻里が怖がってずっと腕を離さなかったらしい。麻里は不本意ながら、と認めつつ、僕たちはどうだったのかを聞いてきた。瀬理は僕の腕を抱くことはしなかったけど、Tシャツの裾をずっと摘んでいた。でもそれは内緒にしておいてあげた。
「さて。そろそろ寝ようか。もう23時だ」
「そうだな。それじゃ、電気消すぞ」
電気を消した教室はひどく静かだった。開けた窓からは夏の夜独特の生温い風が吹き込んでくる。僕は天井を見上げて考える。銭湯で健司と話していたことだ。人を好きになるのはフィーリング。なにか特別なものを感じた相手にすればいいじゃないか、と言っていたけど、特別なものってなんだろうな。守ってあげたいとかそういうのか?佳奈は放っておくと何かしでかしそうで守ってやりたいし、瀬理はなにかくすぐられるものがあって守ってやりたくなるし、紗織に至っては言わずもがなだ。なにを考えても3人それぞれに理由が見つかってしまう。
「寝るか……」
東京と言えども深夜はひどく静かだ。ましてやこの学校の周辺は住宅街。大きな幹線道路も無いので車の音も聞こえない。
「ねぇ、紗織、起きてる?」
「うん。なんだか眠れなくて」
「もしかして……」
「あ、病気のせいとかそういうのじゃ無いから大丈夫」
2人はバルコニーというには狭い教室の外に出た。
「8月だけど、夜の風は気持ちいいわね」
「うん」
「でさ、単刀直入に聞くけど、紗織の病気ってなんなの?」
「心臓の病気。昔から身体は強い方じゃなかったんだけど、高校に上がる前から入退院を繰り返してて」
「そう、なんだ。別にそれを聞いてなにってわけじゃ無いんだけど、その……気になってたからさ。学校とかこうしてる時に何かあったらどうすればいいのか分かってる人がいた方が紗織も安心でしょ」
「ありがとう。佳奈ちゃん。私も聞きたいんだけど、いい?」
「ん?なに?」
「あのね。もし、もしだよ?私が死んじゃったら良彦、佳奈と瀬理のどちらかを選んでくれるのかな」
「その質問には答えられない。死んで逃げるなんて許さないからね.。あと、そんなことは二度と言わないで」
「そっか。そうだよね。ごめん」
「そろそろ戻ろうか」
「うん」
翌朝は全員盛大に寝坊した。朝の7時には起きようと言っていたのにもう午前10時だ。さしあたって予定がないとはいえ、なんか損をした気分になる。布団をもう一回干してから災害準備倉庫に片付けて、僕らは学校を引き上げる。紗織は今日も病院に帰宅となった。夕方から検査があるという。恐らくは泊りがけで出かけたので大丈夫だったのかを確認するとかそういうのだろうと思う。
帰宅後はグループLINEで夏休みの残りは何をするのか、という話題で盛り上がった。海は紗織の負担が大きそうだから却下。でも夏らしいことがしてみたい、ということで夏祭りに落ち着いた。8月31日。紗織の誕生日だ。
僕と瀬里が紗織を病院に迎えに行って、川越駅で他のメンバーと合流。紗織は浴衣を着せてもらっていた。瀬里も浴衣だ。他の女子も浴衣かと思いきや麻里と健司は普段着だった。
「なんだ麻里、浴衣じゃないのか」
「悪かったわね。浴衣じゃなくて。着付けできる人が居なかったのよ」
「俺は着付けできないしな」
同じく普段着の健司がこともなしにそんなことを言っているが麻里もそれに怒るでもなく、練習しなさいよと言っている。浴衣の着付けって下着とか丸見えになるんじゃなかろうか。それとも二人は……。
などとくだらないことを考えながら目的に歩いて入り口に到着。ここまでもひどい混雑だったが、境内は更に人混みに溢れていた。
「これ、縁結びの風鈴のところはもっとすごいことになってるんじゃないか」
「まぁ、仕方ないんじゃないか?夏休みももう終わりだろうし、みんな考えてることは一緒さ。それにしても川越神社って縁結びの神様が祀られてるんだな」
「安産とか結婚とかもあるらしいぞ。今のお前にぴったりだな」
そうだ。これを機会に自分の中でなにかわかればいいんだけども。紗織も誕生日だし。みんな紗織の誕生日について知ってるんだろうか。
「麻里、今日は紗織の誕生日ってみんな知ってるのか?」
「どうだろう。私も良彦にさっき聞いて知ったけど佳奈と瀬里はどうだろう。知ってないと公平じゃないし教えてあげれば?ついでに瀬里の誕生日も聞いておきなさいよ」
「そうだな」
佳奈と僕から今日は紗織の誕生日だから食い物買って食わせて太らせよう、なんて話をしつつ、瀬里の誕生日を聞いてみた。
「9月8日」
「え?佳奈と同じ誕生日なのか。それはびっくりだな。じゃあ、ちょっと早いけど3人みんな誕生日のお祝いをしちゃおうか」
しかし、夏祭りで誕生日のお祝いって何をすればいいのか。ケーキなんて売ってないし、食べる場所もない。境内にMusubi cafeっていうのがあったけども、当たり前のような混雑ぶりだ。
「えね!ここちょっと歩くけど素敵!」
佳奈が検索したのはパティスリー・モン・プレジールというお店。イートインスペースもある。
「お。営業時間は20:00までじゃん。まだ間に合うな行ってみようか。風鈴まつりは21:00までやってるし。遅くなれば空いてくるだろうし」
神社の縁日に来て浴衣でケーキ屋ってのがなんか佳奈らしい。みんなでケーキ屋に行って、ホールケーキを注文。その場で3人分のプレートを書いてもらってテーブルに運んでもらった。
「ねぇ、これ何号にしたの……」
「21号!」
でかくないか?これ、6等分して食べるんだろ?もはやこれが晩ごはんなんじゃないか……。ケーキはわたしが選ぶ!とか言ってたので任せたのが間違いだったか……。それに今日はお前の誕生日じゃなくて紗織の誕生日だ。
「美味しいな。シンプルで飽きのこない味だ」
「良彦は早乙女邸でいつもいいもん食ってんだろ。それで褒めるってことはレベルが高い証拠だな」
「レベルが高いってそんな……」
瀬里がそう言うけど、実際に早乙女邸のご飯は美味しい。店長さんが誕生日ってことで紅茶を振る舞ってくれたけど、これがまたケーキ合っていて最高の組み合わせだった。
「それでは。皆さんご唱和ください」
歌うのか?まさか本当に歌うのか?と思っていたら佳奈が紗織を祝い始めた。とりあえずみんなそれに乗っかって最後は3人におめでと~となった途端に、佳奈はケーキに飛びついていた。本当に食べるものには目がないな。それでなんで太らないのか不思議ではある。それと……紗織は会ったときから心なしか痩せたような気がした。
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