第20話 風呂とパンツと白馬の王子様と
「これは天文学部の合宿です。今回は勉強の合宿ではありません。部活の合宿です」
午後3時に集合した僕たちの中で一番テンションが高かったのは佳奈だった。予備校に行かなくて済むのが嬉しいらしい。予備校の教師からは案の定、この大事なときにと怒られたらしいが、休暇も必要と押し切って来たらしい。
「まずは寝床です!夜遅くに帰ってきて布団を敷くのは面倒くさい!だから今から敷くのです!」
「お前、なんでそんなにテンション高いんだよ……」
「決まってるでしょ。良彦の隣は誰か選手権でしょ。勝者は2名!敗者は1名!」
「お前、ホント隠さないよな。ストレートというか」
健司が呆れている中、三人はノートにあみだくじを書き始めた。丸の位置と線を書き入れていざ。丸を引いてしまったのは紗織だった。というわけで僕の両隣は佳奈と瀬里になったわけだが。なんかここまでされると照れを通り越して恥ずかしい。
夕方の銭湯の時間まで教室でトランプをやったり談笑したりと、本来なら夜にやるようなことをして過ごす。
「ねぇ大貧民やろうよ。富豪になった人は貧民に一つ指示を聞かせるの。拒否は無しね。あ、でもエッチなのも無しね」
健司を見ながら釘を刺して、いざ。ここで僕が富豪になれば紗織に小学校の頃の約束がなんなのか聞き出せるかもしれない。でも自分で思い出して、って言われているようなことを聞いてもいいのか……。
「よし!俺が大富豪だな。大貧民になった佳奈には……。そうだな。良彦のどこが好きなのか言ってもらおうか。これはエッチじゃないぞ」
佳奈は自分が大富豪になって僕に自分を好きだと言わせるはずだったのに!と地団駄を踏んでいた。なんだよそれ。
「私が良彦を好きな理由、これ、言わなきゃ駄目なの?」
「うむ。言い出しっぺは佳奈だからな」
「うう……。良彦、聞きたいの?」
「うん、まぁ。な?」
「なんでそこで断らないのよ。じゃ、仕方ないから話すわね。助けてもらったのよ。良彦に。迷子になってた私を助けてくれたの」
「うぁ……ありきたり。白馬の王子様を好きになったのか」
「うっさいわね。いいでしょ別に。あの頃の私には最高の出来事だったのよ」
「なぁそれ、いつの話だ?」
「ほら、こうなるから言いたくなかったのよ。はい、おしまい。私の話はこれでおしまい。次のゲームよ。次は絶対に私が大富豪になってみせる」
結局、佳奈は大富豪にはなれず仕舞いだった。なにかひどく残念そうだったが、なにか誰かに聞きたいことでもあったのだろうか。
「あれ?お前ら天文学部だろ。なんでこんな時間にこんなところにいるんだ?」
いつぞやのお昼に話した野球部員だ。合宿と軽く説明したら俺も見たいとか言い始めたが、先輩に夜は筋トレだ、と連れていかれた。しかし、夏休みに学食で晩御飯が食べれるとは思わなかった。メニューは肉炒め定食の一択だったが。ご飯の後は休憩して銭湯に。
「銭湯初めての人、居るか?」
多分、早乙女は初めてだろうと思っていたら、意外にも健司と麻里も初めてだという。銭湯のシステムを説明しようとしたが、金払って入るだけだろ?とつまらな返事が帰ってきた。もう少し戸惑ってくれると面白いのに。
学校の近くの銭湯は昔ながらの先頭で番台があるタイプだった。コレは僕も始めてだった。
「おおおお。これが番台。男湯も女湯も見れるじゃないか。おばちゃん、この仕事、バイトとか無いの?」
当たり前のように麻里に怒られて、おばちゃんにもお風呂掃除のバイトならあるよ、と一蹴されて無駄に凹んだ健司だがこれは自業自得だ。
「なぁ健司、さっき佳奈が迷子の自分を助けてくれたって話ししてただろ?まさかあれもお前知ってたりするのか?」
「流石にあれは知らなかったな。でもなんでお前ばかりこんなにモテるんだ?納得がいかねぇ」
「お前には麻里がいるだろ。はっきりしてていいじゃないか。ところで、お前は麻里のどこが好きなんだ?」
「はぁ、案の定聞いてきたか。それを聞いてもお前の欲しい答えは出てこないぞ。俺は麻里の性格が好きなんだ。お前、あの3人から性格で選べるか?」
「うーん……難しいな」
「やっぱりな。そうだろうな。お前、そういうところあるからな。いいか。人を好きになるってのはフィーリングなんだよ。こう、なにかあるだろ、なにか」
「なにかなぁ……3人ともにそれぞれの良い所があるからなぁ」
「そういうのを欲張りっていうんだ。さっさと選べ」
久しぶりの銭湯は気持ちの良いものだった。足を伸ばせるお風呂は早乙女の別荘でも早乙女の自宅でも満喫できたのだが、この開放感というか音の響きというか何故かわからない感覚が好きなのだ。
「こういう感覚なのかな」
「なにがだ?」
「人を好きになるってさ。こう、お風呂はお風呂でも銭湯はなんか特別っていうか。家のお風呂とも宿の温泉よりも僕は好きなんだ。それぞれに良い所もあるけど」
「あいつらは風呂じゃないけど、まぁ、そんな感じなんじゃないのか」
なにか特別なフィーリングか。一番付き合いが長いのは佳奈になるのかな。あ、でも紗織も小学校から一緒だし長いのか。早乙女も昔、一緒に遊んでたらしいから長いっちゃ長いのか。難しいものだな。
「ねぇ佳奈。さっきの迷子の佳奈を助けてくれたっていつ頃の話なの?」
「んーっとね。確か小学校2年生の頃。私がショッピングモールで親とはぐれて右往左往してる所で声をかけてくれたの。良彦の両親もその場にいたんだけど、良彦が私の手を引いて一緒に探そうって言ってくれたの。結局、最終的には迷子センターのお世話になったんだけどね」
「あー、それは惚れるわ。紗織と瀬理はなんであんなヤツが好きなの?」
「麻里ちゃんあんなヤツはひどい」
「あーごめんごめん。で、その瀬理はなんで?」
「秘密。多分、紗織ちゃんも秘密だと思うよ」
「あ、うん」
「なによ。私だけ白状しておしまいな訳?」
「乙女の事情です」
「私も一応、乙女なんですけど?」
女の子の風呂は長い。髪の毛を乾かす時間もあるのだろうが。僕たちは銭湯の定番、コーヒー牛乳とイチゴミルクを飲んで、昭和からあるんじゃないかっていうマッサージ機でグリグリしながら時間を潰した。
「お待たせー。待った?」
「待ったな。で、佳奈は今も水色なのか?どうだった麻里」
「今日は違った。佳奈、色言って良いの?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「佳奈ちゃん、可愛い感じだったよ」
「瀬理!」
可愛い感じか。水色じゃない佳奈のパンツは見たことがないぞ。ちょっと見てみたいと思った僕は健全な男子なのだろう、と思う。帰り道で健司に何色だと思う?と聞いたら本人に聞けと言われたので素直に聞いたら思いっきり蹴られた。
「なんだ白か」
今度は背中を思いっきり引っ叩かれた。水色以外も持ってるんだな。
日も暮れてきてようやく天文学部的な活動の始まりだ。天文台には顧問もいたが、30分もしないで眠いからと消えていった。多分、気を利かせたのだろう。
「やっぱり、これ、すごいな。この前、別荘で使ったやつよりよく見える」
「そりゃこれだけ口径がデカけりゃな。でもこっちは空が明るいから細かい星は見にくいんじゃないかな。それに今日は満月だし」
「東京だと天の川、見れないね」
「そりゃあな。あれは空気の綺麗な場所での特別なものだ。簡単に見えたら有り難みが無くなる。それに月だって綺麗じゃないか」
天文台の大型望遠鏡にカメラを付けてモニターで月のクレーターを映し出している。紗織と瀬理はここまで拡大した月を見るのは初めてとのことで、夢中で見入っている。ぐんま天文台ならもっと見えるのになぁ。
天体望遠鏡でひとしきり月の観測をした僕たちは屋上に出て星座観測を始めた。夏の大三角は東京でも見える。デネブ、アルタイル、ベガ。白鳥座、わし座、こと座。
「私のおとめ座はどこ?」
「紗織、今月末が誕生日だろ?誕生日の12星座ってのは誕生日月には見えないのさ。夏に見える12星座は、てんびん座、さそり座、いて座だ」
「星占いって、その星座の相性で見るんでしょう?」
「実は違うんだ。星占いで使われているのはさっきの黄道12星座じゃなくて、黄道12宮の方なんだ。だから、紗織のおとめ座ってのは星占い的には処女宮になるな」
「へぇ。そういえばなんで良彦くんは星が好きになったの?」
「ああ、小学校頃に学校の屋上で見た星が綺麗で忘れられなくて。それを父さんに言ったら天体望遠鏡を買ってくれたんだ」
「だからいつも遅かったんだ……」
「ん?紗織なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない」
それから僕たちは、僕の1番のお気に入りの方法で夜空を眺めることにした。寝転ぶんだ。屋上の床に寝転がって空を見るんだ。ずっと見てると東京の夜空でも星がたくさんあるのが見えてくる。その瞬間が一番好きなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます