第5話 不機嫌と廃墟と早乙女と
「なぁ、弟よ」
「なんだクソ兄貴よ」
「相変わらず生意気だな。まぁいいや。おまえ、彼女いるだろ?彼女じゃないにしても放課後に二人で勉強するってどんな関係に見られると思う?」
「はぁ?ばかじゃねぇのか。カノジョに見られるに決まってんじゃん」
「だよなぁ」
「俺は兄貴の恋路は邪魔しないから、俺の勉強の邪魔をしないでくれ」
弟に手でシッシッっと追い払われてリビングの定位置に収まる。スマホを見るが佳奈からの返事はない。
健司にも個人トークで聞いてみたが、弟と同じ様な反応だ。佳奈にバレるとやっかいな気がするから断っておけ、と言われたが後の祭りであった。
「おはよう」
「お・は・よ・う!」
「佳奈さん?なんか機嫌、悪くありませんか?」
「べ・つ・に!」
「もう、良彦、今度は佳奈になにしたのよ」
健司が麻里にことの次第を話す。
「あー……佳奈?勉強を教えて貰うのは佳奈もしてるじゃない」
「そうだけど。なんで二人で勉強なのよ」
「その。まずかったかしら」
東金さんが僕たちの会話の輪に入ってきた。クラスメイトは修羅場を楽しむような目線をこちらに向けてくる。
「別にまずくはないけど、高校生の男女があんな狭い部屋で夕方に一緒に居るのはどうかと思うわよ。顧問の先生もOK出さないと思うわよ」
「あー……確かにそうだな。東金さん、そういうことで……」
「顧問の先生に聞いてきます」
「あ、え?」
東金さんはそう言うと教室を後にして職員室へ向かったようだ。
「積極的!良彦、おまえ、東金さんに愛されてるな」
コレでOKがでたらどうすれば良いのだろうか。佳奈はどうするのだろうか。この4人の関係が壊れるのだろうか。僕のせいで。
「聞いてきたわ。準備室はNG。でも図書室であれば問題ない、だって。良彦くん、毎日じゃなくていいから勉強、図書室で教えてくれないかしら。佳奈の予備校がない日でいいから」
「んな!別に私は!それで……いいけど。良彦、私も教えてよね。よく考えたら予備校のない日にちゃんと教えて貰ったことがない」
「じゃ、私も私も!良彦先生!よろしくお願いします!」
「あ!ずりぃ!俺も俺も!」
「あなたたち、仲がいいのね」
東金さんの笑顔、初めて見た気がした。少し長いセーターの裾を口に当てて笑っている。
翌日の放課後から僕の授業、というか家庭教師もどきが始まった。
「なぁ、良彦、おまえマジで東大目指すのか?」
「ん?まぁ、そのつもり。でもB判定だから分からんよ。ダメならAのどこかにするさ」
「良彦はいいなぁ。私たち、良彦のA判定先がB~C行ったり来たりよ」
「俺なんてずっとC判定だ。でもま、落ちたらこのまま付属大学に進学するさ」
「あの、皆さんは今年のゴールデンウィークはどうするんですか?」
不意に東金さんが議題を出してきた。
「ゴールデンウィークか。今年はなん連休なんだっけ?」
「6連休。去年みたいにどこか行く?」
去年はみんなで無謀にもディズニーランドにチャレンジしたのだ。結果は楽しかったが、大半の時間がアトラクションの待機列時間だった。
「今年はもうちょっと空いてるところが良いかなぁ」
「麻里、ゴールデンウィークに混雑していない場所を教えてくれ」
「天文学部なのに天体観察、しないの?」
一斉に東金さんに視線を向ける。
「天文学部……佳奈、私たち、天文学部だったわね」
「そうね?」
なんで疑問系なんだ。その疑問を向けられた健司は天文学部ってなんだっけ?という顔をしている。
天文観察か。良いかも知れない。この時期の天の川は綺麗だ。ただ、見えるのが午前0時からになるのがネックだ。宿泊が絶対条件になる。
「天文観察は大賛成なんだが、佳奈の見たがっていた天の川は午前0時からの観測になる。タイミング的に新月になるから絶好の観察環境だけどどうする?」
「いいんじゃない?夏になったら予備校の夏期講習とか受験勉強が本格化するから、今のうちにとか」
「健司は?」
「いいね!宿泊!なんか高校生の青春って感じだ!海じゃないけど!」
「なぁに?私の水着姿がみたいの?」
水着……思わず東金さんに目線を向けてしまった。
「いてっ!」
佳奈に足を踏まれた。きっと佳奈を見ても足を踏まれていたんだろう……と思いながら落とした消しゴムを拾おうと下に手を伸ばすと……。
「白」
「なんだ良彦、白って」
「ん?白?なんのことだ?で、天の川観測、宿泊になるけど、東金さんはどう?」
「おばあちゃんに聞いてみないと」
東金さんは僕を見たり、目線を逸らしたりしながら返事をしてきた。佳奈にバレたらなにをされるか分からないので、こういう隠し事は許されるだろう。きっと。
東金さんがおばあちゃんに了解が取れたという事で、天の川観測旅行の行き先を決めることになった。のだが、もう4月後半、ゴールデンウィークは目の前。この時期に予約が空いてる宿はあるのか。
「なぁ、良彦。この季節、どの辺に行くのが一番綺麗に見えるんだ?」
「綺麗に見えるのは標高の高い、空気の澄んだところ、だな。オススメは八ヶ岳方面だ。観光地だと清里ってところかな」
「廃墟……」
「東金さん?廃墟って?」
「え?うん。清里ってバブル気に高原の原宿なんて言われててファンシーな建物の残骸が沢山残ってるの。廃墟マニアには有名」
「紗織、廃墟マニアなの?」
「ううん。昔、お父さんとお母さんと一緒に行ったから」
「あ、なんかごめん」
「ううん!気にしないで!私の方こそごめんなさい!清里、清里だと、清泉寮がすっごく綺麗。お部屋に暖炉とかあるコテージがあるの」
「そんな有名なところだと、今から予約は難しいんじゃない?」
「だよなぁ」
念のため、予約できるか電話してみたが、案の定満室とのことだった。
「八ヶ岳方面に天体観察に行くの?」
予想外のところから声がして、全員同時に振り向くと早乙女がいた。
「八ヶ岳方面に行くなら、僕の別荘があるけど行く?」
別荘。なんてよい響きか。
「早乙女、別荘なんて持ってるのか」
「僕の両親がね」
「いや、さすがにそれは分かってるけど。良いのか?家族旅行の邪魔をしても」
「家族旅行?違うよ。僕の両親は寒いところはイヤだって言って夏以外は別荘に行かないんだ。でも僕が行くならOKしてくれると思うよ」
「決まり!早乙女の別荘に行こうぜ。早乙女、よろしくな!ちなみに宿泊費はなんだ?掃除か?」
「ああ、よくわかったね。条件は掃除。去年の秋以来だからそこそこのホコリって感じかな。あと、暖炉の薪がダメになってるだろうから、管理棟からそれを運ぶ」
流石に高校生で車は出せないので、電車とバスを乗り継いで早乙女の別荘に向かう。
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