雪女(2)

 午後三時からはじまる四限目の授業は、世界史であった。


 私は世界の歴史に興味はないが、ロマンス・グレーの中年教師は好きなので、脳内で鼻歌をうたいながら講義室を目指していたところ、友達の塔子が前からやって来た。


 おそらく学園一、髪と背の高い女の子に手招きされた私は、彼女の口元に耳を近づけた。

 背の高さに反比例して、彼女の声は実に小さいのだ。

「有希ちゃん……。次、三〇九でしょ。エアコン、壊れてたよ。暑かった……」


   〇


 出席日数に問題がなかった私は、おじさまへの視姦行為を諦め、黒傘を広げて校舎を出た。


 私には考えられないことであったが、炎天下の校庭で、生徒たちがソフトボールに興じていた。


 女の子も何人かいるが、私には死んでも無理な話である。


 たぶん溶けてしまう。


 暑いだけでなく日影もないので、校外へ早く出たかったのだが、走ればさらに暑くなる。


 しかたなく、私がとぼとぼ歩いていると、外野へ飛んだボールに黒い肌の男子が飛び込み、華麗なキャッチを見せた。


 儀助め、なかなかやるではないか。


 幼馴染として鼻が高い。


 歓声を上げている生徒には、日本人に見えない者が多かった。


 外国の血が流れている生徒たちの集まりのようだ。


 この辺りは外国人が多い。


 学校の南にある竹川港には米軍が駐留しており、北には世界的な繊維メーカーである切尾商会の本社工場があるためだろう。


 まあ、儀助には外国の血は流れていないけどね。


 でも、面倒だから、お父さんはガーナ人ということにしているらしい。


 私も肌の白さが日本人離れしているので、聞かれた時は、ママが日本生まれのロシア人と答えている。


 だけど、儀助も私も、顔のつくりは純日本人なんだよね。

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