第5話 依頼者
「さあ、新海くん。次の仕事よ。今日は先日仕込んだ相手を落としてマネー全額頂くわよ」
雫は例のスタイルで右手で握り拳を作っていた。俺は攻撃用システムコンソールのある建物に入るときに細心の注意をはらって雫について行った。今日は何事もなく入れた。それにしてもこの建物には名前はないのか。他のプレーヤーに聞くと「ブルードッグ」ということだ。恐らく他のドッグはブラックドッグとかイエロードッグとか呼ぶのだろう。
「新海くん。ここでは私以外のプレーヤーには話しかけないで。この前言ったように、この建物に入っているのは正規の攻撃レッドプレーヤーとは限らないの。あんだすたん?さ、今日の仕事を始めるわよ。制限時間は2時間。その時間以内でターゲットを落とすわよ」
雫に攻撃プランの説明を受けて作戦の実行に入る。確かに雫は自分の4倍速で作業を進めてるようだ。俺の見たことのないプログラムを駆使している。結局、俺は自分主体の攻撃行為はほとんど出来ず、雫のサポート役となってしまった。しかし、ターゲットは計画通り落として先日獲得したマネーの数倍を手に入れることができた。
「雫、さっきのプレーヤーから全額奪ったってことはレッド落ちさせたのか?」
「違うわよ。あんなカモをこっちに呼んでどうするのよ。少し残してレッド落ちしないように手加減したわよ。さて、今日は久しぶりの大量マネーを手に入れたわ。美味しいものでも食べに行きましょう!」
パブに到着すると、まずは今日の仕事の取り分について話し合う。仕事上はこの前と同じ8対2の割合だったが、雫の機嫌がいいのか今回は折半で良いという。断る理由もないので有り難く頂戴したが、ここの代金は俺のおごりという事になってしまった。しかし、今日もここの飯は美味い。OPWの飯はいったい何だったのかって感じだ。自分にもこのような料理が作れるのか雫に聞いてみたが「スキルが足りないから今のあなたには無理」と言われてしまった。実力が足りない、という事なのだろう。しかし、この赤い小さな野菜を皿の端にに乗せることも出来ないのだろうか。料理を持ってきた女性に聞いてみたが無理だという。更には自分にも無理だという。お酒とか飲み物をグラスやジョッキに注ぐだけしかできないと。
「雫、さっきスキルがどうとか言っていたが、まさかUGWは一つの物事毎にスキルが必要、ということか?」
「ご明察。その通りよ。私とあなたはあのコンソールをさわることが出来るスキル持ちなの。他のことはかなりの鍛錬を積まないと出来ない。住人それぞれに天性のスキルがあって、それに従って生活してるの」
「じゃあ、俺のようにOPWからレッド落ちした連中はみんなあのコンソールを触れるのか?そのスキルしか持ち合わせていないのか?」
「んー、正解ともハズレとも言えないわね。本来はあのタワーに行ってテストを受けてもらってそのスキルがあるか確認するんだけど。あなたの場合にはその必要が無かったから」
どういうことだ?確かに俺はOPWではかなりの成績を収めていた。だからそのスキルが当然のように持ち合わせていた、とでも言うのだろうか。雫に聞いてみたが「分かるわけ無いでしょ」と言われて分からず仕舞いだった。
「よぉ、えーっと。誰だっけか」
勢いよく声を掛けてきて誰だっけはないだろう。
「ウィル、新海だ。もう忘れちまったのか?」
「あー、そうだったな。悪い。で、どうなんだよ?お仕事の方は。こんなに可愛いねーちゃんと一緒に仕事できるなんてうらやましい限りだ。あっちの方も一緒に仕事してんのか?」
「やめてよウィル。こいつはただのバディ。それ以上でも以下でもないわよ」
「でも、どうせ同じ部屋に寝泊まりしてるんだろ?お前、いつもそうじゃねぇか」
「そうだけど……」
「どういうことだ?」
「なんだ、お前聞いてないのか。お前の前に雫のバディをやってたやつはな、なんて言ったか……名前は忘れちまったがある日突然行方不明になってな。そいつとも同じ部屋で寝泊まりしてたんだ。普通は別の部屋だろ。特に男女場合はよ」
ん?新米の場合にはマネーが足りないから一緒の部屋にしてくれてたと思っていたが。あれは雫の趣味だったのか?そんな趣味がなければあんなこと……。
そう思って雫の方を見たら、同じ事を考えいたのか絶対に言うなよ、とばかりに睨まれた。言うわけないだろ。しかし、雫はあの件をどう思っているのだろうか。こうやってバディを続けているということは精神的にイヤになってるとかではなさそうだが。 俺は……雫は嫌いじゃない。重要なことを教えてくれないのは気に入らないが、やることはきっちり教えてくれる。
「おい、新海、お前はどうなんだよ」
「なにがだ?」
「おいおい、聞いてなかったのかよ。こいつのバディは大概半年も経つと消えちまうんだよ。お前、今日で1ヶ月くらいだろ?なにか身の回りに異変とかないか?雫は何で消えるのか分からんと言ってるが」
ふむ……、とくに変わったことはないが、さっきのスキル制が気になる。仮に自分から消えたとしても他のスキルを持っていないとこの世界では生きて行くことが出来ないはずだ。他のスキルを身につけるにはかなりの鍛錬が必要になるという。雫は大概俺と一緒にいる。今までのバディも同じような感じだったとしたらスキル鍛錬なんてやっている暇はないはずだ。虚無に消えた?それともミッションに失敗して垢BANされて永久消滅したのか?だが、その場合、共にミッションをこなしている雫が無事でいられる理由が分からない。2人組といっても失敗した片方だけがやられるということもあるのだろうか。
「ウィル、2人組でミッションをこなして失敗した場合はどうなるか知ってるか?」
「そりゃお前、2人仲良く天国行きだぜ」
やはりそうか。だとしたらさっきの推測はハズレだ。有力な説は世界の果て、虚無に落ちた、ということだろうか。
「雫、お前、俺になんか重要な事について隠し事をしてないか?」
「隠し事?たくさんあるわよ?でも何で説明しなきゃいけないのかしら?理由がないわ」
「新海、女には隠し事ってのがたくさんあるもんなだよ。それを聞くのはマナー違反だぜ?」
「いや、そういうことじゃなくてな。そうだウィル、俺たちのいくブルードッグ以外に入るとどうなっちまうんだ?」
「ダメよウィル」
ウィルの顔色が変わった。一体なんだというのか。別のドッグに入るとなにが起きるのか。
「ふぅー……。喋りすぎたな。すまねぇ。それじゃ俺は次の仕事があるからな。この辺で失礼するぜ」
ウィルはそう言ってパブの扉を押し開けて通りに出て誰かと落ち合ってブルードッグの方に消えていった。彼はウィルのバディだろうか。
「新海くん、あの質問だけは誰にもしないで。絶対に。分かったわね?」
いつもはここで「あんだすたん?」って言ってくる場面なのにひどく真面目な顔で釘を刺してくる。ではなぜあのタワーに登って他のドッグの話をしたんだ?存在を知らなければあんな質問が出てくることもなかっただろうに。
「はぁ、せっかくの料理がまずくなっちゃったわ。私は先に宿に帰って寝てるから。あの線を絶対に越えちゃダメだからね。あんだすたん?」
俺が返事をすると大きなため息をつきながら雫はパブのドアを押し開けて通りに消えていった。
「なぁ、アンタ、アタッカーかい?ID持ちなのかい?それなら一つ頼まれごとを受けてやくれねぇか」
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