第10話 ビジネスと掃除とスキャンダルと
「良彦くん。こちらのノートをコピーさせていただいても?」
「昼飯何回だ?」
毎度のことだがテスト前に健司は昼飯お引き替えにノートのコピーを要求してくる。今回は指を3本たてている。
「いや!5!」
交渉事は強気がいい。恐らく最終的には中間の4で落ち着くことだろう。
「ノート?健司くんノートとってなかったの?僕のでよかったら」
「早乙女くん。僕のビジネスを邪魔しないでくれるかい?」
「あれ?なんかごめんなさい。というより健司くんは麻里さんのノートを貰わないんですか?」
「あれのか?」
指の先では東金にノートコピーを頼み込む佳奈と麻里の姿があった。
「あいつら……」
僕の商売はあがったりだ。いつもはノートと引換に昼食を3人から手に入れて5月中の昼飯代は全部僕のお小遣いになる予定だったのに。無料サービスは経済を堕落させるんだぞ。
「なぁ。もう無理だろ」
「ああ。無理だな」
6人で天文準備室にあつまったものの、元はこの部屋は4人部屋。6人なんて完全に定員オーバーだ。
「図書室は?」
「この時期は繁忙期だ。6人席を取るには放課後ダッシュしかない」
困ったときの先生。顧問。聞けば簡単な答えをくれた。
「おおお……俺たち専用の教室……!汚い!」
長年使われていない教室を、勉強するのなら自由に使ってもいい、と言われたのはいいが、ホコリだらけである。
「ええと。箒と、雑巾と、バケツ。はい」
「おう。6人でやれば楽勝だろ」
「なに言ってんの?あんた達2人よ。いつも教室の掃除、サボってるでしょ」
ぐぅの音も出ない。確かになんだかんだ理由を付けてサボっている。
「健司、諦めよう。僕はバケツに水を汲んでくるよ」
窓を開けて、箒でホコリを掃き集めてモップで拭く。雑巾は後ろで重ねられてたイスと机を4つ取り出して拭き上げるのに使った。
「なぁ健司。なにがどうなって麻里とつき合うことになったんだ?」
「あー、アレな。あの旅行の前にな」
「前?マジで?」
「旅行で使うものをショッピングモールで買い物してる途中で麻里と会ってさ。フードコードで気になる人がいるとかなんとか振られて」
「麻里の方から来たのかよ」
「まぁ、な。俺も麻里は嫌いじゃなかったし、いや、むしろそうじゃなくて……まぁ、本気なのかどうか分からないけどな。今までと同じ様な関係だし」
「しかし、フードコードってのがおまえたちらしいや。雰囲気もクソもないところが」
「うるせぇよ。おまえこそどうなんだよ。早乙女まで増えたぞ」
「なんで早乙女まで範囲を広げるんだ」
「佳奈と東金はいいのか?」
「あ、これが誘導尋問ってやつか」
「いや、ほんと、おまえ今のうちに選んでおかないと二人とも不幸にするぞ」
「そのおまえの自信はどこからやってくるんだよ」
「おまえが忘れてるんならそれでいいけどよ」
「なんのことだよ」
「さあな」
結局、2時間近くかかって教室は使えるようになったのだが今日はお開き。
「今日はもう店仕舞いだな。みんな予備校あるんだろ?」
「ああ。早乙女は予備校通ってないのか?」
「僕?通ってないよ。学校の授業受けて適当に勉強してるだけ」
「なんか良彦と同じ様なことを言うな……」
「健司、瀬里ちゃん学年トップ5に入るくらいなの知らないの?」
「うぇ、マジで?」
「うん、だいたいそんな感じ。でも良彦くんに勝ったことは今までに一度もないかなぁ」
「それじゃ、私たちは予備校行くから戸締まりお願いね」
「おう」
佳奈と麻里、健司の予備校組が居なくなって教室には東金と早乙女と僕の3人になった。
「この3人だけっていうのは久しぶりね」
「そうだな」
東金は懐かしそうな顔をしながらそう言った。まぁ、今年の春は転校、ゴールデンウィークと中身の濃い時間だったからなぁ。ちょっと前の出来事が久し振りに思える。
「これからどうする?飯でも、ってあれか。2人とももう用意があるか」
「僕はそうだね。早乙女さんは?」
「私は、私が用意するから」
そうだ。東金は祖父母と暮らしてるんだっけ。
「そうか。学校から帰って全員分の晩ご飯を作るのは大変そうだな」
「ううん。私のだけ。だから晩ご飯、いきましょう?」
「え、ああ」
早乙女と別れて乗換駅で途中下車、家に連絡を入れてからいつものファミレスに入る。
「ここ、良く来るの?」
「ああ。あそこの席が定位置だな。騒がしいから端っこに追いやられてるんだ。店員に顔も覚えられてるし」
「いらっしゃいませー。あれ?」
「2名ですけどなにか?」
「あ、いや。いつもの方とは違うなーって」
「それ、ほかの客で言ったら修羅場になるから絶対にやめておいた方が良いですよ?」
「あ、すんません。いつもの席でいいですか?」
僕たちはいつもの定位置に案内された。
「ここから見えるあそこが健司たちが行ってる予備校。4人の時はここで勉強することもあったんだが、今はもう無理だな。ここ4人掛けだし」
東金と2人になると、いつも小学校の頃について聞かれるので、無意識に僕がよく話す様になっているのかも知れない。思い返せば今日も僕が話す機会の方が多かった。それと、なんとなくだが、東金の状況が分かった気がする。
母親と東金自身からは祖父母と暮らしていると聞いているが、実際家の前を通っても一緒に誰か暮らしている気配がない。それだけじゃなくて誰もいない様な雰囲気すらあった。僕は天文台でちょっと遅くまでいることが多かったから多分、転校する前でも東金よりは後に帰っていたはずだ。
東金にそのことを聞こうかと思ったが、デリケートな部分だと判断して触れずに帰った。
「そういえば今日は小学校時代の事についてなにも聞かれなかったな」
自宅に帰って湯船に浸かりながら、ふと今日のことを思い出す。そもそも小学校時代の約束ってなんだ?正確には約束みたいなものって言ってた気がするけども。
「約束、かぁ。なんだろうな。あと、健司がやたらと佳奈と東金どっちにするのか選んでおけって言うのはなんなんだろうな。冷やかしって感じじゃないしなぁ。母さんにでも聞いてみるか」
晩ご飯を食べた後、食器洗いを手伝いながらお風呂で考えていたことを聞いてみる。
「なぁ、東金のやつが僕と小学校の頃になんか約束みたいなことをしたって聞いてくるんだけど、なんのことか心当たりある?」
「ん?東金さんと?なにかしらねぇ。確か低学年の頃は東金さんと公園で一緒に遊んでいたような気がするけども。学校での出来事は流石に分からないわよ」
「だよなぁ。あと、水瀬佳奈って名前に聞き覚えある?」
「水瀬さん?ええと……確か良彦が2年生だったか3年生の頃まで隣のクラスに水瀬さんって居たような気がするけど」
「転校したの?」
「そう。PTAの役員が転校して居なくなるから代わりに誰か、みたいなのがあって」
「あと、最後に早乙女って知ってる?」
「早乙女さん?どの早乙女さんなのか良く知らないけど、あのテレビに出てる早乙女さんかしら?」
母親にそう言われてテレビを見ると国会議員への収賄事件で特捜部に連行される誰かが映し出されていた。テロップには早乙女財閥云々と書いてあった。
翌日から早乙女の明るい声を聞くことは無かった。昨日逮捕されたのは早乙女の父親と言うことだったという話はあっという間に広まって、学年問わず早乙女を見に来たやつらが廊下に見える。
「まったく。嫌らしいわね。瀬里がなにかやったわけでもないのに」
「でもまぁ、なんの連絡もないし、LINEも既読付かないし心配ではあるよなぁ。先生に聞いたら転校した訳じゃないって言ってたけど」
「家に行ってみる?」
「それは無理だと思う。まだ報道陣がいるだろうし」
「ああ。それで家から出られないんじゃないか?僕たちもなんか聞かれてもなにも答えない方が良いかも知れない」
案の定というかなんというか。校門の外には報道陣が居て出てくる生徒になにやらマイクを向けていた。僕たちは裏門から出てやり過ごすことにした。
結局、中間試験にも早乙女は登校してくることはなく、連絡も付かず仕舞いだった。
「お、おい!これ見てみろ!」
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