第2話Grass Tale Online1-2

「いやー近くで見ると尚のことおっきーねぇ……」


 黒焦げになった大狼に近付いて、腰に刺してある剥ぎ取り用の短剣を取り出しながら、彼女が呟く。


「お前は離れた位置で魔法撃ってただけだもんなぁ。俺はずーっとこれと張り合ってたんだぞ」

「その説はありがとうございました──」

「うむ。良きにはからえ」

「──防御バカ様♡」

「シバくぞ」


 お互いに冗談を言いつつ、彼女の提案で俺は頭から、彼女は尻尾から回収を始めて、一番ドロップ品の多いであろう腹は二人で狩り取る、と取り決めてから解体作業を始める。


 頭部に着いた時、最初に目に入ったのはやはり【エクスファイアⅤ】の直撃を受けた脳天だった。頭部の毛皮や、肉や骨が抉れて内蔵が丸見えになっているのは勿論、緑で溢れているハズの草原の一部が、大狼のドスグロい血液により赤黒く染っていて、思わずディスプレイから目を背け、無意識に「ウッ……」と口元を手で抑えてしまう。いや、これあかんでしょ。こんなところまでリアルにしなくても良くね!? 


「エイジー? 大丈夫ー?」

「あ、あぁ……だいじょぶだいじょぶ」


 ヘッドフォンから呑気なフウカの声が聞こえ、少しばかりか気持ち悪さがマシになる。俺が頭部担当で、本当に良かった。こんなグロいの、流石に彼女には見せられない。

 それでもやはりディスプレイから目を背けつつ、採取ボタンを連続でタップし続ける。その度に「グチャッ」という何かが潰れた音がヘッドフォンから響き渡り、俺の想像力を掻き立てる。俺はただ、その妄想を振り払うかの如くタップを繰り返す。


 〈ドロップアイテム : ≪大狼の瞳×2≫ ≪大狼の毛皮×50≫ ≪大狼の肉×99≫ を入手しました〉


 その行為を繰り返すこと約三分。大狼の頭部が自然消滅した後、チャットログの更新を確認する。それを元にアイテムボックスを開くと、確かにそれらと思わしきアイコンが三枠に分かれて増えていた。……いや、≪大狼の肉≫多すぎだろ。カンストしてんじゃねーか。

 既に自分の分の回収が終わり、大狼の腹部で待機していたフウカに近づきマイクに向かって声を発する。


「フウカはどの位素材集まった?」


 俺の問いに、彼女は顎の下に人差し指を置いて「ん~……」と唸った後、そのままその指で宙をスワイプする。直後、そのスワイプした軌跡辿るように、彼女の目の前に半透明のアイテムボックスが出現していた。設定で可視化したのだろう。

 彼女の隣に立ってストレージを覗き込み、手に入れたものを読み上げる。


「≪大狼の尻尾×3≫ ≪大狼の毛皮×30≫ ≪大狼の肉×99≫……。いやだから肉多すぎな」


 俺と同じ様な状況に、思わずツッコみを入れる。まぁ、恐らくこのドロップ量を考えると、大規模パーティ──所謂”レイド”を想定しての事なのだろう。


「……狼の肉って美味しいのかな?」

「別に俺ら本人が食べるわけじゃないんだから、美味しさとか関係なくね? 絶対売った方がいい」

「そうやってロマンのないこと言うの、良くないと思いまーす」


「ブーブー!」と可愛らしくバッシングをしてくる彼女。しかし、それもすぐに引っ込めると、今度は《The Lost Tale》の亡骸を傍目に見ながら、打って変わって感慨深げに呟く。


「……私たち、本当に二人だけでユニークを倒したんだね」

「こういう達成感って、ドロップ品回収後にじわじわ来るよなぁ」


 腰に手を当てて同意する。うんうん、その気持ち良く分かるよ。

 ちなみに、こういったユニークモンスターを狩った者やパーティは、”世界見聞録”と呼ばれるゲーム内の記念碑にその名が刻まれるらしい。

 これは、このゲームのプレイヤーにとっては大変名誉なことで、有名人になるきっかけでもある。現に、前回イベントのユニークモンスター討伐パーティは、羨望の眼差しと共に公式ゲーム攻略サイトで特集が組まれていた。恐らくだが次のメンテナンス辺りで、石碑に俺たち二人の名前が刻まれて、彼らと同じような扱いを受けることになるだろう。


「まぁ、そんな感慨深くなってないで、ちゃっちゃと回収作業済ませちゃおうぜ。前から言ってるけど俺は回収作業が嫌いなんだよ」

「……うん、そうだね」


 ……? なんだろう、どうにもフウカの歯切れが悪いような気がする。

 しかし、大狼の腹部に座って剥ぎ取りに入った瞬間からいつも通りの明るさに戻っていたし、きっと気のせいだったのだろう。これ以上深入りして作業遅らせるのも環境的にマズいし、第一に俺はさっさと回収作業を済ませて、喜びに満ちながらログアウトしたいし。

 そう結論付けて、短剣を握りしめる。


 ユニーク狩りの集大成。ここはひとつ気合を入れて剥ぎ取ろうじゃないか! 
















 〈ドロップアイテム:大狼の肉を手に入れました〉

 〈ドロップアイテム:大狼の肉を手に入れました〉

 〈ドロップアイテム:大狼の肉を手に入れました〉

 〈ドロップアイテム…………〉



 ………………って思ってた時期もありました。


「ねぇ……さっきから肉ばかり取れてるのって気のせいかなぁ?」

「きっ……気のせいじゃないかな?」


 ヘッドフォンから聞こえる怒りに満ちた声に、心臓が飛び上がる。これはまずい。非常にまずい。このままでは、『五十分も掛けて戦った強敵が、実は食用ユニークモンスターでした!』なんてことになりかねないんじゃないのだろうか。そうすれば、フウカの激怒は必至、このゲームを引退なんて流れもありえる。それに加えて、俺達は『食い神坊(笑)』『神喰らい(食用)』みたいな称号を押し付けられて、このゲーム一の笑い者になってしまうのでは──

 とりあえず今は第一に、この場をどうにかして切り抜けなければ! 


「じ、実はこいつ、肉だけのモンスターなんじゃないのか? ユニークみたいな──」

「冗談言ってないで剥ぎ取りなさい」

「サー、イエッサー!」


 隊長! 僕には切り抜ける力なんてなかったようです! 

 マイクが拾わないようにそっとため息をつきつつ、採取ボタンをタップし続ける。しかし、出てくるのはやはり肉ばかりで……たまに毛皮が剥ぎ取れるのが一周回ってイラっとする。どうせなら肉に統一しろや。


 まぁ、彼女が焦るのも無理はない。でも、出来れば俺に当たらないで欲しいなぁ……。

 ……と、恨み言を連ねていたその時。

 ピコンっ! という軽快な音が、脳内に鳴り響く。この音は、もしかして──

 採取ボタンのタップをやめ、急いでアイテムボックスを開く。隣では、フウカが苛立たしげに採取を繰り返しつつ、こちらの様子を伺っている。


 〈ドロップアイテム : ≪黄金の槌≫(ユニークアイテム)を手に入れました〉


「やったぞフウカ! ユニークアイテム!」

「え、本当!? 見せて見せて!!」


 フウカが怒り顔から一転、期待と喜びの表情を見せながら俺の肩に手を置いて急かしてくる。アイテム欄を可視化設定し、彼女が見やすいように少しだけ身を屈めてあげる。


「≪黄金の槌≫……装備じゃないけど、どの情報サイトにも載ってない、マジのユニークじゃん! 効果は!?」


 俺以外触れられないのを忘れるくらい興奮しているのか、フウカがスカッ、スカッと槌のアイコンを透かしながらタップを繰り返す。そんな彼女の行動に苦笑いしつつ、彼女の指に、自分の指を合わせて槌のアイコンをタップする。数瞬のラグの後、ブンっという鈍い音と共に槌の情報が出現した。


「えーっと……? 『古の噺に出てくる伝説の槌。所持しているだけで所持者の願いを三つまで叶えることが出来る。所持者は至る所で使用可能』……と」


 なんか凄いことが書いてある気がするけど、何分現実味がなくて話が頭に入ってこない。ただ一つ分かったことがあるとすれば、あのモンスターの名前の"Tale"──つまり"御伽噺"が関係している、ということだけ。効果や外見を見る限り、童話『一寸法師』の"打出の小槌"なのだろう。


「チートと疑われても仕方がないくらい、えげつない効果だね……」


 声音だけだが、彼女の戦慄が手に取るように分かった。

 俺はひとつ咳払いをしてから、彼女の化身に近付いて、立膝になって一言。


「俺がチートの疑いかけられても、一緒にいてくれるかい……?」

「んー、願い事叶えてくれたら一緒にいてあげるかも」

「俺への愛情ゼロかい」


 お互いに軽口を叩きあって、どちらともなく笑い合う。

 その後、しばらくの間大狼の腹部を剥ぎ取って探してみたが、やはり思った通り肉ばかりで、めぼしいアイテムは結局見つからなかった。


 空へ昇っていく《The Lost Tale》のポリゴン片を見上げていると、フウカが俺の腕をギュッと掴んで話しかけてくる。


「結局、これ一つだけだったけど、報われたよね。……ねぇ、どんな事お願いするの?」

「んー、まだ未定。使用出来るのはどうやら所持者だけみたいだから、出来るだけ俺とフウカ、二人が得するものにしようかなって」

「普通の人だったら独り占めしちゃいそうだけど……やっぱそこがエイジのいい所だよね」

「そりゃどうも。……おだててもなんも出ねーぞ」

「バレたか」


 彼女が声を立てて笑う。


「今日、このあとどうする?」


 そう問われて、部屋に備え付けられている時計に目を移すと、短針は既に2を悠に通り越して3近くを指していた。

 そろそろ寝ないと、本格的に明日の講義に間に合わない。


「悪い。俺はもう落ちるわ。明日講義一限からだし、流石に眠い」


 そう答えると、彼女は安堵したかのように息を吐いた。


「実は私も。エイジがまだ続けるって言ったらどうしようかと思った」

「そんじゃ、まだ続ける?」

「お一人でどうぞ?」

「うそうそ」


 冗談を交えつつ笑いあう二人の髪が、風によって芝と共に綺麗に波立つ。


「じゃあ、また明日な」


 なんとなくまだ話していたい気持ちもあるが、ここで我儘を言っても仕方がないので拳を固めてグッと我慢する。彼女の生活を阻害するのは、正直彼氏として失格だと思うから。

 もう何百回とやってきてお陰か、慣れた手つきでメニュー画面を開いて、ログアウトメニューを出す。


「エイジ、ちょっと待って! 一個言い忘れてた!」


 彼女の焦ったような声にビックリして、すんでのところでメニューから指を離す。


「なんだよいきなり」


 俺が言うと、彼女は「ごめんごめん」と笑いながら話を続けた。


「来週末、都心でリアルイベントあるよね?」

「あるな」

「……エイジは行く?」


 彼女の微かに期待を滲ませた声が鼓膜を震わす。彼女が何を言わんとしているかはすぐに分かった。


「あぁ、行くつもりだよ」


 だからこそ、いつもより幾分ばかりか優しい声で言う。同じ気持ちだよ、と共有するために。


「そっか、そっかそっかぁ!」


 隣に立つキャラの動きに変化はないが、彼女の声音は年相応とは思えない、まるで無邪気な子供みたいに弾んでいた。


「実はね、お母さんが許してくれて、私も行けることになったんだ〜! これで、やっとエイジに会えるね!」

「おぉ、良かったな」

「えーなんか反応薄い~。結構サプライズだと思ったんだけど」

「いや、そんなことないよ。俺だってめちゃくちゃ嬉しい」


 実際のところ、先程とは違う意味で拳を強く握っている。身体は嬉しさで震えてるし、顔なんか既に人様に見せられないほど破顔している。そりゃそうだ。彼女と知り合ってから二年、付き合ってから一年。やっと、生身の彼女に会えるのだ。正直、イベントそっちのけで彼女とイチャコラしたいとすら思っている。


「早く当日になんねーかなぁ……」

「それこそ、《黄金の槌》に頼んでみれば?」

「馬鹿言え。いずれ来るものを願うなんて無駄遣いじゃないか」

「そういうところはちゃんと考えてるのね……」

「それに第一、こういうアイテムがリアルで使えるわけないだろ」

「夢を壊さないでよ」


「まぁ、そういう所がエイジらしいよね」と、フウカがクスクス笑う。


「まぁ、とりあえず、正確な時間とか場所とかは近くなったらまた話そ! とりあえず言いたかったことはそれだけ! また明日ね!」


 彼女は、そのまま素早い動作でログアウト画面を開いた後、最後にもう一度「おやすみ」と微笑みながら呟くと、青い光に包まれて消えていった。

 それと同時にボイスチャットも終了したようで、ヘッドフォンからは少し耳障りなノイズ音と共に、草木が揺れる静かな音が響いていた。


 ……本当、嵐のような時間だったな。


「さて、俺もログアウトするかぁ……」


 開きっぱなしのメニュー画面から、もう一度ログアウトボタンをタップする。

 その直後、先程フウカの周りに現れたような青白い光が《エイジ》を包み込んでいき、先程の草原の景色がどんどんと遠のいて──









 リィーーン……

 〈ログアウトが完了しました〉


「ふぅ……疲れたなぁ……」


 ちゃんとPCがシャットダウンされたことを確認してから、ゲーミングチェアに寄りかかって伸びをする。リクライニング機能付きのそれは、少しの反発はあるものの、俺の意思を受け入れるかのように倒れ込んでくれた。


 俺ことかしわざき英司は、今年で大学三年生になった。入学当初から始めていた一人暮らしにも慣れ、出来た暇な時間を趣味のゲームに費やす、いわばネト充だ。


 一年の頃は比較的頑張って勉強とゲームの両立をしていたのだが、二年生になった途端にゲーム優先に切り替わってしまい、堕落。そのせいで三年になった今は単位が幾分かピンチなのである。

 自業自得なのは分かってはいるのだが……習慣づいてしまったモノは中々治すことはも出来ないし、それどころか講義中もゲームのことやフウカのことばかり考えてしまって、内容が身に入らない。無理にでも講義を聞こうとするとストレスばかり溜まってしまって仕方が無い、という悪循環にハマってしまっている。なので、睡眠時間を削ってまでゲームをしているのだ。


 手早く大学の準備を済ませて、ベッドへダイブする。……ちなみに既に風呂は済ませてあるから、汚くはない。

 充電コードに刺してあるスマホを手に取り、電源を入れる。ホーム画面に表示されている日付は、先ほど確認した時より一つだけ増えており、時間に関しては既に3時を回っていた。いつもならば夢の中でゲームをしている時間なのだが……。


「あの小槌、どうしようかなぁ……」


 早く寝なければ、と心の中では思っているのだが、どうにもあの小槌が気になって仕方がない。そもそも、運営が一ユーザーにこんなデタラメな効果の代物を授けて良いのだろうか。


「手に入れた時は興奮してたから分からなかったけど、冷静になってから考えてみると、ゲームバランス壊しかねないよな……」


 まぁ、多分そこら辺はちゃんと考慮されていることだろう。……と思いたい。ここは、手に入れちゃったもんは仕方ないと、割り切ることにしよう。

 もし使うとしたら、どんな感じに使おうかな。とりあえずフウカと俺の願いを一個ずつ、二人の為になる願いを一つって感じにしようかなって思ってるが……。

 スマホを閉じて、枕にうずくまる。


 前にフウカが「最近マンネリ化してきてイベント以外つまんない」って話していたし、この際フウカと二人で、一度Lv1からやり直す……とかもありだな。これなら二人のためになるし、何よりまだまだこのゲームを楽しめることになる。ただ、職業解放だけはめんどくさいから、今のまま維持して欲しい感はある。……なんて。

 リィーーーーン……

 自分の欲の深さに苦笑いする。そんなこと、出来るわけがないのに。


 大きな欠伸をしつつ、寝返りを打つ。

 フウカは、どんな願い事をするのだろうか。地位や名声、装備だって何もかも持っている彼女は──。


「あ、やべ。《炎帝の魔杖》渡し忘れた」


 あるじゃん、持ってない装備。ユニークアイテムの件で完全に忘れてた。怒られそうだなぁ……。

 まぁ、明日またあので、あいつと会うんだ。──リィーーーーン……──その時にでもちゃんと渡してやらないとな。多分あいつも忘れてただろうし、きっと許してくれるだろう。


 そう考えている内に、だんだんと意識が遠のいていくのを感じた。バイトが終わってから五時間ぶっ通しでゲームをしていたのだ。いつもよりかなり早く睡魔が襲って来てくれて、逆に助かった。早いとこ眠って、明日に備えよう。

 そういえば──。

 薄れゆく意識の中、彼女の最後の言葉が頭の中を駆け巡る。


『イベント、行けることになったんだぁ〜!』

(当日着ていく服、買ってこなきゃな)


 頭の中でフフっと笑って、俺は意識を暗闇へと手放した。














 ──この願いが叶うことは無いとは知らずに。

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