第4話 入部とピンチと質問と
「ただいま」
「おかえり。そういえば、なんで言ってくれなかったの?」
「なにが?」
「東金さん、同じ高校に転校してきたんでしょ?夕方に駅前のスーパーで会ったわよ。それで、同じ高校の制服を着ていたから」
「東金さんのお家、両親が亡くなって今、紗織ちゃん独りなのよ?」
それは初耳だ。独りで高校転校したのか?
「いつから?」
「聞いてない?いつだったか高速道路で観光バスの事故があったじゃない?運転手の居眠りとかなんとかの。乗客がかなり亡くなってその時に紗織ちゃんの両親も亡くなったのよ。紗織ちゃんは無事だったみたいだけど」
そんなことがあったのか。あの家でも独りで暮らしているのだろうか。その答えは母からすぐに聞くことができた。母方の祖父母と一緒に暮らしているとのことだった。このことは本人には触れない方が良いのだろうな。
部屋に行くと弟が勉強の邪魔だ、というような視線で今日も遅かったじゃん(勉強もしないでいい身分だね)というトゲのある言葉を投げてきた。弟は中学受験に失敗して地元の公立中学校に進学して、レベルが低いと文句ばかり言っている。
僕はため息をついてリビングのソファに座って晩ご飯を待つ事にした。
「あ、そうそう。紗織ちゃんが良彦の電話番号教えて欲しいって言ってたから教えておいたわよ」
「え?なんで?」
なんて勝手なことを、と思った時にスマホから通知音が鳴り響く。SMSだ。差出人の予想は付いたが、電話帳に未登録のその電話番号には名前がない。文面も差出人が書いてない。
「明日、6:47のバス」
とだけ書かれていた。差出人は東金さんだろう。返事をしようか迷ったけど、夕食後に「わかった」とだけ返信した。
翌朝、6:40にバス停に行くと、東金さんは既に先頭に並んでいて、その後ろに2人が続いている。前まで行こうかと思ったが、最後尾に並んで声をかけるか思案していたら、彼女の方から後ろにやってきた。
「良彦くん、おはよう」
「ああ、おはよう。で、なにか用事か?」
「学校のこと、色々聞きたいことがあったから。教室で声をかけると色々とあるでしょ。だから」
「で、なにから知りたい?」
東金さんは結構細かいことを聞いてきた。通学で比較的混まない電車は何分発なのか、お昼はコンビニで買っていっても問題ないのか、食べる場所も自由なのか……。
「で、最後が学校でいじめってあるか知ってる?」
「いじめ?クラスで?それとも学校全体で?」
「クラスで」
「いじめってほどではないけど、早乙女ってやつが女の子っぽいって言われてる位かな。んで、早乙女もそれをちょっと気にしてる感じで」
「そう。ありがとう。ほかに聞きたいことが出来たらまたお願いね」
そう言って東金さんは乗り換え駅で僕を置いて先に行ってしまった。
「東金さん、小学校の頃もあんな感じだったのかな」
「東金さんがどうしたって?」
後ろから佳奈に声をかけられた。隠しても仕方がないので、事の経緯を説明する。面倒くさいことになりそうだったので、昨日の夕方に天文台準備室に東金さんが来たことは言わなかった。
「で、なにがしたかったんだと思う?」
「うーん……女の子の心は分かりにくいわね」
「っていうか、おまえも女の子だろうが」
「だからよ。同じ女子だからそういうのが分かるの。複雑なのよ。んで、多分彼女は良彦から聞いた限りだと、ずっと一人だったみたいだから、良彦にしか聞ける人がいなかった、それだけじゃないの?もしくは……」
「もしくは?」
「んー……やっぱり違うわ。忘れてちょうだい」
「ホント、女の子の心は分かりにくいや」
それから数日が経って、最初は群がっていた人たちも東金さんの性格もあってか、今ではもう誰も声をかけていない。それを見て俺は母から聞いた事を思い出して声をかけるべきか迷っていた。
「なぁ、健司。東金さんって天文学に興味あると思うか?」
「なんだ急に。誘いたいのか?」
「いや、この前にさ。来たんだよ準備室に」
「まじかよ。それでなにか話したのか?」
「別になにも。僕がこの高校に進学した理由を聞かれたから答えたことと、東金さんの趣味は何か、って聞いたくらいかな」
「結構話してるじゃんよ。で、東金さんの趣味ってなんだったんだ?」
「観察だってさ」
「観察?星の観察か?」
「僕もそう思って、星を見ていくか?って誘ってみたんだけど、遠慮する、っていって帰って行った」
「女心はわっかんねぇなぁ」
「あ、健司、これ、佳奈と麻里にいうと面倒くさそうだから黙っておけよな」
「別に良いけど、バレたとき余計に面倒くさくなると思うぜ?」
僕たちは体育の準備を済ませて校庭に出て行った。
「だぁ、まだ寒いな。なんで体育館での授業じゃないんだ」
確かにまだ寒い。ジャージを着てもちょっとコートが欲しい気温だ。春の寒戻りってやつか。
「それじゃ、ストレッチするから二人一組になってー!」
小学校の頃は一番嫌いだったこのかけ声。今は健司が居るので問題ない。
「そうだ、東金さんは……」
そう思った東金さんは佳奈と二人組になっていた。
「そう言えば麻里、今日は風邪でお休みだったっけな」
同じ事を健司も思っていたのか、佳奈と東金さんの方を見ている。
「ええと、佳奈、さんでいいかしら?みんなそう呼んでいるから名字が分からなくて。ごめんなさい」
「いいわよ佳奈で。私は東金さん?紗織ちゃん?どっちでもいいけど、さんとちゃんはやめて欲しいかな」
「じゃあ、紗織、で」
ここからじゃ遠くてなにを話しているのか分からないが、何か話をしているようだった。
「なぁ、俺たちはなんで走ってるんだ?なんでマラソン大会なんて必要なんだ?」
「健康増進だろ。俺たちみたいな文化部連中は運動が足りないからな」
僕たちの高校はちょっと遅めにゴールデンウィーク開けにマラソン大会がある。それに向けて体育の授業もマラソンがメインとなる。
「お」
前を走る集団に佳奈を見つけて話しかける。
「さっき、東金さんとなにを話してたんだ?」
「名前の呼び方と今朝のことかな」
「今朝のこと?」
「そう。名前の呼び方よりもそっちの方が気になるのね」
「そりゃな?名前は東金、か紗織、のどちらかだろ?さんとかちゃんは嫌いな気がする」
「よく分かるわね。そりゃ色々と相談したくもなるわ。今朝、色々と聞かれたんでしょ?」
「おう。結構細かいことを聞かれたぞ。佳奈もなにか聞かれたか?」
「私は地雷についてかな。クラスの人間関係で触れてはいけないものは何かあるか?って」
趣味が観察ってわりには、答えを他人に求めてくるな……。
「んで、佳奈的にはなにが地雷なんだ?」
「特に思いつかなかったから、早乙女にはかわいい、って言わないこと、って言っておいた」
「ああ、それは僕も言ったな」
クラスの人間関係は正直よく分かっていない。僕と健司、佳奈に麻里、この4人の狭い世界で生きているので周りのことは分からない。この時には、あんな激しい隕石衝突が発生するなんて思ってもみなかった。
ことの発端は、あのとき、東金さんが天文台準備室に来たこと。面倒なことになるからって健司も黙っておいて欲しい、って伝えたことを佳奈が直接東金さんから聞いたらしい。僕と健司は隠す理由が何かあったのか、東金さんにはなんで先生に聞いてまで天文台準備室に行ったのか、佳奈はとてつもなく機嫌が悪くなってしまったのだ。
「ねぇー、あんたたち、佳奈になにをしたのよ」
麻里に呼ばれて行ってみると、そこには東金さんも居た。それで、佳奈になにか言ったのか詰問を受けることになったってわけ。
「私は特になにも。あの日、電話番号を聞こうと先生に良彦くんがどこにいるのか聞いただけ」
そうだったのか。ってか、バスの時間ならあのときに言えばいいと思うし、結局、電話番号は僕の母から聞いてるし。余計に拗れそうなので、それは飲み込んで、僕に投げられた質問に答える。
「なんで秘密にしたってさ、麻里、それを言ったら絶対にはやし立てるだろ?」
「それは……そうだけどさ……」
「はやし立てるのかよ!」
「でもそれくらいいいじゃない。いつものことでしょ?」
「そんなことより、なんでこんなことで佳奈が機嫌悪くなってるんだよ」
健司は完全に巻き込まれた立場なので、ちょっとイライラしている様だった。
「それは……」
麻里は佳奈が良彦が好きだって言えるわけでもなく、逆に答えに窮してしまった。
「あんたたち、こんなところでなにをやってるのよ」
マズい。佳奈がやってきてしまった。
「私が天文学部に入学したいからって相談してたの」
「紗織が!?天文学部に??」
「ああ、そうそう。そうなんだ。で、みんな賛成だから後は佳奈の返事だけなんだ。どうだ?」
咄嗟にそんなことを言ってしまって健司も麻里もどう合わせたものか俺と東金さんを交互にみながら目配せをしてくる。
「どうかしら?」
「べつに……いいけどさ……。秘密にするとか、そう言うのはナシでお願い。いい?それが出来るなら賛成」
かくして、4人の部活動は5人になったわけだが。困ったのが座席だ。天文学準備室は狭くて机と椅子をおけるような広さはない。なので、畳を敷いてその上に四角いちゃぶ台を乗せているだけだった。冬にはコタツになる仕様だ。
「どうする?」
5人で4人掛けのテーブルを見ながら佳奈は腕組みして僕に聞いてくる。参ったな。ここまでは考えていなかった。天文台のある部屋はとても寒い。
「ここは、コッシーの出番じゃないのか」
健司は部室の棚の上に置かれたコッシーを指さして俺を見る。
「スイちゃんとサボさんはどこにいるんだ?」
「そんなモノはいない。アレはコッシーだがイスの町のコッシーではない。ただの腰掛けだ」
「なぁ、僕は本当にここに座ってるのか?」
「だって席が足りないからな」
「そうね。隠し事をするような人はそこがお似合いなんじゃないかしら」
コッシーに机は書類段ボール。マジか。
「良彦は勉強しなくても成績が良いんだから、それでいいじゃない」
「良彦くん、成績良いの?」
麻里がそう言ったのに対して東金さんが質問を返す。
「もうさ、マジすげぇんだよ。こいつ、予備校にも行ってないのに学年トップなんだぜ。なんか許せねぇ。言葉にしたら余計に許せねぇ」
「そう、なの」
「紗織は予備校に行ってないの?」
佳奈の質問に紗織は両親が居ないこと、祖父母に負担をかけられないことを理由に行っていないと、初日から突っ込んできた。
「ごめんさいね。変なこと聞いて。ごめん」
「佳奈が謝る事じゃないわ。それに、私も予備校に行かなくても多分大丈夫だから」
「へぇ、さすが転入生。この学校の転入試験、結構難しいって聞くからな」
「そうなの?初耳。健司も転入だったら不合格だったかもね」
健司が場の雰囲気を変えようとして、それに麻里が反応する。それを見て東金さんは少し微笑んだ様な気がした。
「それで、アレが小熊座の北斗七星。柄杓型の」
「あ、それは知ってるわ。あと、知ってるのはおとめ座かしら。私の星座だから」
「へぇ。8月?9月?」
「8月31日。夏の終り」
「9月も暑いでしょ」
「うん。でもなんか8月が終わると夏の終りって気がしない?」
東金さん、こんなに喋るのか。小学校の氷金、なんてあだ名の印象とはほど遠い。今なら聞けるかな、と思って気になっていたことを聞いてみた。
「なんで東金さんは、この高校に、この時期に転校してきたの?」
「なんでだろうね。そうしなきゃいけない気がしたから、かな」
こう言われるとしつこく聞くわけにも行かず、「そうか」とだけ返事をして、星座の話を続けた。
帰り道に「明日からみんな帰った後に勉強を教えて欲しい」と言われて少し迷ったがOKを出した。
「しまったな。佳奈がまた機嫌が悪くなるかも知れないな……早めに言っておくか」
夜のうちに佳奈にLINEしたが既読はついたものの返事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます