第12話 ノートと6月と雨音と

みんなが僕の家を出たあと、早乙女と母さん、僕でこれからの流れについて話していた。


「なんで家族全員で引っ越しになるのさ。お手伝いさんとして働くなら通勤すればいいじゃないか」


「だから部屋が少ないからって言ったじゃない。それにメイドの仕事は朝早いのよ。私が面倒だから父さんの了解も貰ったってわけ」


「この家はどうするんだ?弟にも話してるのか?」


「もちろん。それで機嫌が悪いのもあるのよ。瀬里ちゃんと良彦が仲が良いのを見てるから。彼女さんとでも思ってるんじゃない?」


「か、彼女なんてそんな……!」


「わかってるわよ。良彦に瀬里ちゃんはもったいない」


「そうじゃなくて……」


「さ、引っ越しまであっという間よ!自分の荷物で見られたくないものは自分で梱包してね!」


見られたくないもの……。部屋でそんなもの片付けてたら早乙女に見られるじゃないか。

その日の夜に、早乙女は一足先に自宅に戻った。一ノ瀬さんが車で迎えに来た時に、母さんとなにか話をしていたけど、なんの話なのかよくわからなかった。なにか以前どうのこうの言ってたから、昔早乙女家で働いていた時のことを話していたのだろう。


「良彦。引っ越しは今週末だっけ?」


「そう。早乙女はもう自宅に戻ってる。予定では来週の月曜日から登校してくる予定だ」


「一応聞くけど、どっちの格好だ?」


「ん?女の子の格好だと思うけど。僕もそれは聞いてない」


「しかし、なんか本当にすごいことになっちゃったわねぇ。ねぇ佳奈ちゃん?」


「だからなんで私に……」


「佳奈、なんかあるの?」


東金さんが不思議そうに佳奈に聞いている。麻里はニヤニヤしてるが東金さんは、なんのことか、というような反応だ。まったく麻里のやつは……。佳奈が僕のことをどうこう思ってるっていつも言ってるよな。


「はぁ。これからどうなるんだろうなぁ……」


天文台準備室でひとり雨音を聞きながら寝転がっていた時、準備室のドアをノックする音がする。


「良彦くん、ちょっといい?」


東金だ。今日は予備校の日だから、来るとしたら東金か早乙女。早乙女はあの状況だから東金しかいない。


「どうぞ」


僕は起き上がって畳にあぐらをかいてドアが開くのを待つ。しかし、ドアは開かない。


「東金さん?」


「あの、ね。このまま聞いてほしいんだけど、早乙女さんのお家に引っ越すって本当なの?」


「ああ。今週の土日で引っ越す事になってる」


「そう、なんだ」


「なんかあるのか?」


「ううん。ちょっと確かめたかっただけ。ありがとう。今日はもう帰るわ」


「あ、おう。気をつけてな」


思えば、この時に東金を追いかけていれば良かったのかもしれない。でも追いかけたとしてもなにが出来ただろうか。

翌日、引っ越しを終えて月曜日の朝に早乙女と一緒に学校に登校したのだが、今度は東金が居なくなった。


「東金さん、今日もお休みみたいね。今日で3日目だっけ?」


「そうだな。東金の自宅に行ってみたんだが、誰も居ないみたいだったんだ。祖父母と一緒に住んでるって聞いていたんだけど」


「先生に聞いても教えてくれなかったのよね。なんか事情でもあるのかしら」


折角、早乙女も登校が始まって6人揃うと思ったのに。金曜日の夕方にはなんとも無かったと思ったのだが。


「インフルエンザとかかな?」


「だとしたら先生がそう教えてくれるんじゃない?」


「だよなぁ」


「なにか事情でもあるのかな」


「多分な。今日の放課後もう一回、東金の家に行ってみるよ」


その日の放課後に早乙女と一緒に東金の自宅に行ってみたが、はやり誰か居るような気配はない。


「東金さん、どうしちゃったんだろうね」


「心配だな」


「でも先生がお休みだ、って言ってたから転校とかそういうのじゃないと思うんだけど……。ねぇ、良彦くん。ちょっと気になったんだけど、前に住んでた家とここってすごく近いじゃない?通学も同じ駅からだよね?同じような時間に登校してるけど、一緒に登校しているの、見たこと無いけどなんで?」


「ん?余り気にしたことなかったな。そういえば見たことがない。もしかしたらバスで行く方法もあるからそっちだったのかも知れない。この家からバス停、近いから」


その頃、東金沙織は6月の少し冷たい風に吹かれて揺れるカーテンを見つめていた。


“「あの、ね。このまま聞いてほしいんだけど、早乙女さんのお家に引っ越すって本当なの?」

「ああ。今週の土日で引っ越す事になってる」“


「そう……か。早乙女さんと良彦くん、一緒に住むんだ。佳奈、それでいいのかな」


そう呟いた後に手に持ったノートをめくって、書いてある文字を指でなぞった。


「今日、来なかったら4日目になるか?」


「そうだな。流石に心配になるぞ」


「あとでもう一回先生に聞いてみる」


佳奈がそう言った時に教室の扉が開き、東金が顔を出した。


「あ!」


麻里が最初に気がついて東金のところに走ってゆく。


「どうしたの東金さん。もう大丈夫なの?」


「えと……。うん。もう大丈夫。心配かけたみたいで……。ごめんね」


カバンを自分の席に置き、いつもの場所に東金さんは麻里と一緒にやってきた。東金さんがひとしきりみんなに心配かけてごめんなさい、と言った後に僕は東金さんに何気ない質問を投げかけた。


「東金さん、本当に大丈夫なの?昨日と一昨日、東金さんの家に行ったんだけど誰もいない感じだったよ?ずっと寝てたの?」


「えと……。うん。かなり体調悪くて。心配かけてごめんなさい」


「とにかく!みんな揃ったんだから、今日はいつものファミレスでお祝いしようよ!東金さん、大丈夫?病み上がりだけど」


「えと……大丈夫」


東金さんはどことなく無理をしているような感じがしたので、僕は気にかけて何かあったら無理をさせないようにしようと思っていた。


「まずは東金さんの快気祝い!乾杯!そして~、瀬里ちゃんの復帰祝い!乾杯!」


麻里はちょっと大げさにそんなことを言っているといつもの店員さんが笑顔でピザを1枚サービスと言って持ってきてくれた。どれだけ常連になったのか。


「でも本当に良かった。瀬里ちゃんも東金さんも」


「なぁ、いつも気になってたんだけど、なんで早乙女は瀬里ちゃんになって、東金は沙織って呼んでたのに東金さんに戻ったんだ?」


健司は頬杖をついてメロンソーダを飲みながら佳奈に聞く。


「あー……、それね。なんかいつの間にかそうなってたんだよね。私もなんでかなって思ったときもあったんだけど。やっぱりおかしいわよね。それじゃ、今からまた紗織!」


本当は違った。なんとなくだけど紗織よりも東金さんの方がしっくりくる気がしたから自分からそうした。なにか理由があるような気がしたけど、東金さんが大人びてるから、そのほうが、って思ったのかもしれない。


「しっかし、6月ってなんでこんなに雨が多いんだろうなぁ。カビが生えちまう」


「梅雨だからじゃないか?梅雨の時期のあじさいとかキレイだぞ?見に行くか?」


「お。いいねぇ。なんだっけ?江ノ電。鎌倉の方だっけ?あじさいが有名なの」


「7月に入ったら期末試験準備も始まるし、行ってみるか?」


僕がそう言うと、みんな盛り上がってスマホで色々と情報を調べ始めた。去年のブログを見たり、ガイド誌Webサイトを見たりとやっていたのだが、スマホから顔を上げた東金さんが切り出した。


「あの!この時期の鎌倉は有名すぎて混雑してると思うの。だから、井の頭公園に行かない?」

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