第6話 可愛いとクッキーと露天風呂と
「おい!良彦!望遠鏡は!?天体観測するんだろ!?部室に忘れたのか!?」
「なんだ。聞いてないのか。反射式望遠鏡と赤道儀は宅配便で先に送ったぞ。あんなもの担いでこれるか」
「なんだ、よかった」
「それにな、天の川は肉眼でもバッチリ見えるから安心していいよ。望遠鏡は銀河を見たりするのに使うんだ。ってかおまえ、その服装で行くのか?」
「ん?なんだ?寒いか?」
「健司……夜中は寒いと思うよ。私なんてほら」
麻里は大型キャスターバッグを指さしてそう言ったが見えない。ふたが閉まってるんだから当たり前だが。聞けばスキーウェアを持ってきたとのことだ。
早乙女は……なんだこの生き物は……。
「クッソ可愛い……」
「ダメだぞ。それはNGワードだ。事前に打ち合わせしておいて良かっただろ。あんなのいきなり来て見ろ。感情の赴くままに可愛いって言っちゃうだろ」
「て、手遅れだ」
「早乙女さん、その服、似合ってる」
東金さんがギリギリのところを踏んでゆく。
「そう?ありがと。可愛いでしょ~。へへ」
一同に衝撃が走った。可愛いでしょって言った!自分で!
「うん!すっごく可愛い!似合ってる!」
佳奈が戦陣を切って参戦する。どうやら早乙女に可愛いって言ってはいけないというのは都市伝説だったようだ。それにしても可愛いな……。
特急あずさは3人席が無い。回して対面式にして全員で会話を楽しむことは出来なかったが、そんなことより佳奈が何で駅弁を買わないのかわめいていたのがうるさくて耳に堪える。この時間の電車でなんで昼飯を買うんだ……。
小渕沢から小海線に乗り換えて清里駅を目指す。
「お!SL!」
駅前にあったSLに健司が駆け寄った。ついて行ったのは麻里だけで、ほかの面々は駅前の雰囲気に飲まれていた。
「こ、これは!」
「ね?廃墟でしょ?あっちの方はもっとすごいんだから!」
東金さんの目がキラキラしている。絶対に廃墟マニアだ。流石に荷物があったので、散策は後にして先に早乙女の別荘へバスで向かった。
「なにこれ……」
「すごい……」
「掃除、大変だなきっと」
早乙女の別荘は別荘と言うより豪邸だった。早乙女家、もしかしなくても金持ちなんじゃないか?
早乙女が先に玄関に行って扉に手を掛けると鍵を開けるまでもなく扉が開いた。
「なんだ?鍵開いてるのか?」
早乙女が玄関の中に消えていったのを全員で追うとそこには信じられない光景があった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
執事?メイド?コック??なにがなんだか分からない。玄関ホールもメチャクチャ広いし綺麗だ。掃除、、、する必要あるのかコレ。
「とりあえずこっち」
早乙女は玄関ホールを左に曲がり、リビングへ消えていった。
「うへぇ……」
The・暖炉。ロッキングチェアまである。暖炉ではユラユラと炎が揺らめいている。その先のバルコニーはそれだけで家一件分はあるんじゃないかって広さだった。
「瀬戸様。届きました望遠鏡はあちらに置いてございます。気温に合わせてございますのでいつでもご利用になれるかと存じます」
反射式望遠鏡は外気温に合わせておかないと鏡面が部分的に歪んだり、温度差による空気の対流で光が分散して良く見えない。この執事さんはそれを分かった上でバルコニーに組み立てた反射式望遠鏡を出してくれていたのだ。
「部屋はあっちにあるんだけど、男女に分かれる位でいいよね?全員分の部屋もあるけど」
この建物には何部屋あるのか。リビングの光景に気を取られすぎて早乙女には「それでいいよ」と生返事を返していた。
「それじゃ、早速、廃墟、見に行こうか」
「え?でもバス、次は夕方じゃないの?」
「あ、うん。だから車で」
玄関前には大きめのワンボックスカーが駐車されていた。早乙女が助手席に、真ん中のキャプテンシートには佳奈と麻里、最後尾の3人掛けシートに僕と健司と東金さんが座ることになった。流石に東金さんを男二人で挟むわけにはいかないので、僕が真ん中になって右側に東金さんが座った。よく考えたら早乙女がここに座れば良かったのでは……。
運転手の執事さんは観光巡りのように各地の廃墟を回りながら繁栄当時の様子を教えてくれた。
一番有名なのはミルクポット。名前の通りミルクポット型のモニュメントで当時はここで写真を撮影するために行列が出来ていたそうだ。他にもいわゆるタレントショップなるものがあって、とんねるず、山田邦子、田代まさし、ビートたけしが店を出していたらしい。元気が出るテレビがなんとか、北野カレーがなんとか説明してくれたが、なんのことか半分くらいは分からなかった。
ただ独り、東金さんだけが興奮気味にスマホで写真撮影をしていたのが印象的だった。
祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり
一行は廃墟を堪能した後に別荘に戻り遅めのお昼ご飯とる。
ダイニングテーブルに出されたパスタは大きめのお皿の真ん中に小高い丘のようだ。付け合わせのサラダも色とりどりの野菜が散りばめられていて3種類ほどのドレッシングが添えられている。
「高級レストランだね、麻里ちゃん」
「うん。なんかすごい」
流石にスプーンとフォークだけだったので、使い方云々で焦ることは無かったが、こんなの親戚の結婚式でしか見たことがない銀製のモノだったので正直緊張する。
「ねぇ、良彦。観測は午前0時から始めるのよね?」
「天の川はね。それまでもたくさんの星が見えると思うよ。それに最初はどこか草原みたいなところを探そうと思っていたけど、ここならバルコニーに出るだけだ。寒い思いをしなくてもいいと思うよ」
「早乙女様々だな!サンキューな!」
おやつは焼きたてのクッキー。おいしい。
「麻里、おまえ女子力が足りなくて、こんなの作れないだろ」
「つくれるもん!ね!佳奈!」
「私?私はこんなに美味しいのはちょっと……」
梯子をはずされた麻里は今度作ってやる!と息巻いていたが大丈夫なんだろうか。
「そうだとは思ってたけど、良彦、これ、外側から使うんだっけ?」
ズラリと並んだスプーンにフォークにナイフ。
「僕も分からないな。麻里、女子力を見せてくれ。コレはどっちから使うんだ?」
「コレね!うん!こっちから?」
「なんで私を見るのよ」
麻里は佳奈に助けを求めるように目線を向ける。
「ふふふ。マナー的には外側からだけど、私たちだけなんだし、使いやすいものを使えばいいと思うわ」
「東金さんの言うとおりだよ。誰も怒らないし見てないから大丈夫」
折角の機会なので、使い方を執事さんに教わって一同、フルコースディナーを楽しんだ後に事件は起きた。
「お風呂、どっちが先に入る?」
健司が誰にともなく声を上げた。男子と女子、どちらが先に入るか、ということだろう。
「ここはレディーファーストだろ」
「えー、でも私たちの入ったあとにあんた達が入るのぉ。なんかさぁ」
「大丈夫。男湯と女湯、両方あるから」
なんということだ。男湯と女湯が分かれているだけじゃなく、露天風呂まであるという。ここはホテルなのか。
荷物は部屋に運んでくれるとのことで、カバンからタオルとかを出そうとしたら、備え付けのものを使えばいい、と早乙女に言われて、やっぱりここはホテルだと確信した。
「じゃ、また後でな」
廊下の突き当たりにお風呂の入り口があって、手前が男湯、奥が女湯になっていたのだが……。
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