ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。
颯月凛珠。
第1話
俺とフウカが初めて出会ったのは、”二つ”の意味でゲームの中だった。
「エイジ! 五秒後に【エクスファイアⅤ】を撃つから、良い感じに足止めお願い!」
「りょー……かい!」
襲い来る牙を盾でいなしながら、ヘッドフォンから聞こえる声に応える。今俺とフウカが戦っている狼型のモンスタ──《The Lost Tale》は、所謂ユニークモンスターと呼ばれる、サーバーに一度しか出現することのない、超が付くほどのレアモンスターだ。二人での狩りの帰りに偶然出現に立ち会ってしまい、そのまま戦闘を開始してしまった。普通、このようなユニークモンスターは、四パーティほどのレイドを組んで狩る、というのが定石なのだが……
『私、二人だけでこいつを倒したい』
そんな、彼女の真剣な声に俺はただ頷くしかなかった。何故そんなに二人だけに固執するのかは分からなかったが、彼女がどれだけこのモンスターを倒したいか、声音だけでひしひしと伝わってきた。それと同時に、彼女のパートナーとして、俺の身もキュッと引き締められた。
「5……」
カウントが打たれる。その瞬間から俺のキャラが──いや、俺らが立っているこの地・面・が振動し始める。俺の後ろに居る彼女が、草原にある魔力リソースを全て集めているのだ。心無しか、周りを取り巻く空気が暗く、重くなってきているような気がする。
「4……3……」
「っ!」
彼女の五つのカウントのうちの三つ目で、中級盾スキル《シールドバッシュ》を使用する。
このスキルは、相手を盾で殴り掛かり、スタン効果を与えると同時にその反動を利用して十メートル程後退するスキル。レイドバトルやパーティで前衛を交代──つまり、《スイッチ》の際によく使用されるモノだ。
「2……」
このモンスターもユニークとはいえ例外ではなかったらしく、赤くなったHPバーの下にスタン状態の表示が点滅していた。目の前の巨体も足元が覚束ない様子で、頭を垂れてユラユラと体を揺らしていた。
「……1!」
フウカのカウント直後、彼女が持つ杖から周囲一帯を焼き払わんが如き炎が出現する。
「【エクスファイアⅤ】!!」
明らかに人為的に作れるレベルではないこの魔法は、火炎属性の中の最強魔法の一種で、直径十メートルほどの火炎弾……いや、隕石を術者の指定位置に放つモノだ。
《The Lost Tale》はスタンしながらも、その危険度に気付いたのか、必死にスタンから抜け出そうともがき始めている。
「くらえー!!」
彼女の可愛らしい声から放たれる、明らかに可愛らしくない隕石が、驚愕に目を見開く《The Lost Tale》の脳天に直撃し、爆散する。
『ガアアアアアアア!!!!!』
獣の悲鳴が俺とフウカの耳を劈き、それぞれのゲームキャラが耳を塞ぐ。流石に五十分以上の戦闘でHPをすり減らされていた《The Lost Tale》もこの一撃で地に沈んだようで、先ほどまで遥か頭上に見えていたネームタグが消え去っていた。……つまり、俺たちの勝利だ。
「よっしゃ──あちちちっ!! ちょっとフウカさん!? 俺にも当たってるんですが!?」
二人でのユニークモンスター討伐を喜ぼうとしたのも束の間、直撃ではないにしても、飛び散る火の粉や爆風によるダメージが俺にも届いてきた。そのせいで、ただでさえ《The Lost Tale》との五十分以上の戦闘ですり減っていたHPが、黄色から赤へとみるみる減っていく。ちょっと!? ここで死ぬのは流石にシャレにならないんですが!?
「お前、ありったけの魔力を込めて撃ちやがったな!? なんで魔法の残留物だけでこんなにHP減ってくんだよ!?」
「エイジなら属性耐性高いし、ちょっとくらっても大丈夫かなって思って。……ごめんねっ!」
てへっという可愛らしい声が、ヘッドフォン越しに聞こえる。
「てへっ! じゃねーよ! とりあえず回復頼む! 早急に!」
「えーどうしようかなぁ……」
「……《炎帝の魔杖》」
「ほいっ! 【エクスヒール】!」
《The Lost Tale》を倒す前の狩りで手に入れた激レアドロップを口にした瞬間、金と緑が合わさった光が俺を包み込む。彼女の見事な手の平返しに苦笑いしつつ傍目にHPバーを見ると、先程までレッドゾーンだった体力がグングン上昇し、黄色、緑と色を変えていく。彼女が唱えた数秒後には、先程の戦闘など無かったかの様に満タンまで回復したHPバーが表示されていた。
俺は「お〜」と感心の息を吐く。
「流石サーバー最強のウィザード。回復スキル本業の人より回復効果がデカいんじゃないか?」
「脅されたあとに褒められても全く嬉しくないんですけど……」
彼女が憎々しげに呟く。それは俺もろともユニークモンスターを葬り去ろうとしたお前が悪いだろ……なんて、トドメを刺せなかった俺が言える訳もなく、「アハハっ……」とぎこちなく笑った後、マイクが拾わないくらい小さなため息をついた。
彼女の魔法がユニークモンスターを撃破した。結果が全てのこの世界では、それが重視されて、俺のキャラの命なんて二の次なのだ。ほんと、実力主義って怖い。
不平不満を思いつつ、自身の休憩も兼ねてキャラをその場に寝っ転がらせた後、マイクに向かって言う。
「それにしても、やっぱユニークモンスターってエグい体力してんなぁ……」
「ほんとに。まさか、ジョブマスターのレベルカンスト二人で五十分もかかるなんて思わなかった。あ〜、目と腕が痛い。明日絶対筋肉痛」
彼女のキャラも同じように俺の隣に寝っ転がると、黒髪を靡かせて気持ち良さそうに風に当たっていた。フウカ自身も伸びをしているのか、ヘッドフォンから「んっ」と少し高めの声がした後に、甘い吐息が聞こえてきて、胸のあたりがドキッと疼く。
「ドロップ品の回収は後でにしよっか。今は休も」
「そうだな」
ちなみに、この世界でのドロップ品は俺たちが今いる”フィールド”では三十分以内は倒したプレイヤー、もしくは倒したプレイヤーのパーティメンバーのみが回収可能で、三十一分以降は部外者プレイヤーでも回収可能になり、最終的に一時間経ったら自動的にデリート……という仕組みだ。一応周りに他プレイヤーがいないのは確認済みだが、念を期して俺らが休めるのはあと十分そこそこだろう。
それを見越しての彼女の意見に同意しつつ、キャラのモーションを継続させる。この『寝っ転がる』というモーションは、HPとMPのリジェネレーション効果がついており、【シールドバッシュ】やその他攻撃スキルにより減少していたMPを微量ながら回復させてくれていた。
自分でも変だとは思うが、この”少しずつ回復するゲージ”を見るのが最近の趣味で、MPの消費が少ないときは、こうしてよく寝っ転がりモーションを使っては、ディスプレイ越しに微量なMP回復を見て愉しんでいるのだ。フウカにも変な目で見られることが多いが、今日に限っては大目に見てくれるであろう。
「そういえば」
五分ほどの各々の時間──俺はこの後落ちるため、PC周りの食料や飲み物の掃除を、フウカの方は……時折水の流れる音が聞こえていたことを考えると、洗い物だろうか──が過ぎ去った頃、付け直したヘッドフォンから落ち着いた女性の声がした。
「ん? どうした?」
「いや……いつものやつ、やってなかったなって」
「いつものやつ?」
そう言われて一瞬悩んだが、いつもクエスト達成後にやっていた彼女とのルーティンのことを指しているのは、すぐに分かった。
「あぁ、確かに」
「こういう時こそ絶対やるべきことなのにね」
ヘッドフォンの向こうで、クスクスと笑う声が聞こえる。「あぁ、まったくだよ」と含みを込めて、俺も笑い返す。
俺の化身──《エイジ》を寝っ転がらせたままフウカのいる方へ身体を向けさせ、モーションからこぶしを前へ突き出させる。彼女も慣れた動作で化身を動かし、同じようにこぶしを前に突き出してくる。
「お疲れ様」
「ん、お疲れ」
信頼するパートナーと、お互いに拳を突き合わせる。このモーションに効果音はないはずなのだが、俺の耳には確かに「コツンっ」と聞こえた気がした。
爽やかな風が草木を揺らし、緑の波を創り出す。見上げる空は雲一つない快晴で、自由に飛び立つ鳥たちは、俺たちの偉業を祝福しているようにも見えた。
『Grass Tale Online』。通称GTO(偉大なる教師じゃないよ!)と称される、グラフィックとゲーム感のリアリティと、敵を倒した時の爽快感がウリの今話題の国内最大級のMMORPGだ。
そのゲームの中で、俺は彼女と──フウカと出会った。もっとも最初こそギルド主催で定期的に行われる狩りに参加したところに彼女がいたり、皆で雑談をしていたときにちょこっと話す程度の仲だったのだが。
しかし、時間が経つにつれて、ログイン時間が全く一緒だったことや、タンクと魔導士で相性が良かったこと、このゲーム以外の共通の趣味があったことで、パーティを組んだり、チャットしたりする機会が多くなり、その距離は次第に縮んでいった。
二人でボイスチャットをし始めた頃になると、本当に女性だったことへの驚きと、女性と通話することへの遠慮が少なからずあったが、話しているうちに、似通った家庭環境に置かれていたことも知り、親の愚痴や単位の話などで日夜盛り上がることができた。
俺がマスターの横暴な方針についていけなくなり、ギルドを脱退しようとしたときなんか、糾弾される俺を庇いながら『エイジが抜けるなら私も抜ける』と男顔負けの頑固さを存分に発揮してくれていた。結局俺も彼女も、職権に溺れたギルドの幹部達が、彼らだけが持つ”通報”という機能を使って、強制的にギルドから脱退させられたのだが。
しかし、その追放のおかげで、ある意味で強い絆で結ばれた俺たちの関係は、ゲーム内の”結婚”機能に留まらず、ついにはリアルの恋愛情事にまで発展した。俗に言う"ネット恋愛"というもので、周りからかなり反対されはしたものの、一年近く経った今ではそれも気にならなくなった。
ただ唯一苦言を呈するのなら……。
仰向けで空に向かって手を挙げているフウカを見やる。
お互い学生で、住んでいる場所も遠かったために、リアルでまだ一度も顔を見たことがないのだ。
それだったら、写真でもなんなり送ってもらえば良いじゃないかと思う方もいるだろう。まぁ、それは俺も考えたのだが……。結局、そういう類の話はしないまま、今日この日までのんびりと彼女との時を過ごしてきてしまった。なんとなくだが、現実を知りたくないと思ってしまっていたのだろう。面食いという訳では無いのだが、全く失礼極まりないと自分でも思っている。
「エイジ」
どうやら俺の視線に気づいていたようで、空に向けられていた視線が寝転がる俺の化身に向けられていた。
フウカは一瞬、陽の光にも負けないくらい眩しい微笑みを俺に向けた後、今度はパッと花を咲かせたかのような明るい顔になる。
「そろそろ休憩終わりにしよ! ドロップ品の回収いこっか!」
そう言いながら意気揚々と立ち上がる彼女の背中を、俺は気だるげに見つめた。
リアリティを追及しすぎた結果なのだろう、このゲームのドロップ品回収作業はなかなか手が折れるのだ。お察しだとは思うが、倒したモンスターのアイテムがデータ化されてアイテムボックスに自動保存されるのではなく、倒したモンスターの残骸の中から、手探りでアイテムを見つける、というものだ。至極面倒でグロテスクな部分もあるので、実はプレイヤーの中から改善を要求されてるのだとか。
ただ良心的なのは、ドロップしたアイテムを全て取りきるまで死骸が自動削除されないという点だろう。このシステムのおかげで時間はかかるが、取り逃しは無くなる訳だ。まぁ、それを差し引いても、俺はこの回収システムが嫌いなのだが。
「ほら、早くしないとドロップ品全部貰っちゃうよー! 」
彼女の声に我に返ると、既に彼女の背中は大狼のお腹辺りまで移動していた。
「……へーい」
もう少しこのままでいたいという気持ちを抑えて、俺は嫌々ながら《エイジ》の腰を上げさせた。
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