第9話 温泉と真実と変身と

連れてこられたのは温泉だった。名を「ほったらかし温泉」というらしい。男女であっちの湯、こっちの湯に分かれていて、それぞれ別の源泉を利用しているとのことだ。甲府盆地を一望するその景色も素晴らしかったが、到着してしばらくすると日没の時間。


「ここから見る夕陽が私のお気に入りなんです。お嬢様がまだ幼い頃に大旦那様に連れてこられまして」


確かに目の前に広がる光景は幻想的で素晴らしいものだった。かたわれ時の空、東の空に瞬き始める星々、眼下に広がる夜景。どこを見てもすばらしい景色。

健司もその光景を楽しんでいたのか、いつもの騒がしい様子は無い。


「執事さん、答えられなければそれで良いのですが、早乙女さんなんで男装されてるんですか?」


「瀬戸様達にはお話ししておいた方が良いですかね。お嬢様には弟がおりまして。小学校に上がってすぐに患っていた病でお亡くなりに。大旦那様はひどく落ち込まれまして、それでお嬢様がせめて家から出るときは私が弟になる、と言い始めまして。大奥様は反対したのですが、大旦那様はそれでかなり救われたようでして」


「そうだったんですか」


「しかし、お嬢様はその秘密を隠すために学校でのご学友と仲良くなられることがなく、非常に寂しい状況と聞き及んでおりました。そんな中、友人達と別荘に旅行に行きたい、もう約束してしまった、と大奥様に話されているのをお聞きしまして、私も是非に、と大旦那様にも了解をとりつけたのです」


「そうなんですか。お話しいただいてありがとうございます」


執事さんにお礼を言ったのと同時に、今まで黙っていた健司が不意に話しかけてきた。


「良彦、おまえどっちを取るんだ?」


「なにを?」


「なにをって。佳奈と東金」


「なんでそうなるんだよ」


「なんでって。二人ともおまえのことが好きだぞ。きっと。今からでも考えておけよ」


健司は沈む直前に最後の輝きを放つ太陽を見ながらそう言った。


考えておけ、か。


帰りの車の中で自分にもたれ掛かって眠る東金を見て健司の言葉を思い出す。でも二人から告白される、なんて考えただけで、イヤそれはないだろう、と首を振った。その振動で東金が目を覚ましてしまった。


「あれ?ごめんなさい。肩、借りちゃってたみたいね」


「あ、いや、いいよ」


「みんな寝てるのかな」


「そうみたいだ」


隣の健司はよだれを垂らして熟睡している。


「ねぇ、昨日の夜の話なんだけど、いい?」


「小学校の頃の、ってやつ?」


「うん。あれ、ちょっとだけ思い出したんだ。私とね?もう一人いたはずなの。3人でなにか約束をしたの」


「3人?東金の他に誰か居たのか?」


「うん。でもそれ以上は思い出せなくて」


「約束は?どんな感じなのか覚えてるか?」


「えっと……、多分、なんだけど、いつか一緒に……うーん、なんだっけな。一緒になにかをしよう、なのかなりたい、なのか分からないけど一緒になんか、っていう約束だったと思うの」


「一緒に、かぁ。ごめん、覚えてないや」


「ううん、いいの。もう小学校の頃の話だし、多分低学年の頃の話だと思うし」


執事の市ノ瀬はバックミラーでそんな話をする二人を見て呟く。


「そうですか……」


各自の家に到着したのは渋滞の影響もあって23時過ぎになってしまった。執事さんが各家に連絡してくれていたこともあって、何事もなく帰宅できたわけだが……。


「クソ兄貴!なんだあれ!女の子だらけで旅行に行ってたのかよ!」


「うるせぇな。彼女持ちに言われたくねぇよ。ってか、早く寝ろ」


面倒くさいやつに見られたものだ。母親も参加面々を見てニヤニヤしている。


「良彦、東金さんも一緒だったのね。あと……なんか見たことがある子も居たけど……誰だっけね」


「誰のこと?」


「ほかの3人の女の子」


3人って東金以外の全員じゃないか。まさか僕はあの3人にも面識があるのか?いや、まさかそんな。


ゴールデンウイーク。終わってしまった。旅行もあったし、今回の連休はあっという間だった。あの後、早乙女の家に行って世間の格差を思い知ったり、別荘で掃除をしなかったからって庭掃除を手伝わされたり。ただでさえ衝撃的な休日だったのに、今朝はもっと衝撃的な光景が目の前にやってきた。


「早乙女さん?それ。いいの?」


「ん?いいの。市ノ瀬から聞いたんでしょ?僕はもう一人じゃないし、父も皆さんが遊びに来ていただいて、その時の私を見たのなら好きなようにしなさい、って。この制服、慣れないからちょっと恥ずかしいかな」


「おい……良彦、なんだこの可愛い生き物は……!」


「えへへ」


「おおふ……惚れそう」


「なに?私のことはもういいの?」


麻里がため息をつきながら健司の肩を掴む。


「痛ってぇ!痛てぇよ麻里!」


「なんだ?おまえら何かあったのか?」


「あら、良彦、健司から聞いてないの?」


「ん?なにも?健司、何かあったのか?」


「ああ、実はな。俺たち、つき合うことになった」


健司が真面目な顔でそういった。本気かウソかわからない顔だ。


「おお。それはおめでとう。ってかやっとか」


教室に入ると東金と佳奈が既に僕の席に集まっていた。


「おはよー!」


早乙女が勢いよく走ってくる。クラス内は当たり前だが「だれ?」という目線とざわつきがあったが、僕の「あれは早乙女だ」の一言でざわつきは騒ぎに変わった。


「早乙女、すまん」


廊下には早乙女をみようとする野次馬で溢れていた。可愛いとか、あんなのいたのか、とか名前はなんだとか色々聞こえる。


「いいのいいの。僕が可愛いのは事実だしね!」


なんかこいつ、性格が変わってないか……。


「それにしても驚いた。早乙女さん本当に可愛い。制服、似合ってる」


東金がそう言うが、忖度ナシにそう思う。佳奈も同じ様なことを言っている。


「ねぇねぇ、良彦、私、早乙女さんのこと、なんか知ってる気がするのよね」


「いや、知ってるだろ。今更なんだ?」


「そうじゃなくて、ああ、もう!」


「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」


「いいの。今はいい。」


ホームルームが始まって先生から簡単に早乙女の事について説明があり、休み時間はクラスの人気者になっていた。


「ねぇ、麻里。良彦のやつ、本当に覚えてないみたいなんだよね。どうしよう」


「どうしようって言ったって、こっちから言うわけにはいかないでしょ」


「そうよねぇ……」


取り囲まれる早乙女を見ながら佳奈は腕を前に伸ばして突っ伏し、麻里に助けを乞うように重たい声を出す。


「健司にも相談してみる?」


「それだけはダメ。絶対にあいつ、良彦に言う」


「だよねぇ」


東金はそんな二人の様子を眺めて複雑だった。

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