雪女(4)

「ただいま。吉岡さんはいないの?」


 私は事務所に入りながら、ワンピースのフロントボタンを上から二つ外し、服の中に冷気を入れた。


 冷房がよく効いている。


 ノートパソコンと睨めっこをしていた十人ほどの事務員たちが頭を上げ、私に挨拶を返してくれた。


 水分を補給するために、給湯室の冷蔵庫を開けて飲み物を物色していると、専務の吉岡さんがタバコ休憩から戻って来た。


 吉岡さんは高校生の頃から、うちの会社でアルバイトをはじめ、大学卒業後に入社した独身のおじさんである。


 年齢は四十歳だが、童顔のために若く見える。


 聞いた話だと、吉岡さんの最初の仕事は私の子守りであったらしい。


「お嬢さん、はしたないですよ」


 吉岡さんは私に近づくと、外していたワンピースのボタンを留めて、スカートの皺をのぼした。


 吉岡さんは、今でも私の子守りを続けているつもりのようで困る。


 私は仕返しに、吉岡さんに抱きついてシャツの匂いを嗅ぎ、「臭い」と顔をしかめた。

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