第4話 センタータワー

「おはよう」


「お、おはよう」


至極平静を装って雫に朝の挨拶をしたつもりだが、軽く口を尖らせて目を逸らしながら雫が返事をしてきた。やっぱり昨晩のことを気にしているようだ。触れない方が良いだろう。


「雫、そういえば次のアタックは3週間後だったよな。それまでこっちの世界について色々と案内してくれないか?」


昨晩のことは無かったかのように、俺は雫にそう言いながら朝食をとった。雫は何か言いたそうな顔をしていたが、ため息をつきながら了解、とだけ短く返事をしてきた。


「で、まずはなにから見たのかしら?案内するわよ」


「まずは生活に必要なものが手に入る場所が知りたい。あと、物品販売相場も」


物品販売相場が分かれば、自分のミッションで手に入れるマネーの価値も分かる。難易度も分かるだろう。それに、こっちの世界の食べ物はどうやって生成しているのだろうか。OPWではシステムが栄養バランスを管理して完璧な食事が提供されていた。

雫はえらくにぎわっている場所に連れて行ってくれた。ここは市場、というところらしい。ここで食材を買い、料理という作業を行ってパブで食べた食事のようなものを生成するとのことだ。非効率的な事だが、この世界ではこれが一般的とのことだ。とある露天で見たことのある食品を売っていたので、店の主人にこれは何なのか、どうやって生成しているのかを尋ねてみた。


「ご主人、この黄色いものはどこで生産されているのか教えてはくれまいか」


「なんだにーちゃん、バナナを知らねぇのか?こいつは、あの山の向こうにあるビニールハウスで生産されたものだ。天然物よりも甘くて美味しいぜ。一つどうだい」


そう言って店の主人はバナナという黄色い棒の皮を剥いでこちらに寄越してきた。どうすればよいのか思案していたら雫に「そのまま生でかじるのよ」と言われたのでその通りにしてみた。


「甘い……」


OPWで食したことがある同じ形をした食品よりも美味しい。それに皮を剥く行為なんて無かった。


「雫、ここにあるものは全部、似たように食べるのか?」


「色々ね。この露天で売ってる商品は果物だからさっきのバナナと似たように皮を剥いて食べる事が多いわ。あっちの露天は生肉を売ってるけど、あれは火を通して食べるものよ。でもそれだけじゃ味が足りないからあっちの露天で香辛料を買うの」


分からない事ばかりだ。要するに、このUGWでは材料を自分で手に入れて料理という作業を行っ食事を生成する必要があるようだ。いくつか試食をさせてもらったが、確かにその手間をかける価値のある味だった。全てがOPWと違っていた。

マネーの価値については、米というものと水の価格を見れば分かるとのことで案内してもらった。


「なるほど。1ヶ月生き延びるのに最低この程度の米と水が必要な訳だな?この前の報酬では1週間が良いところのようだ。それにしても水が高いな」


OPWでは水は無料でいくらでも使うことができた。しかし、この世界では水は購入するもので、食事よりも高かった。


「さて。目的は果たすことはできたかしら?もう分かったと思うけど、次のミッションまでまだ3週間もある。あなたの所持マネーじゃ生活できて1週間。わかる?私の稼いだマネーがないと生きていけないの。あんだすたん?」


つまり、この雫の機嫌を損ねると食事どころか、宿代にも困るということだ。昨晩の出来事が原因でバディ解散なんてことになったら一大事だ。なにせ自分はコンソールアクセスIDを持っていない。マネーを稼ぐことが出来ない。そうだ。もう一つの疑問があったのだった。コンソールアクセスIDを持たない人たちはどのようにマネーを稼いでいるのだろうか。さっきの露天の店主は私たちのようにマネーを持っているヒトから商品を売って獲得しているようだったが。ここらに見える人たちは皆、何かを売っているのだろうか。


「雫、コンソールアクセスIDを持たない人々はさっきの露店店主のように何かを売ってマネーを獲得しているのか?」


「んー、色々ね。露店店主のように商品を売ったり、マネーを持っているヒトの手伝いをして稼いだり。あなたのようにね。他になにもないならこの世界が見渡せる場所に行くわよ。その方が説明が楽だわ」


そう言われて雫に連れてこられたのは例のタワー。昨日、インターホン越しに何も言われずに門前払いされた場所だ。雫はウィルを同じようにインターホンに話しかけるでもなく、直接扉押し開けてズンズンと中に進んでゆく。


「なにしてるの。さっさと付いてきなさい。扉が閉じたら、あなた入れないわよ」


俺は慌てて閉まりかけた扉に飛び込んだ。扉は押すことも出来なくて危うく挟まりそうになった。雫はエレベーターのコンソールに手をかざして乗り込む。俺もそのまま乗れるのだろうか。また左手を腰に当てて、右手人差し指をチョイチョイ曲げてこちらを呼んでいる。やっぱりあのスタイルは雫のアイデンティティのようだ。


「このエレベーターはどこまで上昇するんだ?」


「果てね。この世界の果てまで。それ以上は行けない高さまで上昇するわ」


ポーンという音がしてエレベーターのドアが開く。風が強い。広大なバルコニーのような空間が広がっている。


「さっき言ったとおり、ここからこの世界の全てが見えるわ。さ、こっちに来て」


またしても雫は左手を腰にあて……、もういい。いちいち確認するのも面倒になってきた。言われるままに端っこまで行くと眼下に果てしない世界が広がっていた。さっきのエレベーター、どれだけの速度で上昇したのか。地平線が湾曲して見える。雫によるとここから見えている世界が360度広がっていて、このタワーはUGWの中心に建っているとのことだ。ここから見える世界の端はどうなっているのか聞くとなにもない虚無が広がっているとのことだ。レッドプレーヤーが垢BANされると、その虚無に追放されると言われていることだった。なにもない世界への追放か……。それだけはゴメンだな。

一通り、この世界の地図というかどこになにがあるといった事をレクチャーされ、最後に一番大事なことがある、とこちらを向いて真面目な顔で話しかけてきた。


「昨日私たちが使った攻撃用システムコンソールがあった建物はブルーの屋根のあそこ。他にもブラック、イエロー、レッドの屋根が各方面にあったでしょ。あれは同じく攻撃用システムコンソールがセットされている建物なの。でも、絶対にブルー以外には入らないで。これはルール。この私の絶対のルール」


「もし、違反したら?」


「虚無に行きたいのなら」


雫にその理由を尋ねてみたが「ルールだから、以外には答えようがない」と言われてしまった。そもそも何のルールなのか。この世界の法律なのだろうか。そもそもこの世界に法律は存在するのだろうか。聞いてみたがルールは法律のようなものだけど、違反して初めてそのルールを知ることになる、とのことだった。どうやら攻撃用システムコンソールがある建物はブルー以外には入らない、というルール以外は自分で確認して行くしかないと言うことらしい。まぁ、一般的な犯罪行為はNGと思っておけば良いだろう。


「雫、最後にいいかい?俺の認識としては、ハッキングは重罪の一つなんだが、このUGWでは合法で問題のない行為なんだよな?」


「IDさえあればね。もしくはID保持者のバディであれば。それ以外のプレーヤーは、あの建物に入ることも出来ないわ。このタワーの扉があなたに開くことが出来なかったように。ただ、気をつけて。さっきあなたが私に付いてきたように共連れをすればあの建物に入ることが出来るわ。実際、あなたもそうやって入るのだけれど。システム上、2人までしか一度に入れないけど、あなたがボヤボヤしてるうちにほかの誰かがあなたの代わりに入ってしまうことも可能だから。さ、これ以上の質問には答えられないわ。せいぜい生き延びて見せなさい」


自分が突き飛ばされて別の誰かが雫と一緒にあの建物に入ってしまった場合、俺はどうなるのだろうか。これ以上の質問には答えられないとのことだ。雫の期限を損ねるとこの世界で3週間先まで生きて行くことが出来なそうだ。次の仕事までは大人しくしておくとしよう。

その日の夜は昨晩のこともあって、こちらを警戒しながら部屋の真ん中にロープを置いて「ここから先には入ってこないで」なんて言われてしまった。言われなくてもなにもしないしする気もない。

それから次の仕事まではなにをするでもなくパブで飲んだり原っぱで寝そべって昼寝をしたりして過ごした。こんな怠惰な生活で良いのだろうか。OPWでは毎日「Seven keys world」の攻略を行わないと落第者として扱われる。

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