雪女(6)

 プールの奥の方にあるドアをノックすると、ママの返事が聞こえた。


 ドアを開けると、北欧から取り寄せた家具に囲まれて、ママとパパが夏休みの計画を立てていた。


 去年の海外旅行はアイスランドだったけど、今年はどこかしら。


 ここがママの部屋で、さらに奥にある通路で、私たちの家とつながっている。


 キャミソール姿のママの話を、厚着のパパが白い息を吐きながら聞いている。


 パパの頭を寒さから守っている帽子と、メモを取る手にはめられている手袋は、ママのお手製。


 雪女の女王であるママの肌は、だれよりも白い。


 その手で細長いグラスにウォッカを注ぎ、水のように口にする。


 雪女が一番好きなのはお酒で、その次はプール。


 人間の男にはあまり興味がないらしい。

 

 そこが私とは少しちがう。


   〇


 雪女のママと人間のパパは、新潟県の雪山で出会ったと聞いている。


 一人で登山をしていたパパは当時大学生で、吹雪のために方向感覚を失い、山の奥の方へ入ってしまった。


 そして、だれも踏み入れない洞窟でママに出会い、とりあえず話しかけてみた。


 ママの方はパパを殺す気だったみたいだけど、人間に会ったのが初めてだったので、とりあえず話を聞いてみることにしたらしい。


 そうしたところ、ママはインテリに弱いタイプだったので、自分の知らない話を色々と話してくれるパパを殺せないまま、吹雪の中、日が過ぎて行った。


 まさしく逆千夜一夜物語だったよ、とはパパのコメント。


 パパの方は、ママと話しているうちに恋愛感情を抱くようになったのと同時に、ひとつの事業計画を閃いていた。


 ママから自分のほかにも雪女がいることを聞きだしたパパは、彼女たちから出る冷気を利用すれば、低コストで冷蔵保管ができるのではないのかと考えはじめた。


 本気になれば、吹雪も起こせるからね、私たちは。


 その後のパパたちの苦労話については嫌になるほど聞かされているけど、あんまり興味がないからよく憶えていないと、他人には言っている。


 だって、お酒欲しさに山から下りて倉庫に住み着きました、なんて話はよそ様にできない。

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