第18話 呼び名と合宿と約束と
翌朝、朝一番になるように登校した。瀬里が準備してるのを見計らって先に家を出たのだ。掃除してから一度も使ってなかった天文学部の部室みたいな教室で勉強するためだ。
「誰もいないな。まずはいつものように戻れるか、だ。」
僕が座っているこの席の周りにみんな集まる。隣の席の佳奈は当然来るだろうが東金、じゃなくて紗織と瀬里はこちらに来るのだろうか。
「おはよう」
最初に来たのは健司と麻里。僕の席に来た途端に、例の件について聞いてくる。僕はありのままを話した。
「最悪の結果じゃねぇか。知ってるか。それが泥沼ってやつだ」
続けて麻里が僕になにか言おうとしたときに紗織がやってきた。こちらには来ない。窓際にもたれかかってこちらを見ている。僕の方から歩いていって挨拶をした
「おはよう。紗織」
名前で呼ばれた紗織はびっくりしたような顔のあとにちょっと嬉しそうに挨拶を返してくれた。そんな僕たちを見ながら瀬里も教室に入ってきた。
「瀬里、おはよう」
紗織は何かを察したようで、小さく「そうなんだ」と呟いたような気がした。
「みんなのところに行かないか?」
僕が何をしているのかはわかってる。でもあの6人の日々が壊れるのも嫌だ。
「おう。佳奈から聞いたぜ。良彦。モテモテじゃねぇか。お前は俺の瀬里ちゃんまで奪うのか」
「健司?」
麻里の顔が怖い。
「私、まだ良彦くんを捕まえられてない」
瀬里も真面目に答える。
「うぉー……良彦、これは本気の目だぞ」
この場ではっきりいう瀬里は強いな。それを見て紗織は一歩引いてるように見えた。
「瀬里に紗織、ねぇ……ふぅーん」
机に突っ伏して腕の上に顎を乗せた佳奈はそう言うと立ち上がって二人に握手を求めた。
「負けないから」
すぐに座ったまでは格好良かったんだが、スカートの裾が椅子の背もたれに引っかかってパンツが丸見えになってしまった。
「水色か」
思わず口からこぼれてしまって真横に立ってた僕は脇腹に思いっきり肘鉄を受けてしまった。
「佳奈さぁ、あんたなんでいつも水色なの?なんか理由でもあるの?」
「とくにない!ってか水色水色言わないでよ!恥ずかしいから」
瀬里が笑ってる。そんな柔らかいいつもの雰囲気を感じて紗織も安心したような顔をしている。良かった。とりあえずはこの仲間がバラバラになることはなかった。良かった。
この前まで勉強合宿で山ごもりしてたってのに、わざわざ集まって勉強をしようなんて言い始めたのは佳奈だった。この前はとても勉強どころじゃなかったしな。場所を誰かの家じゃなく、学校にしたのは紗織のことを考えてだろう。
「それにしても暑いな」
「8月だからな。冷房もさっき入れたばかりだし」
外からは野球部の練習する音と蝉の声が聞こえた。なんかとても夏の空気を感じる。
「お!やってるな!夏休みなのに学校に集まって勉強なんて先生嬉しいよ。これ、差し入れ。みんなで食べてくれ」
教室のドアが開いて誰だろうと思っていたら天文学部の顧問だった。差し入れはジュースとスナック菓子。いい機会だからちょっと聞いてみる。
「夏休み期間って日没後に天文台って使ってもいいんですか?」
「そうだな。今の季節だと8時以降になるな。観測してから帰るには遅い時間になるので許可できん。だが、この教室に宿泊なら許可する。俺が引率すれば学校の許可も降りるだろう。なんだよ。なんか問題でもあるのかよ。俺は当直室で寝るから安心しろ」
一同、安堵の息を吐く。先生が同じ教室で寝ると息が詰まる。
「先生、布団とかお風呂とかどうするんですか?」
「布団は災害避難用の物があるからそれを使え。しばらく仕舞ってるものだから先に出してそこに干しておけ。お風呂は部室棟のやつを使ってもいいし、あそこの銭湯を使うのでもいいぞ。銭湯なんてなかなか入る機会もないだろうからいいんじゃないか?俺は銭湯に行くぞ。ちなみに俺はお盆はだめだぞ。実家に帰るからな」
そのあと、日程が決まったら職員室にいるから連絡してくれとだけ言って教室から出ていった。
「災害用の布団って、災害用ってかいてある倉庫のところかな。職員室に行って鍵とか借りないとじゃん」
職員室に僕が向かって他の面々は倉庫に向かった。
「なぁ、東金。あいつ、本当に覚えてないって言ってたのか?」
「うん」
「ひでぇやつだな」
「なんのこと?」
佳奈に東金、早乙女はなんとなく察した顔をしていたが、麻里だけが蚊帳の外という表情をしていた。
「いや実はな……」
「遅くなってごめん。鍵、借りてきたぞ。ん?なにかあったのか?」
「いや、別に。晩飯はどうするんだろうなって相談してただけだ」
確かに晩御飯はどうするんだろう。家庭科室で料理でもするのか?いや、なんか買ってくる感じだろうな。
「うわ、なんかホコリとカビの入り混じったような匂いだな。こんなの災害時に使うつもりなのかよ……」
「流石に夏だからな。敷布団とシーツ、そこのタオルケットでいいんじゃないか?」
各自教室に持って……行こうと思ったのが、女の子にこれはキツイだろうってことで、シーツとタオルケットだけ頼んで、敷布団は健司と僕で運ぶことにした。
「なぁ、良彦。お前、小学校の頃のこと、本当に覚えてないのか?」
「なんだ健司まで。東金に、じゃなくて紗織になにか聞いたのか?」
「まぁ、そんなところだ。なんか大事な約束なんじゃないか?もしかしてその約束があるから3年になってから、この学校に転入してきたんじゃないのか?」
「うーん……。本当に見覚えが無いんだよなぁ。あと、この学校に来たのは、病院が近いからじゃないか?学校まで数分だし」
「ああ、それもあるかもな」
男二人はそんな話をしながら教室に布団を運ぶ。6人分あるから3往復だ。夏にこの作業は結構辛い。
「ねぇ、紗織。小学校の約束ってなんなの?なんか佳奈と瀬里も知ってるみたいな感じだったけど」
東金は話してもいいものか、と二人を眺める。
「うーん……それは良彦自身が思い出してほしいかな。麻里には悪いけど、それまで私達は誰にもなにも言わないことにしているの」
「ふーん」
麻里は健司があんな場所であんな話をするから気になっちゃったじゃない、と文句を言いたくなったが、当の本人はここに居ない。
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