第17話 ケジメと修羅場と宣戦布告と

「十中八九、佳奈」


東金は確信した顔で覚悟を決めた、という息をついた。

ドアを開けるとそこには案の定、佳奈がいた。シャツの裾を握って下を向いている。


「佳奈。あのな?これは……って!!」


思いっきり頬を叩かれた。そのあと、思いっきり抱きしめられた。


「ばか、ばかぁ……。良彦のばかぁ……」


「佳奈、本当に良彦は佳奈を驚かそうと思って……」


「驚いたわよ。これ以上にないくらい。心臓がどうにかなりそうだった……」


「佳奈……ごめん。僕は……」


「ねぇ、良彦?私の事、好き?」


抱きついた佳奈が少し離れて上目遣いでそう聞いてきた。思わず生唾を飲み込む。ここで戸惑っていたら、更にまずいことになる。


「好きだよ?当たり前じゃないか」


「本当に?」


「ああ」


そう言って僕は佳奈を抱きしめた。後ろに居た東金はそんな様子を見て安堵と悲しみの入り混じった気持ちに支配された様な顔をしている。

そのあと、電動自転車の後ろに佳奈を乗せてホテルまで送り届けたら玄関ホールには健司と麻里が待っていてくれた。


「佳奈から「今から言ってくる」ってLINEが来たときはびっくりしたわよ。で?あなたたち、仲直りしたのね?」


「大丈夫。私は大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」


「佳奈が謝ることじゃない。原因は僕だ。健司、麻里、色々と迷惑を掛けた。ごめん」


「謝る相手が違うだろ」


「佳奈もごめん。本当にごめん。軽率だった。僕たちは今日帰るから」


「帰らないで」


佳奈から意外な返事があった。帰らずにそのまま別荘で勉強合宿を続けて欲しいとのことだった。別荘に帰ってそのことを早乙女と東金に伝えると、顔を見合わせてそりゃそうでしょ、という反応をしていたけど、なんでそうなるのか僕にはわからなかった。

朝食を終えて、バルコニーで今朝のことを考えていたら東金が声をかけてくる。


「健司くん。今朝のことなんだけど、佳奈に私の事好き?って聞かれた時、本心で好きって返した?」


即答できなかった。佳奈のことは嫌いじゃない。でもあの場を納める為に僕はそう言ったのか?


「健司くん、あれ、あの場を納めるために言った、なんてことはないよね?」


今考えていたことと同じことを東金に言われてドキリとした。確かに僕はあの時「このままじゃまずい」という気持ちがあった。でもあれはこれ以上、佳奈を悲しませたくないからそう思ったんだと思う。


「そんなことないさ。あれ以上、佳奈を悲しませるわけにはいかないだろ?」


「そう……。朝ご飯、作ってくるわね」


高原の朝は7月だというのに肌寒いほどだった。このまま、佳奈とぎくしゃくするのはイヤだしな。この際、ハッキリさせておいた方が良いかも知れない。


「ハッキリ、か。僕はどうしたいんだろうな……」


朝食は不思議な空気だった。早乙女は僕たちの様子を見るような感じ。東金は僕の様子をうかがう感じ。その視線を感じて僕もキョロキョロしてしまう。


「東金、俺はどうしたらいいと思う?」


「どうしたらって?」


「いや、今朝のこと。佳奈にこれからどんな顔で会えばいいのかなって」


「はぁ……。良彦くん、それを今ここで東金さんにそれを聞くんだ……。東金さん、これ、ハッキリ言わないと分からないと思うよ。良彦くん」


「そうね。そうよね。分かった。私もけじめをつける」


そう言うと東金は僕の横に来て、一息付いてからこう言った。


「良彦くん。私はあなたが好き。あなたのことが好きなの。好きでした、じゃなくて、好き、なの。今も好きなの」


「えっと……」


好意を向けられているのは分かった。でも真正面から言われるとは思ってもみなかった。違う。僕は逃げていたんだ。ハッキリさせるなんてさっきは思ったけど、ハッキリさせられるのが怖かったんだ。だから佳奈にもあんな態度を取っていたんだ。


「ねぇ、ここで僕も良彦君のことが好き、って言ったらどうする?」


僕は頭が真っ白になった。佳奈と僕は付き合っていて、東金はそんな僕のことが現在進行形で好き、それに加えて早乙女まで僕を好きと言ったらどうするか??どうすればいい?


「僕は……」


それは突然のことで僕はなにもできなかった。早乙女が119番に電話して付き添いで救急車に乗って行ってしまった。僕は独り別荘に残されて今起きたことの整理で必死だった。


「まずは連絡だ。市ノ瀬さん、健司に佳奈、麻里に連絡だ」


市ノ瀬さんはすぐに車で向かてっくれるとのことだった。それから30分後に佳奈から電話が掛かって来た。


「ねぇ!?なにが起きたの!?紗織は大丈夫なの!?瀬里は!?紗織に何かあったら私……」


「分からない。朝食の最中に東金がいきなり倒れて……。早乙女は付き添いで一緒に救急車に乗っていった。どこの病院に行くのか分かったら連絡してくれる事になってる。あと、市ノ瀬さんにも連絡を入れてある。今、こっちに向かっているはずだ」


「でも、もう1時間でしょ!?病院までそんなに時間がかかるものなの!?」


「(佳奈、良彦もそれ以上は分からないわよ。休み時間も終わるし、連絡を待ちましょう)」


後ろで佳奈に話しかける麻里の声がする。その後しばらくして早乙女から連絡が入った。最初、小さな病院に行ったんだけど、対応しきれならしく。それで私立甲府病院に行ったと聞いたところで、健司たちにそれを連絡したらタクシーで向かうと返信があった。

そのあと更に早乙女から連絡が入って主治医のところに行くためにドクターヘリで主治医のいる病院へ行ったらしい。


健司たちもタクシーで私立甲府病院にやってきたが、既に東金はドクターヘリで東京の病院に行ってしまった後だった。


「紗織ちゃん……私はどうすればいいの……」


僕たちは東金の親族ではないので、病状を詳しく聞くことは出来なかった。市ノ瀬さんが到着して、佳奈達も帰ると言っていたが、帰っても出来ることはない、と市ノ瀬さんが諭して合宿終了までホテルに残ることとした。



週明けの月曜日、病院の一室に6人が集まった。


「なんかごめんね。心配かけて」


「もう大丈夫なのか?」


「うん。最近は調子よかったんだけど。ちょっと疲れちゃったのかな」


この病院は学校のすぐ近く。多分、東金はここから学校に通っていたのだろう。自宅に行っても居ないわけだ。


「東金。それでさ。あのことなんだけど」


佳奈もいる場所でハッキリさせたほうがいいかと思ったんだけど、余計に疲れさせちゃうからと早乙女に止められた。病院を出たあとに健司になんのことか聞かれたので、佳奈と麻里には言わないでくれと念を押して内容を伝えた。


「はぁ……やっぱりそうなったのか。もう一回聞くけど、本当にお前、思い当たるフシがないのか?」


「うーん……佳奈は何となく分かるんだけど、東金は小学校の同級生で中学の頃に通学が一緒で……最近、クラスメイトになった、としか」


「そうか。俺からは何も言えないからな。なんにしても。選べよ。きちんと。そうしないと二人共不幸になっちまう」


「わかってる」


さっき早乙女から直接聞いたんだけど、何気なく「僕も参戦したからね」と言われてちょっと頭が痛くなってしまった。


病院からの帰り道で、いつものファミレスに寄って諸々話をしようと麻里が提案してきたけど、自分の頭を整理したいこともあって、僕は先に家に帰ることにした。


「ねぇ健司。良彦帰ったけど、あれどう思う?」


「そうだなぁ。なんか迷ってる感じだったな。多分、病気を抱えてる東金と、佳奈、どちらに心を向ければいいのか悩んでるんだろうよ。あいつ、こういうのは初めてだからな」


「こういうときは病気とかそういうのを抜きにして比べてほしい、と東金さんは思ってると思うんだけどなぁ」


「ああ、俺もそう思う。そのへん、良彦は鈍いというか無駄に気を回すというか。なんにしてもどちらかを選ばないとこじれるだけだろ」


良彦は自宅に帰って、別荘での出来事を思い出す。


"「良彦くん。私はあなたが好き。あなたのことが好きなの。好きでした、じゃなくて、好き、なの。今も好きなの」"

"「ねぇ、ここで僕が良彦君のことが好き、って言ったらどうする?」"


東金、あれは本気だたんだと思う。で、次の早乙女の言葉だ。あれは僕の返事を急かすためにいたのか、本心だったのか。でもさっき僕も参戦するとか言ってたし。


「んあ~!わっかんねぇ!」


「うるせぇよ!クソ兄貴!」


そうだ。弟がいるじゃないか。一応相談してみるか。


「そうだな。その東金さんってのは間違いなく本気だな。で、もうひとりの……なんとかさんは半分本気、ってところじゃないか。はっきりいうと、その場の空気が混乱するから、でもここで言わないと一生言えないって思ったんじゃないのか」


最初は3人に告られるとか俺をバカにしてんのか、とか罵倒を浴びせられたけど、最終的にはちゃんと相談に乗ってくれた。


「あと。兄貴。これ、早々に答えを出さないとこじれるぜ。それと、その東金さんって人、病気だからってそれを理由にしたら絶対に駄目だぜ」


なんだかんだ言って経験者の弟のほうが僕よりも女心がわかっているような気がした。

お風呂の中で今後のことを思い返す。まず「東金と早乙女から言われたことを佳奈に話すのか」だな。佳奈のことだから東金のことを話したら一歩引きそうな気がする。麻里はそれを良しとしないだろう。東金から佳奈に伝えたらどうなる?これもまた佳奈は一歩引きそうな気がする。結局誰が言っても佳奈は一歩引きそうな気がする。


「はぁ。まただ。誰かに頼ろうとしてる。自分で決めなきゃいけないのに」


翌日、僕は意を決して答えを持って3人に会った。天文準備室に3人共来てもらった。まずは意思確認、と思ったのだが、自分で君たちは自分のことが好きなんだろ?とはとても言えない。「集まってくれてありがとう」までは言葉だが出たけども、続きの言葉が出てこない。


「良彦。私、なんでここに呼ばれたのかわかってる」


先鞭を切ったのは佳奈だった。


「私も」


次は早乙女。東金はそれを見て何か言おうとしたが、ぐっと言葉を飲み込んだように見えた。


「良彦。ここにいる3人はあなたのことが好き。それがわかった良彦はここでハッキリさせる。そういうことでいいかしら。前提上の彼女である私がこんな事言うなんて不本意極まりないんだけど」


「すまん」


「謝ってないで答えを聞かせて」


いつかは修羅場になるのだ。ここを乗り越えないとみんなとの時間が崩れ去ってしまう。


「僕は……正直、選べない。分からないんだ。好きってなんなのか分からないんだ。一緒にいたいとか沢山お喋りしたいとか、それはみんなに感じることだし……」


「ねぇ、良彦。あなた、ここで私に抱きつかれてどんな気分だった?」


「うれしかっ……た?」


「はぁ……。やっぱり」


「情けないよな。でも今の僕は選べないんだ。本心を言うと佳奈、お前は東金に遠慮して引くだろ。早乙女、お前はそんな佳奈を見て引くだろ。東金、お前は病気が理由で選ばれるなんて不本意だろ。わがままだけど、僕は対等な立場のみんなの中から選びたい。おこがましいことを言ってるのはわかってる。これでみんなの心が離れてしまうかもしれない。でもそれを有耶無耶にしたまま、無理やり答えを出すのは失礼だと思う」


僕は昨晩、寝ずに考えた末の結論を伝えた。3人はどうしたものか、という表情で顔を見合わせている。


「わかった。僕は良彦くんと一緒に住んでる。東金さんはこんな事言いたくないけど今の状況がある。佳奈ちゃんは良彦くんと彼女"だった"経緯がある。みんなそれぞれ有利なところを持っている。卑怯な言い方だけど、僕は僕なりに行動することにするよ。佳奈ちゃんと東金さんは?」


「私もそうする。絶対に負けない」


「私は……病気を理由にはしたくないけど、この小学校からの想いは絶対に譲らない」


ドアの外では麻里と健司が聞き耳を立てていた。


「麻里、これどーなのよ。全員宣戦布告してんじゃん」


「私の予想では優柔不断の良彦が全員にこてんぱんに振られると思ったんだけど。あ。話が終わったみたいだから準備室に隠れるわよ」


自宅、というか早乙女邸に戻ると先に帰った早乙女がリビングで雑誌を読んでいた。僕をチラッとみたけど、すぐに雑誌に目線を落とした。


「な、なぁ早乙女」


「瀬里」


「え?」


「私の名前は瀬里。佳奈ちゃんは名前で呼んでるのに、私は名字なのは納得できない。あと、同じ土俵に立つのなら東金さんのことも紗織って呼ばなきゃだめ」


「わかった。なぁ瀬里。さっきのことなんだけど、念のために聞くけど、さお、じゃなくて瀬里も本気なんだよな?」


瀬里は僕をじろりと眺めたあとに雑誌に目線を落として「本気」とだけ言ってあとは返事をしてくれなかった。あの吉祥寺での出来事がなければ。僕が冗談を言わなければ。そんな考えが浮かんだけども、一度口から出た言葉は取り消すことはできない。だから、このあと、3人に言う言葉も取り消すことはできない。

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