第15話 買い物と回るパンツとピンチの僕と
「ああ。早乙女はその様子だとダメだな?東金はどうだ?」
「えと……。簡単なものなら」
この前の様な感じで、と思っていたのだが、早乙女家があんな事になっていて、今回は派手なことは出来ないとのことで、こんな状態になったわけで。まぁ、仕方がない。前回が特別すぎたんだ。
「しかし、一週間か。勉強っていうより、一人暮らしの修行みたいだな」
まずは食材の買い出し。これをしないと始まらない。一ノ瀬さんには一番近い食料品店を教えてくれてはいるけど……。
「な、なあ、この店、遠くないか?」
簡略な地図に書かれた食料品店は、見た目近く見えるが縮尺を見直すと10kmはある。しかも、この山の中だ。アップダウンも考えると……。
「交通手段は何かあるのかな」
車の免許なんて持っていないけど、念のためガレージを覗くとそこにはトレーラーバイクが置いてあった。なんか自転車宅配便のやつみたいだ。
「お。これ、電動自転車だし、これで行けるんじゃないか?バッテリーも満タンだし」
振り向いた僕を2人は当然、良彦くんが行くんでしょ?という顔をしていた。まぁ、それは当然か。しかし、一週間分の食料って何をどのくらい買えば良いのか分からない。冷蔵庫も見て食材があるか確認してみよう。
「献立、だな。しかも、冷凍素材は買ってあるな。一ノ瀬さん……」
まるではじめてのおつかい状態だ。流石に作り方までは書いていないので、ネットで検索して作ることになるだろうけど。
「それじゃ、僕はこの献立に書いてある食材を買ってくる。2人は他の準備があれば頼む」
いざ、出発。スマホのナビで林間道路を順調に進む。途中モーターサイクリストに日本一周中ですか?とか聞かれたけど、ただの買い出しですと答えて微妙な空気になったりもしたけど、なんとか目的の食料品店までたどり着いた。
「ここだな。なんか会員制って書いてあるけど……。会員カードなんて持っていないし置いてなかったぞ。まあ、とりあえず入ってみるか」
中に入ってみると受付があって会員カードの提示を求められた。正直に会員カードは持っていないことを伝えると、別荘の住所と名義を聞かれたので先に名義を答えたら、お待ちしておりました、とか言われて店内に案内される。
「一ノ瀬様から伺っております。お会計は結構ですので、必要なものをお選び下さい」
「ええと?」
もう意味が分からない。よくよく聞けば、この店は早乙女財閥経営のお店とのことだった。もう何でもありでいちいち驚いてるとこちらが疲れてしまう。主があんなことになっても関連会社は普通に営業してるんだな。
必要な食材を手に入れて帰路につく。冷蔵食品はどうするのかって思ってたら、クーラーボックスを用意してくれた。もう至れり尽くせりである。
「なんか、もっと試練が待っているかと思っていたけど、なんか子供のお使いレベルになってしまった。っと、そういえば健司達の合宿ホテルはこの近くだったような……」
地図アプリで調べると、電動自転車のバッテリー移動範囲だったので、ちょっと寄り道をしてみようかと思う。なにせ、こっちが早乙女家別荘で勉強合宿してるのは、驚かせようと思って向こうは知らせていないからな。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。汗だくみたいだからシャワーでも浴びてきてら?」
「そうさせてもらうわ」
一人空っぽの湯船を眺めながらシャワーを浴びる。7月とはいえ、高原は結構涼しい。さっさと浴びて身体を拭かないと風邪を引いてしまう。
「参ったな……」
シャワーを浴びて脱衣場に出た時に肝心のものが無いことに気がついた。下着がない。着ていたものは目の前の洗濯機で泳いでいる。タオルを巻いて部屋まで行くわけにも行かないし、そもそも僕の荷物がどの部屋に置かれているのか聞いていない。仮に彼女達の部屋に素っ裸にタオル一枚で入ってしまったら……。言い訳はできなそうだ。
ここは、どちらかを呼んで取ってきてもらうしか……。
「どっちだ?そもそも気がついてくれるのか?なんて呼ぶ?パンツ取ってくれ?」
いやいやいやいや。買い物はあんなに簡単だったのに、こんなところで試練が発生するなんて誰が考えるか。まぁ、準備しなかった自分が悪いのだけれど。とりあえず、どっちかを呼ぶしか無い。
「早乙女、東金……。早乙女、東金……。あーもう、こんな時に佳奈が居れば!」
佳奈。そうだ。このことが佳奈に知られたらなんかまずい気がする。不安ばかりが襲ってきて冷や汗が出てきた。
「もう一回シャワーを浴びて考え直そう……」
シャワーを浴びて出ていったら、また同じことを考えなくてはならない。ここは覚悟を決めて!
「おーい、って言おう……」
情けないと思いつつも、コレがベストだ!と自己解決していざ!と思ったら脱衣所の棚に着替え一式がキレイに畳まれて置いてあった。しかもちゃんとコーディネートされていた。自分が組み合わせようと思っていたシャツと7部丈のパンツ。
「どっちだ……。着替えてリビングに行ったら、どちらともなくお礼を言えば分かるか……」
リビングに戻ってみると誰もいない。台所で誰かの気配がしたので行ってみると東金が居た。買ってきた食材を確認しているようだ。もう迷っても仕方がない。普通にお礼を言ってしまおう。
「東金。その、ありがとうな」
「ん?こちらこそ。これだけの食材、一人で買ってくるの大変だったでしょう?」
「いや、そうじゃなくて……」
「あれ?ここに居たんだ。良彦くん、なんかこっちの部屋に望遠鏡が置いてあるんだけど、どういうものなのか見て欲しいんだけど。多分、一ノ瀬が用意したものだと思うんだけど」
「ああ、今行く」
あの様子だと東金が用意してくれたのではなさそうだ。ということは早乙女か?
「良彦くん、これなんだけど」
そこには有名な天体望遠鏡メーカー、ビクセンのフラッグシップモデルが置いてあった。鏡筒はVMC260L、赤道儀はAXD2だ。このモデルは天体ナビゲーションコントローラーが付属してて、見たい天体を指定すれば自動的に視野に導入、さらに自動追尾する超高性能なものだ。確か180万円位したような……。
あまりのものに興奮して着替えのことは忘れて早乙女にお礼を言った。
「ありがとう!早乙女!」
「ええと。どういたしまして。今度は忘れないでくれると助かるかな。良彦くんが買い物に行ってる間に、瀬里ちゃんと家事の分担を決めてたの。それで洗濯機が回ってたから、脱衣所を覗いたらなにも置いてなかったから……。あ!勝手に男湯に入ってごめんなさい!」
そうか、早乙女だったのか。そうかそうか。天体望遠鏡に夢中の僕はそんな感じで再度お礼を言ったのだが、あとになって考えてみると、自分の履いている下着を早乙女は知っているのかと思うと、女の子でもないのに無性に恥ずかしくなった。それに洗濯係ってことは今後も自分の下着を洗うのだろうか。彼女たちの下着と一緒に……。
「こういうことを考えるのは良くないな。うん」
自分に言い聞かせて気を紛らわせるために再び望遠鏡の取扱説明書を読みふけった。
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