第2話 美人とから揚げと挨拶と
今年の桜は例年より少し遅い。春休みが終わった頃に満開になった。高校二年生も終わって女子高生ブランドも後一年。存分に楽しまなきゃ損するよ、とかお姉ちゃんに言われたりしてて時間の早さを実感したりしている。
私はホームルームで担任の先生がなにを言っているのか全く聞かずに外の桜を眺めていた。
「あ……花びら」
春の風に運ばれて私の机の上に桜の花びらがやってきた。
「ねぇ、麻里。花びら。ほら。飛んできた。麻里?」
「あ!ちょ!佳奈!佳奈!!」
麻里が興奮気味に私を呼ぶ。目線の先を追うと教卓の横に美人が立っていた。可愛い、じゃなくて美人。そう、美人。それが似合う容姿だった。
「わぁ……きれいなヒト。転校生?」
「そんなことより麻里!あの子、昨日の予備校の!」
「あ!」
あの黒髪にスタイル、雰囲気。確かにあの子だ。男の子たちは美人の登場に色めき立っているけど、当の本人は動揺を一切見せずに自己紹介をしている。
「初めまして。今日からこちらの学校でお世話になります東金紗織と申します。よろしくお願いします」
お辞儀をすると同時に流れた黒髪が春の日差しを浴びて艶やかにきらめいていた。
東金さんの席は私たちの反対、真ん中あたりの廊下側。休み時間にはいると何人かの人たちに囲まれている。
「良彦に健司は行かないの?」
「なんで?」
「美人を見に」
「ここにいるのに?二人も」
「はいはい。どうもありがとさん。でもこんな時期に転入なんて珍しいわよね。ここ私立だし。」
「確かにそうだよな。あ、学長の親戚とか」
「いや、あの学長の血筋であの美人は生まれてこないでしょ……」
いつもならこの会話に参加して面白おかしくやっていただろう。でもこの時は違った。東金紗織。間違いない。小学校時代のあいつだ。向こうは目線をこちらにむけるわけでもないし、気が付いていないのだろう。
「どした?おーい」
健司に目の前で手を振られて我に返ったというか、動揺から戻ってきた。
「どうしたの良彦」
「ん?ああ。あいつ、多分だけど僕の小学校の同級生だ」
「はぁ?まじかよ!どんな子なの?彼氏いるのか?どの辺に住んでるんだ?」
「健司……あんたね……」
「今は分からないな。中学までは同じバスに乗っていたけども、高校に上がってからは見たことがない。バス停に向かう途中にあった家の表札はそのままだけど、そこに住んでいるのかは知らない」
「ふぅん。小学校ではさぞモテた事でしょうね」
机に肘をついて佳奈は機嫌悪そうに東金紗織を見ながら呟いた。
俺の知る限り、東金はモテた、というより、クラスの奴らから距離を取られていた、という感じだった。氷金ひょうがねなんて言われるほどに冷たく他人を寄せ付けない雰囲気を放っていたからだ。
お昼休みはいつもの4人で昼食をとる。今日は天気も良いので中庭の桜の木を取り囲むベンチでお弁当やら購買のパンやらを口に運ぶ。話題はやはり転校生の東金のこと。もう誰かが告白して振られたとか、サッカー部の元主将を追いかけてやってきたとか、コレが有名税というか、美人税ってやつなんだろうな。
「あ……」
目の前を東金が通り過ぎた。舞い落ちる桜の花びらと一緒に流れる風で艶やかな黒髪が後ろになびく。一瞬、こちらを見たような気がしたが彼女はそのまま去っていった。
「見たか良彦。すっげぇ顔が小さいし足が長いし、なにより……」
「だからなんで私を見るのよ。ヘンタイ」
「そうよ。失礼じゃない」
「じゃ、なんで麻里は胸を張ってるんだ?」
「べつにぃ?」
麻里は佳奈を横目で見ながら僕になにか言えとばかりに目配せをしてくる。
「いいんじゃないか。佳奈はそれで」
「お。めずらしい。良彦が佳奈を誉めている気がした」
健司はそう言うと胸を張ったままの麻里が膝に乗せた弁当箱から唐揚げを摘まんで口に放り込む。
「ああ!最後の一個!残しておいたのに!」
「ふははははは。目を離すのが悪いのだ」
「もう!佳奈もなんか言ってよ!……佳奈?」
「あ、うん。そうだね。唐揚げおいしい?」
東金は午後も休み時間になる度にクラスの連中に囲まれていた。相変わらずこちらを見ない。やはり気が付いていないのだろうか。
翌朝、駅から学校に向かう途中に東金の後ろ姿を見つけた。話しかけるか迷ったが、意を決して話しかけた。
「東金、おはよう」
「おはよう、良彦くん。なんだ、挨拶、出来るんじゃない」
なんのことか訝しく思っていたら東金は続けて話しかけてきた。
「中学の時、一度も会話しなかったじゃない?挨拶くらいしてくれても良かったのに」
「いや……なんて言ったらいいのか分からなくてさ」
「おはよう、が?不思議な人ね」
そう言うと東金は歩速をあげて僕を置いていった。追いかけようとしたが、僕がすがりついてるように見られたら、と思って出来なかった。
「おう、良彦くん。今日もいい天気だねぇ。で、なにを話してたんだ?振られたのか?」
「そんなんじゃないって」
「おはよー。って、何かあったの?」
「お。佳奈ちゃんおはよう。こいつが東金に振られたんだよ。さっき」
「え、まじで?早すぎでしょ」
「あー!なになに?なんか楽しそう。私も混ぜてよ」
麻里も加わっていつもの4人になったワケだが。あれやこれや言われて僕は針のむしろだった。
「えー、違うのかよ。で、なにを話してたんだよ」
昼休みになっても健司は今朝のことを聞いてくる。
「なにって、挨拶しただけだよ」
「で?向こうは良彦のこと覚えてたの?」
「ああ。多分な」
「なに多分って」
麻里も健司と一緒に色々と聞いてくる。佳奈はそれを聞いているだけで、自分からなにか言ってくることはしなかった。
僕は、挨拶をしたこと、返事が帰ってきたこと、それだけだ、と余計なことは言わない事にした。
「で?本当のところはどうなんだ?小学校からの同級生なんだろ?というより、俺はどんな人なのかを知りたいな」
「東金がか?あまり他人の事は言いたくないんだが、一言で言えば冷徹な美人、だな」
「なんだそれ。冷たい性格なのか」
健司は少しがっかりした様子で、麻里を見る。
「なになに?私のこの性格の素晴らしさに気が付いた?惚れた?」
「惚れた。付き合ってください。お友達から始めましょう」
「健司、なんで振られた前提でお友達からなんだよ。それじゃ、今と変わらないじゃん」
つまりはそういうことなんだろう。健司にとって麻里はそう言う存在って事だ。佳奈はそういうの、無いのかな?そう思って佳奈の方を見ると、佳奈は考え事をするようにしかめっ面をしている。
「佳奈?かなさーん??」
「ん?はい。佳奈です。なにか?」
佳奈になにかと聞かれて、今度はこっちが困ってしまった。好きな人はいるんですか?とでも聞きたかったのだろうか。なんのために声をかけたのか自分でも分からず、とっさにこう続けた。
「今日も可愛いですね。水色ですか?」
僕ははり倒されるを予想して身構えたが。佳奈は「ありがと」とだけ言って、また考え事を始めたようだった。
「佳奈、どうするの?なんか強力なライバル出現って感じじゃん」
「東金さんのこと?」
「そうそう。小学校からの同級生で、良彦から挨拶したって言うじゃない。良彦が東金さんを気にしてたらどうするの?さっさとしないと取られちゃうかもしれないわよ?」
「かも知れないわね」
「かも知れないってあんた……」
良彦と健司が居ない間、佳奈と麻里が会話をしている席の横に気配を感じて同時に顔を上げると、そこには東金さんがいた。
「ちょっといいかしら」
そう言って東金さんは隣の空いた席に腰掛けて表情を見せずにこう切り出してきた。
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