第14話 誘拐
ローラインが連れ去られた。俺とセルシスが呆然とする中、シュガーが猛然と走り出す。かなりのスピードだ。
「なにをしてるの!私たちも追うわよ!」
追うたって!俺たちは走りのスキルを持っていない!咄嗟に考えて雫を引き留め、セルシスの転移スキルでローラインの元に転移すれば良いのではないか?と提案したが、即答で却下された。
「安易に考えないで!敵が捕縛スキルを持っていたら一網打尽にされるわ。そうね。あなた達には一旦、闘技士邸宅に戻って貰うわ。ホログラム通信機で指示を出すからそれに従って転移してきて。お願い、頼んだわよ」
そう言って雫もシュガーを追って走り去った。
「それにしてもシュガー、インビジブルスキルの他に走りのスキルも修得していたのか。しかもかなりのスキルレベルに見えたな」
「新海さん、感心してる場合じゃないですよ。私達は私たちの出来ること、今は指示さて多場所に一刻も早く戻ることです」
セルシスに冷静に諭される。それもそうだ。俺たちは走れない。防御系スキルもなにもない。今襲われたら……。
「やぁ、君たち。まだ私に何か用事があるのかな?」
闘技士邸宅主人の私室に俺は居た。簡単なことだ。セルシスが主人を思い浮かべて”飛んだ”のだ。そんなことも思いつかないなんて。
セルシスが簡単に事情を説明したところ、主人はローラインの私物をサラに取りに行かせ、サーチスキルでローラインの居場所を検索し始めた。
「不味いなヴェリントンの本部だな。雫がブルーマスターとはいえ、ヴェリントン本部に一人で殴り込みをかけるには無謀な選択だ。その、走っていったというシュガー君に連絡は取れるかね?連れ去った男の特長が知りたい」
主人にそう言われてシュガーにホログラム通信機で連絡をとる。襲撃者を路地まで追い込んだ途端に空に階段でも出来たように駆け上がって建物を越えて行ってしまい見失ったとのことだった。
「頭目か。厄介だな。そのスキルはエアステップと言ってな。空中で自在に足場を作るSSRスキルの一つだ。ヴェリントン頭目が持つスキルの一つだ。やつも昔は攻略組の一人だったのだがな。一大反抗決起戦の後にヴェリントンを立ち上げて盗みの頭目になってしまった。オールド・マスターとの戦いを諦めたんだ」
ヴェリントン頭目……。スキル窃盗団の頭目に連れ去られたのか。しかし、なぜローラインなのだろうか。確かにSSRスキル保持者であるが、そのスキルを持っているなんて知らないはずだ。一旦、シュガーの元へ転移、シュガーもつれて屋敷に戻ってきた。雫に連絡を取ると一人で突入すると言っている。
「やめなさい!ブルーマスター!現役を退いた今のあなたではガルには勝てない!」
屋敷の主人はそう言って雫に一旦戻るように説得している。
ブルーマスター?現役?どういうことだ。
「ご主人、雫は一体何者なんですか?」
「聞いていないのか。良かろう。これは君たちも知るべきだ。彼女は一大反抗決起戦の時のブルーギルドのマスターだ。部隊の最大戦力であったが、レッドギルドマスター、ガルの離脱によって攻勢が崩れてな。結果撤退と相成ったわけだ。ガル……、彼は雫の元恋人だった男だ。さっき、彼女から腕輪を見せて貰ったとき、ガルがヴェリントン頭目であることは分かったのだが、それを伝えるのは忍びないと思ってな。黙っていたのだ」
雫がここに戻ってきて襲撃者がガルであったと知ったらどうなるのだろうか。一段と特攻を実行すると言いかねない。主人に相談したが、隠しても意味がないし、雫ならガルのスキルを知っているのでローライン奪還には有利なはずだ、との事から戻り次第、全てを打ち明けて対策を練ることとした。
「知っていたさ。ガルがヴェリントンを立ち上げたとき、私も誘われたからな。もちろん断った。しかし、なぜ保有スキルも分からないローラインを拉致した?私をおびき寄せるため?だとしたらこれは私の問題だ。君たちを巻き込むわけにはいかない」
雫は立ち上がりヴェリントン本部に行くと言い出した。主人は冷静になれと雫を諭す。そして一つの提案を持ちかけてきた。
「私の闘技者を支援に出そう。見返りは支援の結果に関わりなくブルーギルドマスターである雫が闘技場に出場すること。優勝商品のレアスキルは私が頂く」
さも出場すれば確実に優勝出来るというような言い草だ。ギルドマスターというのはそこまでの実力者なのだろうか。
「ご主人、ギルドマスターはそこまでの実力者なのですか?」
「なにを言っている。ブルー、イエロー、レッド、ブラック、各ギルドのギルドマスターだ。攻略組の四天王だよ。彼らに勝てるのはギルドマスターかオールド・マスターだけだ」
雫が四天王……想像もつかなかった。闘技士の主人はレッドギルドでエンチャンターをやっていたという、しかし、ヴェリントンにスキルを盗まれ攻略組を引退したとのことだ。その残りをサーチスキルを残してローラインに譲り渡したという。そのローラインをさらわれたのだ。一番追いたいのは主人なんじゃないのか。にもかかわらず冷静に雫を諭している。
「分かった。ウォルスの言う通りにしよう。済まないが支援メンバーの選定を頼む」
再びイスに腰を下ろした雫を見て闘技士の主人、ウォルスは胸をなで下ろすような息を吐き出し、サラを呼んで皆をここに集めるようにと使いに出した。
「セスとボーゲンは攻撃系スキル、ローズはオールマイティ、ジェシカとヘルエスは支援スキル特化型だ。セスは武器スキル保持者だ。ヴェリントンにはシャドウスキルを見破るレベルは幹部クラスだ。ガルのところまでは比較的安全に行けるだろう」
ウォルスがそう言うと半仮面を着けたセスはテーブルに置いたティーカップを音もなく切り裂いてみせた。音も立てずにティーカップを切り裂くとは一体どのような武器なのだろうか。同じく前衛を勤めるウェーブのかかった銀髪の男、ボーゲンという男もきっと同じ位のレベルなのだろう。セスと似たような空気を感じる。
雫はローズに攻撃陣形の確認を行い始めた。セスとボーゲン、雫は前衛、ローズとセルシスは中衛、戦況を見極める。後衛はジェシカとヘルエス、そして俺だ。俺は支援特化型の二人を護る役というわけだ。シュガーはウォルスの屋敷に待機。
雫が今すぐにでもヴェリントン本部に向かうと言うのをウォルスが引き留める。
「これからは彼らの時間だ。朝、日の出と同時に出撃の方がこちらに分がある。それにローラインのリフレクトスキルは丸一日は使えるはずだ。それまでは彼らはローラインに指一本触れることは出来ない」
その日は明日の出撃に向けて早めに休む事となったが、俺は雫の事が気になって眠れずにいた。
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