第19話 勉強と宗介と見えない約束と

「なんだかんだで、もう昼じゃないか。夏休みだし、流石に学食はやってないだろうなぁ。野球部連中とか昼飯どうしてるんだろうな。今、夏季合宿やってるんだろ?」


「さあな。聞いてみればいいじゃないか」


木陰で休憩していた部員に2階のこの教室から話しかけたところ、学食はやってるし、夜ご飯も食べれるとのことだった。


「学食のおばちゃん、大変だな……」


昼食を済まして、ようやく目的の勉強会のスタート。予備校組は予備校のテキストで勉強している。紗織と瀬里、僕は買ってきた赤本を解いている。最初の1時間は各自で。次の1時間は答え合わせをしてわからないところを教え合う、ということにした。問題を解いている最中、僕は例のことを考えていた。


この中から誰かを選ぶなんて、なんか偉そうだよな。でも選ばないといけないんだよな。仮に誰かを選んだとしたら、そのあとどうなるんだろう。一度佳奈と付き合うことになっても、みんなバラバラにならなかったから大丈夫なのだろうか。それに、小学校の頃の約束ってなんだろうな本当に。健司は聞いてるみたいだったけど。紗織との約束か……。ろくに話してない記憶しかない。ましてや約束なんて……。


タイマーが鳴って1時間が終了した。答え合わせをやってみたが、考え事をしていて結果は散々だった。


「おー。なんか良彦が厳しい結果になってるぞ?ほら、俺を見ろ。8割正解だ」


「健司、そここの前の夏季合宿で一度やったところじゃない」


「何を言うか。最初は6割だったのが8割になったんだ。人はこれを進化と言うんだ。そういうんなら麻里こそどうなんだよ」


「私は違うところをやってたから……」


「なんだよ。見せろよ。このあとわからないところを教え合うんだろ?見せてくれなきゃできないじゃないか」


「私はあんたに教えてもらう気なんてないわよ」


健司と麻里は付き合ってるんだよな。恋人同士ってあんな感じなのかな。なんてそんな二人を眺めていたら佳奈から羨ましいの?と聞かれた。


「羨ましい、というより、あれが恋人同士なのかって考えてた。なんかいつもの僕たちと変わらないなって。何が特別なんだろうな」


「はぁ……。それがわからないのかぁ。先は遠いなぁ。早くしないと卒業しちゃうよ」


そんな佳奈と僕のやり取りと見ていた紗織は早乙女とノートの交換をしていた。しばらくするとまた交換。何をしてたんだろう。


「でさ、天文学部の合宿はいつやるんだ?」


「そうだな。今は8月13日だろ?週末はお盆だから先生がだめだ。だとしたら19日の週じゃないか?」


「じゃあ、21,22でどう?」


「その日なら予備校休めるから大丈夫。怒られそうだけど。紗織は大丈夫なの?」


「事前に言えば。検査の日とかじゃなければ大丈夫だと思う」


検査。本当に紗織は病人なんだな。病状とか病名は聞いてないし、聞いちゃだめな気がして誰も聞いていない。検査が必要なくらいでずっと入院してるんだから軽い病気ではないのだろう。

その日は布団を取り込んで夕方の5時にお開きとなった。みんなで紗織を病院まで送っていって駅まで歩く。


「それにしても東金のやつ、いつから入院してるんだろうな。良彦、お前、中学の頃は同じバスで見かけていたんだろ?」


「ああ。中学3年になってからは見なくなった。てっきり時間を変えたのかとか思っていたんだけど、もしかしたらその頃からだったのかもな。両親も事故で亡くしてるし」


「なにそれ?初めて聞いた」


そうか。みんなには母さんから聞いた話をしていなかったのか。プライベートなことを勝手に話すのはまずい気がしたが、そこまで言ってしまったので話すことにした。


「そうなんだ。バスの事故で……。」


事故で両親を亡くして、本人は重い病気。紗織が一体何をしたっていうのか。駅で帰宅方面が別れて瀬里と僕は上り方面。他は下り方面。帰りの電車の中で瀬里に紗織が言っている小学校の頃の約束ってなんなのか聞いているか確認してみたけども、それは自分で思い出すものでしょ、と言われてしまった。瀬里は気にならないのだろうか。聞いていないのだろうか。


早乙女邸に戻ると、瀬里の父親が帰っていた。諸々が終わって帰宅が許されたらしい。特段、僕はなんの迷惑も被っていないのだが、引っ越しさせてしまって済まなかったとか、瀬里を匿ってくれてありがとうだとか、ものすごい勢いで謝られた。夕食は主の帰還を祝ってなのか、普段より豪華なものだった。またスプーンとフォークが並んでいる。遠慮せずに食べてくれ!と言われたが、次々に運ばれてくるのだから食べないという選択肢はない感じだ。

食事をと入浴を終えて、お気に入りのシングルシートに座っていたら、瀬里のお父さんに話しかけられた。最初はまた謝罪から始まったが、本題は瀬里の男装についてだった。


「一ノ瀬さんから聞いてます」


「そうか。それでは話が早いな。宗介、という名前に聞き覚えはないか?」


「宗介ですか?」


「そうだ。君と小さな頃に遊んでいたはずなんだ。聞いてると思うが、君のお母さんはこの屋敷で働いていてね。小さな頃は君もこっちに来て宗介と遊んでいたんだよ」


そこまで聞いて、幼い頃に亡くなったという瀬里の弟のことだとわかった。


「申し訳ないのですが……」


「そうだろうな。あの年齢だ。覚えている方が無理というものだ。それで、その宗介が君へと預かっていたものがあってな。これだ」


そう言って手渡されたのは一通の手紙だった。手紙と言ってもメモ帳を二つ折りにしただけのものもだったけども。僕はそれを受け取って開いてみたが……。


「読めない、ですね」


「そうだな。あんな幼子が書いたものだ。正直私も読めないんだ。それは良彦くんに書いたものだって聞いたのでな。なにかわかるかと思ったのだが」


「すみません。お役に立てなくて」


そう言って手紙を返そうとしたが、それは宗介が君にと書いたものだから貰っておいて欲しい、と言われて瀬里のお父さんが居なくなったあとも、その文字なのか絵なのかわからない手紙を眺めていた。


「それ、宗介の手紙でしょ」


後ろから瀬里に話しかけられた。


「ああ。さっきおじさんから貰った。瀬里はこれ、なんて書いてあるのか分かるのか?」


「ちょっとだけね。多分これは良彦の似顔絵。で、こっちが多分私。下に書いてあるのは文字だと思うんだけど、なんて書いてあるのかよくわからないわ。多分、お礼の言葉とかだと思うんだけど」


「お礼か。僕はなにか宗介くんに礼を言われることをしたのかな」


「そうね。あれだけ遊んでくれたんだもん」


「瀬里は僕のこと覚えていたのか?」


「そりゃね。あれだけ遊んでいれば。良彦くんこそ僕のこと、覚えてないの?」


「うーん……。すまん。覚えてない。実は小学校の頃はあまりいい思い出がなくて。思い出さないようにしてたら本当思い出せなくなっちゃって」


念の為、瀬里にも紗織と僕の小学校の頃の約束がなんなのか聞いてみたけども、なんだろうね、とだけ言って瀬里は去ってしまった。僕はこの屋敷に来ていて、瀬里とも面識があった。もちろん紗織とは同じ小学校だったのだから面識がある。でも健司とはどこかで会っていたのか?なんかあいつも紗織との小学校の頃の約束を知っている感じだし。雰囲気的に佳奈も聞いたのか知っているような感じだ。何も知らないのは僕と麻里だけってことなのかな。一番の当事者は僕だってのに。

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