第16話 料理とまずいと大号泣と
「ごはんです」
東金が呼びに来た。なんか機嫌が悪い気がする。もしかして何度か呼ばれていたのかもしれない。素直に謝罪してダイニングに向かうと献立通りの料理が並んでいた。
「東金、すごいじゃない。ちょっとどころか完璧にできてるじゃない」
「味は保証しないわよ」
やっぱり機嫌が悪い。でも昔の東金はそんな感じだった気がするし気のせいだろうか。
「(なぁ、東金、なんか機嫌が悪くないか?)」
「(そうなの。なんでかわからないけど、さっきから機嫌が悪くて。理由が分からないから僕も下手なことが言えない)」
早乙女も理由が分からないという。そんな状況で会話のない食事が進む。流石に食べにくい。ここは聞くべきだ。至らないことがあれば謝れば良いのだ。
「な、なぁ、東金さん?なんかさっきから機嫌があまりよろしくないようですが、なにか起きに召さないことでも?」
「なんで……もない。なんかごめんなさい」
向こうから謝られてしまった。ということは理不尽に怒っていたということなのだろうか。ここはきっちり確認しておかないと、これから一週間の雰囲気が悪くなる。
「東金さん?もしよろしければ何があったのか、教えて頂くことは出来ますでしょうか?」
理由がわからないのだ。あくまで低姿勢に。そんなやり取りを早乙女はキョロキョロとお互いの顔を追っていた。
「言わなきゃダメ?」
「できれば」
「ずるい。だって、その」
ずるい。天体望遠鏡のことかな。一ノ瀬さんは僕にだけ色々と用意してくれてるし。続き
の言葉を待つ。
「その?」
「(着替え)……」
よく聞こえない。
「あ!紗織ちゃん!それは違うの!私は洗濯係だから!」
ん?事情が飲み込めないぞ?洗濯係がずるい?2人で決めたんじゃないのか?
「東金、料理を作るのが大変なら僕も手伝うぞ」
「ほんとに?」
それから東金はいつもの東金に戻って最初に食事を再開した。ずるいって何のことだったのだろうか。晩御飯を食べた後、お風呂を先に入って勉強合宿なので勉強。今度は着替えを忘れなかった。
「あれ?2人はそれぞれ違うシャンプー使った?」
少し違う匂いがする。東金はどことなく甘い匂い。早乙女は柑橘系というか爽やか系の匂い。香水ってことはないだろうし。
「ほら、気がついてくれた」
「僕の負けかぁ」
東金は僕が気がつく、早乙女は僕が気が付かない、で賭けをしていたようだ。何を賭けていたのか教えてくれなかったが、女の子の秘密に踏み込むのも悪いだろう。
「ねぇ、良彦くん、ここってどうなるの?」
「ん?どこ?ああ、ここか。ここは……」
隣の席に座る東金に聞かれたところを教える。
「おい、東金、聞いてるか?」
「あ、うん。ごめんなさい。もう一度いい?」
早乙女からもそのあと質問があったので教えに回る。机が大きくて教える時には反対側に回らなきゃならない。3人なら天文台準備室のこたつ机みたいな小さなヤツのほうがやりやすいんだが。
「おい、早乙女、聞いてるか?」
これ、さっき東金にも言った気がする。この2人は何をやってるんだ。
「あ、そういえば、食材買い出し中に健司たちが夏期講習合宿してるホテルを見てきたぞ。結構大きなホテルだった。健司たちは勉強中だったみたいでロビーには誰も居なかったな」
「え?そんなに近いの」
「ん?ああ。僕もそんなに近いなんて思いもしなかったけど。自転車でここから15分くらいだ。いきなり行って驚かそうと思ってるんだけど、どの時間に行けばいいかな。健司から時間割聞いてないんだけど、佳奈と麻里からなんか聞いてる?」
東金と早乙女は顔を見合わせている。
「ね、ねぇ良彦くん?確認なんだけど、この別荘での合宿、佳奈には言ってないの?」
「ん?ああ。先に言ってしまったらドッキリにならないじゃないか」
2人はまた顔を見合わせて何かを話している。
「(どうするのこれ。絶対にまずいでしょ)」
「(どうするって言っても。てっきり佳奈さんには良彦くんから言ってるものだと思ってたから)」
「良彦くん。本当に佳奈さんにはなにも言ってないの?それってかなりまずい気がするんだけど……」
「そう?だって、二人共、佳奈が知らない人じゃないし」
「そうなんだけど、そうじゃなくて……」
二人共どうしたものか、と神妙な面持ちになっていた。
「良彦くん、私から麻里と健司くんに伝えるから、佳奈には良彦くんから伝えてもらえる?」
伝えてしまったらドッキリにならないじゃないか。でも連絡を取らないと会えないか。仕方がない。
「で、いつ連絡をとるんだ?」
「今すぐ。ここで。早めのほうがいいと思う」
まず連絡が来たのは健司からだった。LINEじゃなくて電話がかかってきた。
「お前、マジか。なにやってんだよもう……。これ、佳奈は知ってるのか?」
「ん?ああ、さっきLINEした」
「あ~、もう手遅れなのか……。ちょっと佳奈の様子を見てくるから、このまま電話を切るなよ!」
東金さんにも麻里から電話がかかってきているようだ。同じく佳奈の様子を見に行くとのことだった。しばらくしてスマホから声がしたので、耳をあてると、今まで聞いたことのない佳奈の声がした。
「どういうことなの……。ねぇ、なんで?私の事、嫌いになったの?やっぱ紗織の方がいいの?」
受話器の向こうで泣きじゃくった佳奈の姿が目に浮かんだ。その様子を見ていた東金と早乙女は大きなため息をついて受話器の先の麻里と何か話をしていた。
「東金さん?まぁ、お察しの通りになってるんだけど、これからどうする?まぁこんな時間だし、帰るに帰れないと思うけど。明日以降、どうする?」
「私達、謝りに行ったほうがいいかな?」
「うーん……、今はやめておいたほうが良いかな。明日の午後は自由時間になるから、その時にまた。今日はそっとしておく方が良いと思う。今、電話で良彦がフォローしてるんでしょ?」
「それが……」
僕は戸惑った。佳奈のこんなに泣いている声は初めて聞いた。それに、いきなり行ってびっくりさせてやろうかと思っていたのに、こんなことになるなんて。佳奈は自室に閉じこもって出てこないという。お陰で同室の麻里も部屋に入れなくなってしまったと。
「なぁ、健司、僕はどうしたら良いと思う?」
「そんなの自分で考えろって言いたいところだけど、お前、今なにが起きてるのかちゃんと理解してないだろ。よく考えろ?自分の彼氏が付き合い始めて早々に友達とは言え他の女の子2人と泊りがけでお出かけだぞ。焼きもち通り越して悲しくもなるだろうよ」
「でも……」
「でもじゃねぇよ。早乙女はまだしも、東金がまずい。前から言ってたろ?どちらか選べって。そういう意味だったんだぞ。気がつけよいい加減」
その日の夜はベッドに寝転がって色々と考える。本来ならこの時間はあの天体望遠鏡で星を眺めてるはずだったのに。それに、健司の選べっていうのはどういう意味だったんだろう。あれが未だに分からない。健司は佳奈と東金の両方から相談でも受けていたのだろうか。そもそも東金は僕のことが好きだったのだろうか。いや、今でも好きなのだろうか。だとしたら確かにこの状況はまずい。佳奈が東金の気持ちを知っているのなら尚更まずい。直接東金から佳奈に「なんでもないから」って言ってもらえば解決するのか?でも東金がまだ僕のことを……。
堂々巡りだった。もう一度、健司に電話して相談したけど「そこは自分で考えろ」と言われてしまった。僕は佳奈に謝罪のLINEを送って既読がつくのを待っているうちに眠ってしまっていた。
キンコーン
呼び鈴が鳴っている。時計を見ると早朝4時だ。こんな時間に呼び鈴。誰だろう。眠い目をこすって玄関ホールを目指すと、途中で東金に出会った。
「誰だと思う?」
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