第13話 事件
「さて。今日からはイエローじゃなくてレッドエリアに向かうわよ。まずは街の状態を把握するところからスタートするわね。レッド以上は昼間でもヴェリントンが活動してるから注意してね。決して身体を捕まれないように。あと、出来ることならスキルを見せないで」
雫にそう言われたが、スキルを使わずに拘束されないようにあらがう事なんて出来るのだろうか。せめて身を守るスキルが欲しい。そう雫に訴えると「それもそうね」と言って一つの提案をしてきた。
「簡単なノーマルスキルに”突き飛ばす”っていうのがあるから、これを修得しましょうか。やり方は簡単。そこの米俵をひたすらに突き飛ばして。最初は出来ないでしょうけど、徐々に動くようになって、最後は転がせる程度になればOKよ。その米俵、60kgあるからそれが動けば大人の男一人くらいは突き飛ばせるわ」
スキルは繰り返し鍛錬すれば修得もスキルアップも出来るということか。ならばこの米俵を殴り続ければ俺のスキルもスキルアップするのだろうか。そう思った俺は突き飛ばすだけではなく殴り飛ばす練習も追加した。
皆、一週間くらいだろうか。適度な休憩を取りながら米俵を突き飛ばし続けていたら転がるようになっていた。以外だったのがセルシスが転がすどころか力加減をしても吹っ飛ばせる程度のスキルになったことだ。雫によるとSSRスキル保持者はスキル許容上限が高いので、修得スキルもつよいものになりやすい、とのことだった。
「取りあえず、大の大人一人を突き飛ばせるなら大丈夫でしょう。明日の朝に出発してレッドエリアの朝市に行くわよ。一応、市場が一番安全だから」
その日の夜もシュガーと共に自分に何かほかのスキルがないか色々な事を試していたが、有効なものは見つからなかった。スキルを見つけるスキル、なんてのがあればいいんだがな。
「ここがレッドエリアの朝一なんですね。ブルーエリアよりも値段が高いですが、質も良いような気がします」
セルシスが興奮気味に話していたが、元々レッドエリアで生活していたローラインは
そうですか?」という顔をしていた。俺が一番驚いたのは水が無料だったことだ。なんでも水はレッドエリアで採取可能で、ほかのエリアはここから買うので有料、ということだった。つまり。湯船に入れる、ということだ。公衆浴場もあるらしい。雫はオススメしないとと言っていたが。
「雫さん。レッドエリアに来ても特に危険なことはないのですが、本当にこのエリアは危険なんですか?」
シュガーが雫に質問をしている。シュガーは鈍いな。さっきから視線を感じてるじゃないか。それにローラインは常にスキル発動の準備をしている。セルシスもいつでも宿に転移できるようにメンバーの手を掴みやすい位置に陣取って歩いている。ちなみに殿は俺だ。今のところもっとも攻撃力が高いからだ。
「すみません。あの、私は最近この世界に来たのですが、分からないことばかりで、少し教えてくれませんか?」
市場からローラインの元主人である闘技士邸宅へ向かう途中に安物のローブを着た女の子が恐る恐る話しかけてきた。ローブからは赤とオレンジの中間色の前髪が見える。雫は皆を制して冷静に対応しようとしている。襲撃者なのだろうか。あのローブはなにか仕掛けがあるのだろうか。武器でも隠し持っているのだろうか。
「サラ?」
「セルシス??」
そう互いを確認するや否や抱き合って歓喜をあげるセルシス。OPWで同時にアカウント落ちしたクラスメイトとのことだった。レッドエリアに落ちても無事とは何か特殊スキルの持ち主なのだろうか。事情を聞いた雫はサラに「闘技士の邸宅に従事できないか交渉してみましょう」と提案したところ、サラは目を見開いて何度もお辞儀をしていた。
「おお、君たちか。今日は転移のスキルで来ずに呼び鈴を鳴らすなんて、なにか用事かね?」
「はい。ローラインが今までのお礼を正式に行いたかった、ということと、一つ頼み事がございまして……」
雫の低姿勢な対応は滅多に見ないので少々気持ちが悪い。闘技士もそう感じたのか、堅苦しいのはやめてくれ、と言っている
「ローライン、君のご両親にはお世話になってね。特に父親。彼はやり手のプレーヤーだった。闘技場でも有名なくらいにね。その娘を引き取るのは私の義務だよ。気にしないでくれ」
ローラインが闘技士に丁寧に深くお礼を言うと、闘技士はそういって頭を上げるように促している。
「で、頼みごととは何かね?すまんが攻撃系スキル保持者は譲れんぞ。私と屋敷のもの全員の生活がかかってるからな」
「今回はその剣ではなく……実はこの子、サラを貴殿の屋敷でメイドとして雇って貰うことは出来ないでしょうか。この転移のスキルを持つセルシスのOPWでの同級生だそうです。OPWでのレベルは78、そう悪くはないと思いますが?」
「ふむ……。78、か。なかなか悪くないな。で、スキルはなにを持っている?」
そうだ。俺たちはサラのスキルをまだ知らない。このレッドエリアで生き延びてきたのだ。なんらかの特別なスキルを持っているのだろう。
「そのスキル、というのが分からないのですが、あえて言うならOPWに比べて異常に素早く動けることでしょうか」
そういってサラは闘技士の持っていたロッドを借り受け素早く振り回して見せた。更には一瞬で部屋の隅に”走って”移動して見せた。
「ほう。時間操作のスキルか。これは珍しい。サラさん、それはあなたが素早く動いているのではなく、周りの時間を遅くしているからだよ。試しに……」
闘技士はサラに返して貰ったロッドを勢い良く振り下ろす。サラはそれをいとも簡単にかわし、半身横に一瞬で移動して見せた。サラには振り下ろすロッドがスロモーションのように見えている、とのことだった。
「このスキル、攻撃系スキルを併せ持ったら無敵なんじゃないか?」
俺がそういうと闘技士の主人はそうでもないという。予測スキル、防御スキル、リフレクトスキル等があれば簡単に崩される、とのことだ。このスキルは事故を防いだりするのに最適、とのことで無事に屋敷での採用は合格となった。
サラにはほかの同級生や、教師の行方を念のため聞いてみたが、やはり分からないとのことだった。あと同級生が3人、教師が1人、この世界に落ちているはず、とのことだった。闘技士の主人は、何か持ち物があればサーチスキルで探すことが可能だが、との提案があったが、残念ながらそのようなものは持ち合わせいないとのことだった。代わりに雫が腕にはめていた腕輪を外し、持ち主を捜して欲しい、と闘技士の主人に依頼をしていた。
「この腕輪、持ち主から譲り受けてからどの程度時間が経過してるかね?せいぜい50年以内でないと痕跡すら掴めないぞ?」
「そう……ですか……」
雫はそう言うと目を伏せて腕輪を腕に戻す。雫の探し人とはどのような人物なのだろうか。ゲームマスター、攻略組の一人なのだろうか。訪ねてみたが、古い友人だ、とだけ返事して触れてくれるな、という空気を感じたのでそれ以上の追求は遠慮した。
「それではサラはこちらで責任を持って礼遇しよう。そしてローライン、今までの修行の成果を雫さんたちと一緒に発揮してきなさい。攻略は我々の悲願だ。是非、頼むよ」
攻略は我々の悲願。この闘技士の主人も攻略組の一人なのだろうか。別れ際に雫に悟られないように闘技士の主人に攻略組は何組位居るのか確認してみたところ、レッドエリアの攻略組は先日の先遣隊3組で全て、あとはブラックエリアに何組が居るらしいが詳しくは知らない、とのことだった。つまり、俺たちを含めて数組の攻略組しかいない、という事のようだ。
「雫、攻略組、ってのはドッグ内にいる他のID持ちを誘って戦力を増強するわけには行かないのか?」
「そうね。それも一つの手段なんだけど、一番困るのは情報の漏洩ね。誘いを持ちかけた相手がオールド・マスターの息がかかっていない保証はないの。だから……」
「なんらかのルールがあるんだな?俺やローライン、セルシスにシュガーがこのパーティーに居るのには、何らかのルール上でOKということなんだな?今、それは答えることは出来るか?」
「ごめんなさい。今はまだ出来ないわ。でもきっと言うときが来るわ。そこまでは待っていて欲しいの」
俺が他の面々を見回すと、皆、了承した、と軽く頷いて雫を見ている。かなり重要な事項なのだろう。俺もそれに従うことにした。
「さて!用事も済んだし、今日は宿に戻りましょう。危険もあるからセルシスさん、お願いできる?」
セルシスが転移のスキルを発動しようとしたその瞬間に事件は起きた。
「きゃあっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます